2007/04/20

「こどものとも」の原画と宮城県美術館

                             宮城県美術館 学芸部長 有川幾夫

 「おおきなかぶ」や「ぐりとぐら」をはじめ、長く愛されてきた絵本がデジタル技術による製版もあらたに、最初の15冊が刊行されました。その中で最後の奥付に「新規製版協力 宮城県美術館」と記していただいたものが12冊あります。絵本の出版に美術館がどんな関係があるのだろうと思われた方もいるかもしれません。そのことについて少しご説明しながら、美術館についてもあらためて知っていただくことがあれば幸いです。

Photo_4  一人の画家や決められたテーマに沿って作品を集めた特別展。またはいつでもそこに行けば決まった作品を見ることができる常設展。どちらにしても美術館というのは絵や彫刻を見るところというのが一般的なイメージだと思います。けれども美術館にはもうひとつ大事な役目があります。それはすぐれた美術作品を未来に残していく仕事です。
 ところで絵本制作のために描かれた原画は、その後どうなるのでしょう。現在では作者のもとにお返しするのが普通のようですが、ずっと以前は絵本ができあがると原画の役目も終わったということで、あとは顧みられない時代もあったそうです。けれども「こどものとも」を創刊した松居直さんは、作者の了解を得て福音館書店に原画を大切に保管してきました。そうして保管されてきた原画の多くが、原画の作者の方々の理解と協力を得て宮城県美術館のコレクションになりました。

Photo_5  宮城県美術館が初期の「こどものとも」の原画を中心に絵本の原画を収集し保存していこうと決めたのには、ひとつのきっかけがありました。それは宮城県美術館の「美術館講座」で松居さんに絵本についてのお話をしていただいたことでした。講座のあと、松居さんは絵本原画の将来的な保存の必要性について述べられたのです。これをうけて宮城県美術館は検討を重ね、その結果、絵本の原画の収集保存に取り組むことに決めました。現在では9,000枚以上の絵本原画を収蔵しています。
 その意味は大きくふたつありました。ひとつは絵本とはまた別に、絵画それ自体としての魅力。それを美術館の来館者に公開する。もうひとつは将来、再刊や新規製版の必要が生じたときに、そのオリジナルが残されていなければなりません。その保存に美術館のノウハウを生かせるのではないかと考えたのです。
 今回の新規製版にあたって宮城県美術館は何か技術的な寄与をしたというわけではありません。美術文化と出版文化にまたがるような絵本原画を将来に向ってまもり、いつでも公開や研究や出版が可能な状態を維持すること。それが私たちの仕事なのです。

 絵本原画の整理はまず絵本との照合からはじまります。絶版の場合は図書館などで確認します。ページ数の都合や文字との関係から、使われていない原画があったり、原画と絵本で少し配置が違う場合もあります。次は現状の記録。画面だけが残ればよいのではありません。作者の書き込みや編集上の指示なども保存したり記録したりします。それから採寸、撮影などなど。長い間に傷んでしまったものは修復の必要もあります。
 絵本原画の特徴は何でしょうか。そのひとつは素材の自由さです。洋画といえば油絵具、日本画といえば岩絵具という具合に、ジャンルが決まった絵には素材にもそれぞれの約束があります。ところが絵本にはそういう決まりはありません。色鉛筆やマジックインクだってオーケー。大事なのは絵本になったときの効果なのですから、思い切った冒険が可能です。それが絵本原画の面白いところでもあるのですが、困ったこともあります。自由度と引き換えに長期の保存性は必ずしも考慮されていない場合もあるのです。たとえばマーカー。明るいところに展示したらあっという間に色がさめてしまいます。保存と公開のバランスというのは美術館にとっては永遠のテーマですが、絵本原画には特にデリケートなものが多いといえます。絵本の本領は、絵と文に加えて印刷や製本の技術などが総合された絵本そのものにあります。各地で絵本原画展が盛んですが、文化財として残すべき絵本原画には展示にもそれなりの制約や配慮が必要になるでしょう。宮城県美術館は総合的な近代美術館としての立場から、これからも絵本原画に携わっていきたいと考えています。

◎写真はいずれも現在宮城県美術館で開催されている「ぐりぐらとなかまたち―山脇百合子絵本原画展」の会場の様子です。この原画展は次のとおり行われています。

Photo_7 ぐりとぐらとなかまたち 山脇百合子絵本原画展

出品作品  『ぐりとぐら』『そらいろのたね』『ゆうこのあさごはん』『ぐりとぐらの1ねんかん』『ぐりとぐらとすみれちゃん』をはじめ、23作品約320点。

会場 宮城県美術館
    宮城県仙台市青葉区川内元支倉34-1 
開催期間 2007年4月14日(土)~6月3日(日)
問合せ先 TEL022-221-2111
       http://www.pref.miyagi.jp/bijyutu/museum/
開館時間 9:30~17:00(入場は16:30まで)
休館日 月曜日(4月30日を除く)
入館料 一般800円(700円)、大学生400円(300円)、高校生以下は無料
    ※( )内は20名様以上の団体料金。

4月 20, 2007 新規製版について | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/04/13

ますます元気! ぐりとぐらとなかまたち
『ぐりとぐら』『ぐりとぐらのおきゃくさま』『そらいろのたね』『たからさがし』

「そういうふうに描いてある…」
 この4作品の新規製版作業を開始したのは、昨年の春。中川李枝子さん、山脇百合子さんに来社していただき、初めての校正作業に立ち会っていただきました。当時の編集担当者だった松居直小社相談役とともに、原画と新規製版の校正刷を見比べていただきました。現在宮城県美術館に収蔵されている原画を、山脇さんが額装していない状態でじっくりご覧になるのは40数年ぶりのことです。
 山脇さんは、「私、こんなふうに描いていたのねえ」と当時を懐かしく思い出されながら話されました。「退色しているように思われますか?」とうかがうと、「どうかしら? 何しろ、家にあった学校で使っていたような絵の具で描いたのですからねぇ」といった具合で、校正作業は終始和やかに進みました。
 そんななかで、印象的だったのは「そういうふうに描いてあるんだし、そのままにしていいんじゃないかしら? だめかしらねぇ?」というご発言でした。いままでの版と新しい版との違いについて、いかがしましょうかとたずねたときのことです。
 40年前に作られたいままでの版では、当時の技術的な制約のため原画を再現しきれていませんでした。印刷所のレタッチマンが製版上の処理で原画に近付けようと試みていましたが、結果的に輪郭線の中に色がきっちりとおさまっていて、すっきりしているけれども、全体として平坦な印象でした。太い墨の輪郭線と調子の少ない濃いめの色彩で、はっきりとした形がストレートに目に飛び込んできます。一方新しい版では、輪郭線の上に色が重なっている部分や彩色の濃淡などがより細やかに再現されています。
 実はそのとき、私は中川さん、山脇さん作品の担当者として悩んでいました。『ぐりとぐら』は、発行から40年以上にわたって読まれつづけ、ハードカバー版だけでも390万部が世に送り出された作品です。いままでの本との印象の違いが読者の方々にどう受けとめられるだろうかと、一担当者として、また一読者として考えていたのです。
 そんな迷いが生じているとき、先の山脇さんのご発言にはっとしました。そうでした! 山脇さんが描かれたのでした! ここはこんな色……、ここはこうして……と、丁寧に細い筆の先を動かされたのは、山脇さんでした。大変遅ればせながら、画家の静かな強い意志を感じた瞬間でした。新しい版では、山脇さんのきらきらした眼差しや、きゅっと集中した息遣いまでが感じられるような、温かみのある心地よい絵が再現できたと思います。

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『ぐりとぐら』 旧版より             『ぐりとぐら』 新版より

新規製版の絵本をご覧になって…
山脇さん:「いままでの本は、全体的にお行儀がよすぎたって感じね。今度の方が元気がいいわ」
中川さん:「(山脇さんのコメントを受けて)私も賛成! みんなに長い間読まれてうれしいわ。絵本を読んでもらえる子は本当に幸せ。まわりの大人と一緒に、みんな幸せなときを大切にしてほしいわね。子どもたちは絵本を読んでもらうときには、ただお話を読んでもらっているということだけじゃなくて、いろいろなものをもらっていると思うのよ。絵本を通してまわりの大人の愛情も伝わっていると思います。私は子どもたちの幸せをずっと願っていますよ」

思い出の絵本を、これから初めて出会う子どもたちへ
 私は、1970年代に「こどものとも」を熱心に読んでいた子どもの一人です。今回新規製版した作品は、どれも懐かしい思い出いっぱいの作品ばかりでした。40年以上も前に描かれた原画を目の当たりにすると、作者と編集者の、新しい絵本の創作にかける思いが伝わってきます。新規製版の作業の中では、画家だけでなく、作家に当時のことをお聞きし、作品世界を語っていただくこともありました。すでに他界された作者の方もいらっしゃって、新しくなった作品をご覧いただけないのは本当に残念なことです。画家がいちばん表現したかった色はどれか、お話の流れで重要な絵柄はどれかというように考えながら、印刷所の方々にご協力いただき丁寧に校正を重ねています。新規製版の絵本を、これから初めて出会う子どもたちに、そして思い出の本を誰かに読んであげたいと思っている方々にも、気に入っていただけるとうれしいです。

『ぐりとぐら』の“かすてら”の色について
 原画にあったかすてらの色は、意外にも薄い黄色でした。初版本刊行時に、より美味しそうに見えるよう黄色味と赤味を製版上で加えていたようです。また、そのあとの160回を越える重版で、色が微妙に変化していき、現行本ではやや強く濃くなっていることもわかりました。お二人と相談し、初版本の色に合わせることにしました。やはりかすてらは、「きいろ」く「ふんわり」と焼けていてほしいですよね!

描き下ろしの背表紙のカット、見返し、前扉について
 今回、背表紙と前扉(表紙を開いて2枚目、タイトルが再び出てくるページです)には、新たに山脇さんに描き下ろしていただいたカットが入っています。
ぐりとぐら』:背表紙のカットは、最初の森の場面でドングリやクリとともにみつけたキノコです。前扉のカットは、かごをもって森へ行くふたりの後ろ姿が美しい彩色でいっそうかわいらしくなりました。
ぐりとぐらのおきゃくさま』:背表紙のカットは、お茶会のイメージで、カップとソーサー。大団円のパーティーの場面で、ピアノの上にあるものと同じです。前扉のカットは、暖炉の前で読書中のぐりとぐらです。見返し(表紙のすぐ裏のページです)の色は、中川さんと山脇さんで、クリスマス・カラーの緑を選ばれました。
そらいろのたね』:背のカットは、でてきたばかりのそらいろの家。前扉のカットでは、きつねが何か言いたそうな顔をしてこっちを見ています。また、見返しには、山脇さんの発案でかわいいタンポポの絵柄を入れました。
たからさがし』:背表紙のカットは、うさぎのおばあちゃんの家の庭に咲いているきんぽうげの花です。今回原画を見てわかったことは、うさぎのおばあちゃんがとってもおしゃれだということ。グレーのチェックのワンピースに紺のエプロン、ワンピースの胸元についている赤いボタンがきいています。編みかけのセーターも同じ赤ですね。お部屋の小物もすてきなデザインです。いままでは全体的に色遣いが重い感じでしたが、原画の淡い彩色を再現することで明るい印象の絵本に変わりました。背の色は、山脇さんのご希望でゆうじの靴下の色のイメージに変更。見返しの白抜きカットは描き下ろしで、最初の場面に出てくる川原の土手とはらっぱのイメージです。本を開いてお話が始まる前と、終わって本を閉じる前に、この舞台劇の背景のような線描が読者の目にとまります。

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『ぐりとぐら』 旧版扉                『ぐりとぐら』 新版扉

それからもうひとつこぼれ話を…
 『ぐりとぐら』の絵本をはじめお二人の作品の表紙は、作者名が「なかがわりえこ  やまわき(おおむら)ゆりこ」となっています。ふつうなら、「なかがわりえこ さく やまわきゆりこ え」というようにするところです。なぜでしょう。これはちょっとした謎でした。今回の新規製版の校正中、山脇さんが教えてくださいました。「これはね、私たちも『ぐりぐら』のまねをしたのよ!」

                                                                   福音館書店 月刊誌編集部
                                                                   「こどものとも」50周年企画担当
                                                                    八巻伸子

4月 13, 2007 新規製版について | | コメント (1) | トラックバック (1)

2007/04/06

絵本のすみずみまで――新規製版にあたっての造本上の工夫

 今回の「こどものとも」新規製版という取り組みにあたっては社内で新規製版チームを作り作業を進めてきました。私は制作課というセクションから、用紙、印刷、製本、加工などの制作面や、スケジュール管理などの担当として参加しています。

 製版については前回までに印刷会社精興社の小俣技術担当部長から非常に丁寧にご説明いただきましたので、私からは造本やレイアウトに関して細かいところでこれまでと変わったところをいくつかご紹介します。

【判型】
 月刊絵本の「こどものとも」は2006年3月号で創刊50周年(600号)を迎え、現在も毎月1冊ずつ新しい作品が誕生しています。途中、133号(1967年4月号)から寸法を少し大きくしていますので、これらをハードカバー化した「こどものとも傑作集」(今回の新規製版分から「こどものとも絵本」にシリーズ名が変わります)も、132号までの作品と133号以降の作品では少し大きさが違うのです。(132号までのものでも傑作集になってから版を新しくした際に大きくしたものもあります)

 新規製版第一期の15点の中では 『とらっく とらっく とらっく』(64号)、『だいくとおにろく』(75号)、『ゆきむすめ』(83号)、『しょうぼうじどうしゃ じぷた』(91号)、『ぐりとぐら』(93号)、『そらいろのたね』(97号)、『たからさがし』(104号)、『ふるやのもり』(106号)、『のろまなローラー』(113号)、『ぴかくん めをまわす』(127号)、『ぐりとぐらのおきゃくさま』(129号)、『ねずみじょうど』(132号)の13点が小さい判でしたので、今回の新規製版を機に大きくして、以降のものに揃えました。
縦判 257×182(B5正寸)→260×191(B5変型)
横判 182×257(B5正寸)→188×263(B5変型)
   (縦×横、単位は㎜、本文1頁分の寸法)
 これにより絵柄を拡大して迫力を増したり、場面によってはあえて絵柄の拡大はせずに、これまで画面から切れてしまっていた部分や、隠れていた部分を見せるなどの細かいレイアウトの調整ができました。

【見返し(みかえし)】 
 見返しというのは表紙・裏表紙の内側にくる面で、ハードカバーの本では表紙と本文を接合する役割をしています。今回新規製版をする作品の見返しは、これまでは印刷なしの白い見返しだけでした。今回からは扉(1頁目)の前と本文の最後の頁の後に1枚ずつ遊び紙の見返しを加え、それぞれの作品に合わせた色や絵柄を入れました。これにより視覚的にも、表紙から本文の物語へ、物語の終わりから裏表紙へという流れを自然に繋いでくれるようにしました。
 また、これまでは物語の場面数の関係で本文の最後の頁に絵柄と奥付(著者紹介や書誌情報など)が一緒に入り、窮屈なレイアウトになっているものがありました。第一期の15点のうちでは『とらっく とらっく とらっく』、『ふるやのもり』、『ごろはちだいみょうじん』がこれにあたりますが、今回から遊び見返しの裏に奥付を移動させることにより、奥付が絵柄のじゃまをしないようになりました。

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『ごろはちだいみょうじん』旧版奥付頁          『ごろはちだいみょうじん』新版奥付頁

【用紙】
 月刊絵本「こどものとも」では、初期は上質紙と呼ばれる、表面にコートを施していない用紙を使用していて、途中から発色の良さや印刷の再現性などにおいて優れているコート紙(マット)に切替えました。製版は用紙の性質も考慮に入れて行うので、単純に紙だけ変えてしまうわけにはいきませんから、初期の作品である15点はハードカバーの「こどものとも傑作集」になっても上質紙を使用していました。今回は版を新しくするにあたりそれぞれの作品ごとに、製版方式(AMスクリーン、又はFMスクリーン。小俣技術担当部長の連載第2回目参照)とそれに適する用紙を検討して、ほとんどの作品がコート紙(マット)を選択しています。今回の新規製版によって色がとても鮮やかになったのは、もちろん最新の製版技術のおかげですが、用紙も一役かっているのです。
 また、単純に発色の鮮やかさを求めるのではなく、ナチュラルな白色度と素朴な風合いの上質紙が適していると判断した『おおきなかぶ』、『ふるやのもり』、『ねずみじょうど』などの作品には上質紙を使っています。

【製本】
 製本に関しては特にこれまでと比べて大きな変更はありませんが、ペーパーバックの月刊絵本「こどものとも」と、ハードカバーの「こどものとも傑作集」(「こどものとも絵本」)の製本の仕組みについてご紹介します。
 現在の月刊絵本「こどものとも」では「逆中綴じ(ぎゃくなかとじ)」と呼ばれる製本方式をしています。通常の「中綴じ」では背の側からホチキスを入れて表紙と本文を綴じるのですが、真ん中の見開きに折り返したホチキスの針の先端が露出していて手を傷つける危険性があります。それに対して、逆中綴じの場合は背の側からではなく「逆」の真ん中の見開きの側からホチキスを入れ、針の折り返し部は表紙で隠してしまうのでその心配はありません。
 「こどものとも傑作集」(こどものとも絵本)の場合は、本文の真ん中の見開きから糸でミシンをかけて本文と見返しを綴じています。それから表紙(ボール紙に表紙の用紙を貼ったもの)と、先ほどご紹介した見返しとの間に糊を入れて接合しています。
 『ふるやのもり』の真ん中の見開き(P14・15)ではバックの濃いグリーンとおおかみの絵柄に対して白いミシン糸を使用していたためセンターで目立ってしまっていましたが、今回の新規製版本からグリーンの糸を使い、バックとなじませることによって気にならないようにしました。

 この他にも扉の絵柄を新しく描き下ろしていただいたり、墨1色の印刷のところがカラーになったり、背にマークが入ったりと、これまでと変わったところがたくさんあります。ぜひ、実際にご覧になってその違いを確かめてみてください。

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『ふるやのもり』旧版扉                『ふるやのもり』新版扉

 最後に感想ですが、原画のなかには『きつねとねずみ』、『三びきのこぶた』、『ぴかくんめをまわす』などの線版を別版にしているものや、『ばけくらべ』、『おばあさんのすぷーん』など版画的手法でフィルムに各色を描き分けるなどしたものがあります。その目的は精細な線描を活かすためであったり、版画的な力強さや面白さを出すためであったりです。どれも大変に手間のかかる表現手段ですが、著者の方が当時の製版を知った上で、印刷会社の方や編集者と力を合わせて最上の形で自分の表現を印刷物にしていった情熱を強く感じました。
 小さい頃に読んだり、入社以来毎日のように目にしている「こどものとも」の作品の原画に、旧版(その時の現行本)と、新規製版の校正刷を並べて、印刷会社の方に当時はそれをどう製版していったのかを質問し、時には著者の方にお会いして作品への想いを聞かせていただきながら、新しい版を創っていく作業に参加できたことは本当に貴重な経験でした。
 第一期の15作品は既に発売されていますが、残りの23作品(予定)は現在も進行中です。責任を感じつつも楽しんで今後の作業に取り組みたいと考えています。

                           福音館書店 制作課 勅使河原孝史

*原画の表現方法については『おじいさんがかぶをうえました―月刊絵本「こどものとも」50年の歩み』108~112頁をご覧ください。

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2007/03/30

絵から絵本へ――「こどものとも」の製版をつづけて 精興社小俣直包技術担当部長に聞く 第4回

未来へ伝える絵本づくりのために

美しく生まれ変わった「だいくとおにろく」
9784834000856  『だいくとおにろく』の現行本の製版・印刷は、カラー場面では藍・赤・黄・墨・薄赤の5色を、モノクロ場面では墨とグレーの2色を使っています。今回の新規製版は、新しいスキャナーやソフトなどを使い、カラー場面では藍・赤・黄・墨の4色、モノクロ場面も墨のみの1色で再現し、原画に近い再現が得られています。原画を100とすると、この再現は97ぐらいまできているのではないかと思っています(過大評価ですが)。印刷で使用するインクや紙と原画の画材とでは違いがありますから100にはなりえません。この本全体としては原画の再現性は、色の明るさ、絵のシャープさにおいて、格段によくなりました。
 当時(この絵本の製版は精興社が担当する前)、薄赤をくわえたのは、全体の赤み、特に鬼の肌の赤みなどが、4色だけでは出なかったからではないかと思います。色数を使っていながら、諧調、ボリューム、濃度、色自体もなかなか再現がむずかしかったのだと思います。特徴的な色合いが各場面にあるため、その色合いを出すのにこのような手法を使用することが当時はよくありました。原画の再現性という面では、現在ははるかによくなっています。

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『だいくとおにろく』 旧版より

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『だいくとおにろく』 新版より

原画の感じを生かす絵本の製版
 精興社で絵本原画の再現をする場合は極力オリジナルの感じを残したいということで、原画をカラー撮影してフィルムをスキャナーにかけて製版するということはほとんどしません。カラー撮影すると、そこで色、調子、質感すべて写真(カラーフィルム)に置き換えられてしまいますから、オリジナルの質感、色合いなどから離れてしまいます。作業効率的にはカラー撮影した方が原稿がコンパクトになりますので効率はよいですし、現在はデジカメというものもあり、カラー撮りの技術も高くなっています。しかし精興社ではオリジナルの原画を可能な限り、直接、スキャナーで入力しています。スキャナーに巻くのに危険性があるものは、Omatasan_1_b_7 フラットベッド・スキャナー(右の写真参照)で、大きなものは2度に分けてスキャニングして、画像修正で真ん中をつないでいるのです。
 そのほかに製版で注意しているのは、紙の白地をどのように製版するかです。紙の白地を白になるようにスキャニングすると作業的には速いのですが、絵柄の色の薄いところは、薄くなったり飛んだりしてしまいますので、紙の白地はごく薄いグレーになるように入力しておいて、あとで白になるように処理をしていきます。絵柄を全部やわらかい感じで切り抜いて、バックを白にしていくのです。たいへん手間のかかる作業ですが、これが通常の作業工程です。
 先ほど、原画のカラー撮影をほとんどしないとお話ししましたが、立体的なものはカラー撮影をしています。立体感を出すためで、片面から光をあてて影を作って撮影します。油絵など、ある程度凹凸のある原画も、カラー撮影をしています。スキャナーですとなかなか立体感がでないからです。立体物たとえば時計をスキャナーで撮ることはできます。被写界深度といってピントが合う範囲はある程度深いので、撮れることは撮れるのですが、立体が撮れるのと、立体的に撮れるのは違います。立体的(立体感をだして)に撮るにはどうしても影が必要ですので、いろいろとチェックしながら撮影しています。

データにおきかえるだけではない絵本の製版
 原画をカラー撮影して、フィルムをスキャナーにかけ、製版して校了になるという仕事の仕方もあるかもしれません。でも私どもはそれが絵本の仕事だとは思っていないのです。ハイライトからシャドーの諧調表現、質感、色の調子、すべてを吟味したうえでデータを製作しています。その中でもまだまだ、校正刷りだとか本機だとかで不安定要素があってご迷惑をおかけする場合もあるのですが、デジタルの中にいかにアナログの感性を生かしていくかが、絵本には絶対必要ではないかと思っています。
 現在、いろいろなソフト、ハードふくめて、基準はアート紙・コート紙なんです。機械メーカー、写真メーカー、インキメーカーでも、アート紙・コート紙を基準として、基本設計をしています。ですから絵本に使われるような紙を基準にしたハードというようなものは、印刷の機械を含めて、ほとんど存在しないのです。そこで我々は絵本の仕事に合うようなものを見つけながら作業を組み立てているのが現状なのです。
 ですから「こどものとも」「たくさんのふしぎ」の入稿には、営業以外に現場の技術者も数名同席して、お話しを聞いて作業を始めております。校正の戻しの時もおなじで、技術者も同席して、見た目以外のものも汲み取って作業をしています。私も現役のころには「こどものとも」編集部に入り浸りにさせていただきました。
 おかげさまで、いろいろな著者の方々と接する機会に恵まれました。先生方の感性を直に投げつけていただけるわけですから、その感性のすごさ、すばらしさに感動することも多く、自分自身の感性を問い直されることもありました。よい製版・印刷は、先生方の感性をどれだけ印刷物に反映できるかにかかっています。印刷業界の人間として、絵本の世界で長い間お手伝いできたことは一生の幸せです。

写真撮影 精興社 鈴木隆史

「精興社小俣直包技術担当部長に聞く」は今回で終了です。

3月 30, 2007 新規製版について | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/03/23

絵から絵本へ――「こどものとも」の製版をつづけて 精興社小俣直包技術担当部長に聞く 第3回

失われた色彩の再現と新たな時代への対応

退色した原画から再製版する――『ぴかくんめをまわす』
Pikakun_newcover  『ぴかくんめをまわす』の原画は、現行本を100とすると30以下くらいの色の濃度しかありませんでした。原画自体が経時変化により退色していたのです。最初は、現在のフィルムを再度スキャニングしてデータ化するという方法も現場の技術者と相談しました。というのは、退色した原画からデータ化して元の色を再現する場合、すべての絵柄の形にマスク(輪郭)をつくらなければならず、作業的に非常に手間がかかると思ったからです。けれども技術者の判断で、原画からやりますといってくれたので、原画からスキャニング後、デジタル機器を駆使して、初版本の濃度まで持ち上げました。
 校正をお出ししたときに、松居さん(初版当時の「こどものとも」編集長、現福音館書店相談役)も「こんな原画がひどい状態なのか」とびっくりされたとうかがいました。原画が退色していて、著者もお亡くなりになっている場合、基準になるのは初版本と、その当時の編集者の記憶ということになります。この絵本の再現では、松居さんの記憶によるところが大きかったのです。
 データ上で色の濃度を持ち上げる場合、モニターで画面全体の色を調整するだけではできません。さきほどいったように、絵柄の部分的な形を作ったうえで、この色を増やせという信号をあたえるわけです。信号をあたえることは簡単ですが、絵の表情を作っていくのは全部の絵の中で一つ一つ作っていかなければなりません。また、色の濃度をそのまま上げればいいというのではなく、諧調をもった状態で持ち上げなければいけません。そこで原画のわずかだけれど残っている調子を、各ポイントで拾い、同じように持ち上げていく作業を丹念に行いました。

原画の表現を修正する
 それから、これは我々から提案させていただいたのですが、横断歩道の絵柄が新規製版の本では現代風に変えてあります。いろいろな場面で出てくる横断歩道の白線の引き方が初版当時と現代では変わっているため、子どもたちの交通安全教育にも使用されていることも考えて、編集部の了解をいただいてデータ上で画像修正しました。

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旧版                    新版

 また20~21ページに白バイの絵がありますが、原画では白バイのおまわりさんの服装の一部(手袋、ベルトなど)に色が塗ってあります。今回の新規製版でも、途中までその色がついたまま進行していましたが、校正刷りと現行本をくらべたら、ここは色をぬいて白にしてあるのではないかと気がつきました。急いで編集担当の人に確認して、現行本と同じ白に直しました。

墨版と色版を描き分けている原画
 この『ぴかくんめをまわす』では、画家の長新太さんが原画を製作するときに、まず墨線だけを描いています。これをそのまま白黒で撮影して墨版として使います。つぎにこの墨版を薄い藍で何枚か校正刷りを刷ります。この薄藍で刷ったものに対して画家の方が、色づけをします。これが色版の原画となります。これを色分解して網掛けした版と、墨線の版とを合わせて4色の版を作ります。ですから、この墨版は最初からコンタクトスクリーンをはずしたのと同じことになっているのです。この方法のいいところは、墨線に赤版や藍版や黄版が入っていないことです。単純できれいな墨線だけになります。ただデメリットとしては、水をつけて色を塗ると紙がのびたりしますから、墨版の線と後で色を塗った絵との位置がずれる可能性があることです。ただこの絵本では目立った問題はありません。今回の新規製版でも墨版は網掛けなしの墨線の版です。
 当時、このような原画の描き方は、わりあいによくありました。例えば『きつねとねずみ』『三びきのこぶた』(ともに山田三郎絵)がそうですし、安野光雅さんなども使っていらっしゃいます。墨線をきれいにという目的もあったと思いますし、色版の原画を何枚か描き直すことができるということもあったかもしれません。

調整の技術、昔と今
 通常、墨色はすべての色を使って表現します。コンタクトスクリーンをはずして墨版を作った場合には、墨の線が藍、赤、黄版にも入ってしまいます。その場合、昔のスキャナーにはカラーコレクションという機能があって、墨の下色の藍、赤、黄の色の量を弱くしたり取ったりすることができました。最近の機械というのは、わかりやすく簡便になっています。しかし昔の機械はダイヤルだらけで、複雑な調整が可能で、スキャナー・オペレーターの腕の見せどころでした。
 カラースキャナーの初期には、フィルムに余計な光があたらないようにスキャナーの部屋も全暗室でした。暗い中で慣れた技術者の人が、フィルムを巻いたり外したり、コンタクトスクリーンを取り付けたり外したりの作業をしていたのです。今はすべてデータにしますので、フィルムに出力することはほんとうに少なくなりました。印刷用の版材にもデータから直接レーザーで焼き付けるシステムになっています。
 作成したデータと印刷されたものに差が出るというのは非常に重要な問題です。一般的には、モニター画面上で見る色の濃度、明るさ、調子と、データを専用紙に出力する簡易校正と、さらに印刷して得る結果を同じにしなければならないので、それを調整できるようなソフトがあります。精興社では本紙校正を重視して、専用紙の簡易校正は今のところ使用していません。その場合、校正刷りと本機刷りが理論的には同じなのですが、機械の大きさ、速さ、インクの固さなどがちがいますから、どうしても若干色が変わってしまいます。そこで今やっていることは、平台校正刷りで校了をいただいて、そのデータを本刷りの前に本機で本紙に印刷してみて、多少ちがいのあるところをデータで直して本番にそなえているのです。
                                            (次回につづく)

『ぴかくんめをまわす』『きつねとねずみ』の原画については、『おじいさんがかぶをうえました―月刊絵本「こどものとも」50年の歩み』110~112ページに掲載されています。

3月 23, 2007 新規製版について | | コメント (1) | トラックバック (0)

2007/03/16

絵から絵本へ――「こどものとも」の製版をつづけて 精興社小俣直包技術担当部長に聞く 第2回

アナログのよさをデジタルで再現する

線の美しさを再現する——『ぞうくんのさんぽ』
 今回「こどものとも傑作集」の新規製版を進めるにあたって、初版当時の再現精度の高いところは参考にして、製版のプロセスの組み立てをしました。
 光と影のアナログ時代に製版された絵本のすばらしいところは線がきれいであるということです。前にお話しした網掛けの作業で、墨版を露光する際にコンタクトスクリーンをはずして露光すると、網点の入らない、著者が描かれたままの白黒の線が再現されます。それが今のいちばん新しいシステムではできないのです。全部電気信号に置き換えられて、藍・赤・黄・墨の網点状の線で再現されますので、通常の製版では墨の線があまりきれいではありません。
4834005151_2  『ぞうくんのさんぽ』(1968年6月号 通巻147号)は、月刊誌での刊行当時も今回の新規製版も同じ原画で製版に携わった絵本です。当初の製版では、コンタクトスクリーンをはずして墨版を作っていますので、画家の方が描いたとおりの非常にきれいな線が出ていると思います。今回作り替えをして、それが悪くなってはまずいわけですから、限りなくそれに近い表現をということで、通常の網ではなく新しい網点のシステム、FMスクリーンをテストして、これでいこうということに決定したのです。
 従来の網点(AMスクリーンとよびます)は、決められた方向に網点が並び、原画の濃度変化によって網点一つ一つの大きさを変えて諧調を表現していますが、FMスクリーン(フリクエンシー・モデュレーション・スクリーニング)では、もっと小さな点がランダムに配列され、一つ一つの点の大きさは変化することはなく、明るい部分は網点が粗に、暗いところは網点が密に詰まって諧調を表現しています。
 FMスクリーンを選んだのは、線をきれいに見てもらいたいということと、色自体の発色が明るくきれいに再現されるからです。それと、近い将来、4,5年後にはほとんどの印刷はこの方法になるだろうという予測もありました。今回の新規製版では原画にきれいで、はっきりした墨線が描かれている絵本に多く利用されています。

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 (画像をクリックすると拡大してご覧いただけます)    

レンズや網を介さないで製版した作品を再現する
   ——『ばけくらべ』『おばあさんのすぷーん』

4834004929_2   『ばけくらべ』(1964年9月号 通巻102号)と『おばあさんのすぷーん』(1969年12月号 通巻165号)は、原画を特殊な描き方でご用意いただきましたが、これが結果的に今でいうFMスクリーニングと同じような考え方の原画になっています。これらの絵本の原画は、ダイナーベース(ディフュージョンシート)という、表面がすりガラスのように仕上げてあるフィルムに、画家の方が鉛筆などで原画をお描きになっています。すりガラス状のところへ密に鉛筆の粒子がついているところが濃く、粗くついているところが明るくなり、連続諧調が表現できます。まさにFMスクリーンが同じような表現方法です。新規製版では『おばあさんのすぷーん』の原画をスキャニングしてデータ化し、FMスクリーンを使って再製版しました。時代は経過していて、道具も違っていますけれど、考え方は同じだと思いFMスクリーンを採用しました。
4834002381_2  この『おばあさんのすぷーん』は、原画を色分解するのではなく、色分けをされた原画が各々墨で描かれているのです。墨で描かれている墨版、墨で描かれている特色のオレンジ版、墨で描かれている特色のグリーン版の原画が用意されているわけです。今回はその各版の原画をスキャニングしてその諧調をデータ化したわけですが、もともとの製版では、原寸で描かれたこのすりガラス状フィルムの原画とフィルムを密着させ、光をあててネガフィルムを作ります。それを再度反転してポジフィルムにして印刷の版を作り、特色インキで各色を重ねて刷ると、初めて画家のイメージした絵が再現できるという仕組みです。レンズを介したり、網掛けをしたりすると、原画の調子ががらっと変わってしまいます。そのため当時は、原画そのものから直接製版フィルムを作っていたのです。作業工程的にはポジフィルムに返さないと印刷はできないので、そこで諧調がロスされるのですが、今回作り替えたものは、非常にオリジナルに近いものになり、画家の富山妙子さんもお喜びになっていたとお聞きしました。
 瀬川康男さんの『ばけくらべ』も、このあいだ校正をおもちしたら、「ああ、これでいいよ」と先生の感性で見ていただいて、その一言で校了になりました。
 これらの絵本の場合は、標準の藍・赤・黄・墨の4色ではなく、特別に練り合わせてつくった特色のインキでそれぞれの版を刷っています。

原画の雰囲気・空気感を伝える
 『ぞうくんのさんぽ』では、FMスクリーンで線の美しさを再現しただけでなく、絵自体のもっている、ほんわかとのんびりした感じが、コンピュータを使って均一に安定して再現されることで安心感が出ていると思います。たとえば旧版ではぞうくんやかばくんの色が場面によっては、多少変わってしまいました。そういうデメリットは今回払拭されています。この作品は、線版の処理、調子の立て方、色の再現などの考え方が決まれば、やりやすい作品でした。直しもあまりありませんでした。
 
文字は元の本のとおりに
 絵本の中の文字については、元の版を素材にしています。『ぞうくんのさんぽ』の場合はもともと書き文字ですが、他の本もすべて、今までの本の製版フィルムから文字を抜き出して、それを新規製版のデータの中に埋め込んでいます。その理由は、当時の文字は写植で打っていますので、今打ちなおすと、寄り引き(字づらの左右両側の空き幅)などが微妙に変わってしまう問題があることと、打ち直しでまちがってしまう可能性があることです。絵は原画から再スキャニングしましたが、文字は元の本のフィルムから抜き出して画像としてデータ化したのです。
 
 『ぞうくんのさんぽ』は原画の保存状態もしっかりしていましたが、原画が非常に退色していた作品もありました。つぎにいちばん原画の状態の悪かった『ぴかくんめをまわす』についてお話しします。
                                            (次回へつづく)

スクリーン見本撮影 精興社 鈴木隆史

表紙画像は、現在販売中の「こどものとも傑作集」のものです。

『おばあさんのすぷーん』の原画については、『おじいさんがかぶをうえました―月刊絵本「こどものとも」50年の歩み』108~109ページに掲載されています。

3月 16, 2007 新規製版について | | コメント (1) | トラックバック (0)

2007/03/09

絵から絵本へ――「こどものとも」の製版をつづけて 精興社小俣直包技術担当部長に聞く 第1回

昔の製版・今の製版

今回の新規製版への意気ごみ
 今回の「こどものとも」の新規製版の仕事は、精興社にとっても大変ありがたいですし、すばらしいなという認識をもちました。当然、福音館の目的を最優先に尊重しながら、自分だけではなく精興社全体、特にオフセットに携わる人間すべてにそういう気持ちをもってもらうということが必要だと考えて、目的について営業と印刷の現場おのおの3回ずつくらいミーティングを開きました。目的、考え方、そして将来的な時間について話をしながら、その方向にみんな向こうじゃないかという形を作りながらスタートしました。

私の製版・印刷人生のスタート
 私自身の自己紹介をしますと、高校で3年間、杉並にありました育英高校(現サレジオ高専)の印刷科で写真印刷の勉強をしまして、その後、中野にありました東京写真短期大学(現東京工芸大学)で2年間、写真と印刷の勉強をしました。それから精興社に入社して今年で43年くらいになりますが、若い年代からずっと福音館の仕事をやってきました。「こどものとも」はより以上に長い歴史があって、私どもが勉強してきた製版・印刷の技術についても、その間すごい変革がありました。それでも基礎的なベースを勉強させてもらったおかげで、いろいろな技術的な変革はあっても理論はいっしょですから、何とか頭を切り替えてここまでやってきたというのが現状です。

「こどものとも」の仕事を始めたころ
030145_1  私の思い出は『たいへん たいへん』(1968年4月号 通巻145号)からです。会社として福音館の仕事に携わったのは、もうちょっと早いんです。当時、精興社がオフセット印刷に進出してからあまり年月がたっていないうちに福音館の仕事をいただきまして、最初は内容見本や小辞典文庫等をやっていて、それから少し時間が経過してから「こどものとも」が母体の、今でいう傑作集の重版を中心に仕事をしていました。当時、精興社でも製版から印刷まで一通りそろってはいたのですが、製版については部分的には専業社にお願いしたりして、印刷をメインにしていました。145号からは製版、印刷とも精興社で行いました。
 絵本の仕事は「こどものとも」がはじめてでした。それまでは音響機器メーカーのパンフレットやカレンダーなどをやっていました。神田の事業所の地下に2色機などの印刷機があって、色を全体にベタでのせるガムの包装紙を印刷していたときは、新築のビルの地下で湿気がひどくて紙がのびてしまい、たいへんむずかしかったことを覚えています。それから4,5年後に板橋に工場を借りて4色機を入れ、そこで「こどものとも」の印刷がはじまりました。神田事業所でフィルムから版に焼き付けて、版を丸めてライトバンで板橋に運んだりしていました。

製版の仕事とは
 製版といっても、凸版印刷(注1)とかグラビア印刷(注2)とか印刷の仕方によって、それぞれちがった前準備の製版というプロセスがあります。絵本でいうとオフセット印刷(注3)のための製版があります。要するに印刷するための版を作成する準備段階の作業全体が製版ということになります。
 現在のオフセットの製版でお話ししてみます。

Omatasan_1_a_2  絵の再現をするだけならこういうことはいらないのですが、編集あるいは製作の方からご説明いただいて原画をお預かりすると、各現場の人を集めて、画家の感性ですとかねらいを話しながら、この辺を重点的に色を出していこうとか原画説明をします。

Omatasan_1_b_5  その次にはスキャナーで、——今、家庭用のスキャナーはお手頃な価格で売っていますが、それと仕組みは同じようなものです。もっともっと高性能で細かく色調整だとか階調の修正だとかの機能をもっているスキャナーで——コピーをとるように原画をのせてRGB(Red Green Blue)のデータを取り込むわけです。昔のスキャナーはフォトマルといって光電管だったのですが、今はビデオと同じでCCDを使っています。光を当てて原稿から反射した光をCCDで受けて電気信号に変えます。このときにRGBの色分解をしながら現在の方法としてはデジタルデータというかたちで取り込みます。

Omatasan_1_c_1  つぎに諧調の整えをします。印刷というのは、これを印刷しなさいといわれると、明るいところ暗いところ、緑のところ赤いところ全部あるわけですが、それを均一にちぢめる。Aの白とBの白では、Aの白の方が白いとすると、Aの白を中心に真っ白にその次のグレーから黒になるまでちぢめていく。色についても3原色をバランスよくちぢめていく。そういうのが印刷で、そのためのデータを作るのが製版ということになるわけです。

 印刷する際には基本的には紙と4色のインキ(Cアイ・Mアカ・Yキ・Kスミ)のみを使います。RGB(Red Green Blue)のデータからCMYKのデータを作り、網点で濃淡を表す印刷の版を作ります。4色のインキのみで、原画の色、ボリュームを含め、画家の感性をも再現することを目指すのです。
 これだけの説明ですとよくわからない点も多いかと思いますので、昔の製版の仕方から順を追って見ていくことにします。

昔の製版——光と影の時代
 製版の作業というのは写真の技術を応用して、画像などをとりだしているわけですが、初期のころは写真の技術を使いながらフィルムもまだ完成していなかったのです。それでガラス板をベースにして、現場で作った乳剤を均等に塗ってフィルムのかわりにしていたのです。ぬれている間に撮るので湿版といいます。製版作業用フィルムが普及するのは今から35年くらい前からです。
 オフセット印刷の初期のころは炭素の電極の間で放電させて光を出すアーク灯というものを光源にしていました。原画に光を当て、反射光をレンズを通して蛇腹のついた大きなカメラでガラス版のところにピントがあうようにします。ガラス板のうしろは暗室になっています。ガラス板の前に赤・緑・紫のフィルターをおいて、それぞれ光を当てて現像処理すると、赤のフィルターでは青(Cアイ)、緑のフィルターでは赤(Mアカ)、紫のフィルターでは黄(Yキ)の濃淡を表したネガが作成されます。3種類のフィルターを取り替えながら1枚のガラス板に光をあてると最後に墨(Kスミ)の濃淡を表すネガができます。この作業が「色分解」の作業です。
 これはまだ連続諧調のフィルムなので印刷はできません。写真や絵本の原画など諧調(濃淡)のある原稿を印刷する場合、諧調の変化を網点の大小に置き換えて印刷再現しています。
 そのためには、連続諧調のネガに細かい格子の入ったスクリーン——当初はガラスでできていましたが(フィルムになってコンタクトスクリーンというものになりました)——を重ねて、新たに露光するフィルムとの間にわずかに距離をあけて光をあてます。すると光が格子で回折し、その光の量が網点の大小になって再現されてくるのです。この連続諧調のフィルムを網点に置き換える作業を「網掛け」といいます。
 色分解をして網掛けをするというプロセスは、今のスキャナーでも同じです。ただ電気信号に変わっただけです。

電気信号の時代からデジタルの時代へ
 光と影の時代の次は、電気信号の時代です。コンピュータを搭載したカラースキャナーが設置され、光電管で光の強弱を電気信号に変えて、それをフィルムに露光したのです。この機械によって色分解されたネガフィルムができるようになって、飛躍的に色再現がよくなりました。しかし色再現に必要な網点を作り出す作業は、以前と同じように写真を応用して行われていました。
 この後、色分解の作業と網掛けの作業が一度に処理できるダイレクト・スキャナーが登場しました。この機械は、網掛けの工程で、色分解された電気信号をレーザーの光に変換し、フィルム状のコンタクトスクリーンを通過した光がフィルムに露光されます。精興社では1976年に導入されました。
 その後、この機械には、網点発生装置(ドット・ジェネレーター)が付いて、コンタクトスクリーンはいらなくなりました。(1990年)
 
 今回の新規製版では、光と影の時代に製版された「こどものとも」を最新のデジタル技術で原画から製版し直したのですが、アナログの時代のよさを失わないように最新技術を駆使していることを、実際の作品を見ながら、次に説明したいと思います。
                                            (次回へつづく)

写真撮影 精興社 鈴木隆史

(注1)凸版印刷方式
印刷したい部分が凸になった版(判子)を用意してインキをつけることで、紙などを上に載せ圧をかけてインキを紙に移しますが、代表的なものは一昔前の活版印刷です。簡単にいえば学校などで習う木版画やイモ版と同じ印刷方式です。印刷版材(判子)としては活字やプラスチック等を使います。

(注2)グラビア印刷方式
平らな板や丸い筒状の金属に凹状のくぼみを作り、その中にインキを詰め込んで紙やビニールなどに印刷を行う方法です。インキをたっぶり盛って印刷できるので写真の再現等に使われています。

(注3)オフセット印刷方式
平らな金属の板(版)や筒状に丸めた金属の表面に油の付く部分と水の付く部分を作り判子にします。家庭で使うような普通の判子はインクの付かない部分は凹ませて作りますが(凸版印刷もこの仕組みです)、オフセット印刷の版(判子)は凹みのかわりに水が油を押しのける力を使っています。印刷するときは、この版をゴムのローラー(ブランケットといいます)に押し付けて、インキを一度ゴムローラーに移します。それをまた紙に押し付けて印刷する仕組みです。版に用意(セット)されたインキを一度ゴムに移す(オフ)ので、オフセット印刷と呼ばれています。今書店に並んでいる絵本や単行本の多くがこの方法で作られています。印刷版材としてはアルミやジンク(亜鉛)などを使います。

3月 9, 2007 新規製版について | | コメント (1) | トラックバック (1)

2007/03/01

輝きをいつまでも――「こどものとも傑作集」新規製版のご案内

 子どもたちに読み継がれてきた「こどものとも傑作集」初期作品が、生まれ変わります

月刊「こどものとも」は、創刊から半世紀。いまは51年目を歩み出しています。毎月一冊、作家画家の精魂込めた作品が、幼稚園保育園の先生やお父さんお母さんの手で子どもたちに読み聞かされてきました。そしてその時どきの子どもたちに楽しまれたあとも、たくさんの作品が「こどものとも傑作集」としてハードカバー化されて、読み継がれてきました。「ぐりとぐら」「おおきなかぶ」「しょうぼうじどうしゃじぷた」「だるまちゃんとてんぐちゃん」・・・。これらの作品は、初代の読者だった子どもたちの、さらに子どもに、孫にと手渡されてきています。

世代を越えるだけではありません。「こどものとも」の絵本は国境を越えて、たくさんの国々で翻訳出版され、世界の子どもたちにも愛されてきました。

いま、これら「こどものとも傑作集」の初期作品が、あらたに原画より製版し直されて生まれ変わります。



 丁重に保存されていた原画をもとに、最新の印刷技術で再現します。

「子どもたちには、いや子どもたちにこそ、最高の芸術作品を届けたい」――との編集方針のもと、「こどものとも」はその時代時代に精一杯の努力をして、原画の再現性にこだわった製版、印刷をしてまいりました。

しかし、このような長きにわたって読み継がれ今にいたりまして、製版フィルムにも劣化が生じてきています。度重なる重版は、その絵本にとっても私どもにとっても光栄なことですが、重版時の強い露光によるフィルムの劣化や経時変化はいなめません。

私どもは、これらの劣化したフィルム作品については、当時の原画にもどって新規に製版しなおすことにしました。そして新規に製版し直すからには、これからさらに半世紀の刊行に耐えられるように、最新の印刷技術で原画再現をはかることにしました。

そのためには、まず原画を集めなくてはなりません。40年前、50年前に描かれた原画がどこにあるか……。探し出せるか……。借用できるか……。大丈夫です。かつて子どもの絵本のために描かれた絵が、いまは「美術品」として、収集家の手元に、美術館の収蔵庫にあることで、今回の新規製版は可能となりました。「子どもに芸術作品を届けたい」との、私どもの気負いにもにた思いを、これらの方々が受け止めてくださり、丁重に収蔵されたうえに、慎重に修復もされていたのです。



この春から、第一期15作品の新規製版本を、お届けします。

200741日、第一期として、15作品が新規に製版されて刊行されます。

そして、これに続いて20083月にかけて、順次第二期、第三期と刊行をしていく予定です。

いまからの新本が、多大な創作努力をつぎ込んで作品を完成してくださった著者の方々に満足していただくとともに、読者にはその作品世界のすばらしさをこれからも久しく味わってもらうことができればと、願っています。

 

2007年3月2日

福音館書店 月刊誌編集部長 森達夫



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