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2006/06/02

お話は口から口へ、刺繍は手から手へ−『サルとトラ』について  安井清子

 この物語を書いたヤン・サンは元難民の若者です。布に下絵を描いたドゥア・リーは彼の友だち、そして刺繍をしたロンはサンの弟、イェンは妹です。私がサンに出会ったのは、タイ東北部にあったラオス難民キャンプでした。もう10年以上前のことです。私は、日本の援助団体のスタッフとしてモンの子どもたちのために図書館活動をしていたのでした。サンは「子ども図書館」に働きに来ていました。当時、サンは15歳くらいだったでしょう。その年頃の男の子たちが大勢、図書館の仕事を手伝いにきていて、私たちは、日本から持っていった絵本を小さい子どもたちに読んでやったり、絵を描かせたり、人形劇をしたり、いろいろなことをしていました。
 でも図書館には、モン語の本、モンのお話の本はありませんでした。モンは元々は文字を持っていないのです。文字は1950年代にアルファベットによる表記法が作られ、今は使われていますが、モン語で書かれた本はやはりあまりなかったのです。
 本はないけれど、モンにはお話がたくさんあります。ずっとずっと遠いむかしから、お話は語りつがれてきているのです。難民キャンプにも、語り部のお年寄りがたくさんいました。私は小さなカセットテープレコーダーを買ってくると、子どもたちに頼んで、お話を録音してきてもらうことにしました。お話は夜話すもので、私たち外国人スタッフは、夜、難民キャンプに泊まることはできなかったからです。毎晩のように子どもたちは「今日はおばあちゃんにお話ししてもらうんだ」とか、「今晩はおじさんがお話ししてくれるって。おじさんはよく知っているんだよ」と、カセットテープを競い合うように持って帰りました。そして録音してきたテープを、翌日みんなが取り囲んで聞くのでした。みんなお話が大好きなのです。私たちは、そのテープを文字におこして、モン語でモンのお話の本を作りたいと思うようになりました。
 サンは毎日一生懸命テープを聞いてモン語を書きおこしていました。あんまり熱心に脇目もふらず書いているので、「少し休んだっていいんだよ」と言うと、「だって、ぼくやりたいんだよ。モンの話はおもしろいんだもの」と言ってペンを走らせていました。
 書きおこした物語に、絵の好きな子がイラストを描いて、謄写版で印刷をしてモンのお話の本ができました。自分たちの力で、モンのお話のモン語の本を作ることができたのです。

 そして、もう一つ。刺繍絵本です。モン族の民族衣装は美しい刺繍やアップリケで飾られています。モンの女の人は暇があれば刺繍をしていて、みんな刺繍がとても上手なのです。女の子は小さいうちからおかあさんの隣に座って、見よう見まねでチクチクと布に針を刺して遊んでいます。少し大きくなったら、大人も顔負けの刺繍ができるようになるのです。民族衣装を飾る刺繍は、この『サルとトラ』みたいな絵柄ではなくクロスステッチなのですが、難民キャンプでは売り物として、モンの山の農作業の様子や、お正月の様子を絵柄として刺繍した壁掛けが売られていました。それをヒントに、私たちは、物語を刺繍して絵本を作ることを考えついたのです。
 物語を書いて、下絵を描くのはたいてい男の子。そして、刺繍するのは女の子。でも男の子の中にも、ロンのように刺繍ができる子もいますけれど……。オリジナルの布には、モン語の文字も刺繍で刺してあります。刺繍で絵本を作るなんて、とても日本人には信じられないかもしれませんけれど、モンの人にとっては絵の具で絵を描くよりも簡単で誰にもできることなのです。「刺繍でだったら、自分にもできるよ」と、いろいろな子どもたちが気軽に作りました。布にボールペンで物語と下絵を描き、そしておねえさんや妹、近所の女の子たちに頼んで刺繍をしてもらいます。そうして刺繍の絵本がどんどんできたのでした。

 その後、難民キャンプは閉鎖されました。故国ラオスに帰還した人々もいますし、アメリカなど、難民受け入れのある国へ定住していった人々もいます。「子ども図書館」に通ってきて、一緒に遊んだり、本作りをした若者たち、子どもたちも、みんな散り散りに移っていってしまいました。
 サンは、難民キャンプを出た後も、自分で刺繍絵本を作ると、私に送ってきてくれました。今はもう結婚してお父さんになりました。きっと、刺繍をした布を子どもに見せてお話ししてあげているのでしょう。
 今、私はラオスの山のモンの村を訪ねて、お年寄りに頼んでお話をしてもらっては録音しています。何代にもわたって、脈々と語り継がれてきたモンのお話を聞いていると、言葉の力のすばらしさをあらためて感じます。しかし、時代の流れは、山の中にも入ってきています。じきにテレビの電波が届いたら、夜のお話語りなどはなくなってしまうかもしれません。
 この絵本は、こうして何世代も口から口へ伝わってきたモンの話と、手から手へ伝わってきた刺繍が合わさって作られた、モンならではのものなのです。
 このたび、日本での出版と同時に、ラオス語版とモン語版も印刷されることになりました。ラオスにいるモンの子どもたち、そしてアメリカなど他の国で暮らすモンの子どもたちにも、日本の子どもたちと同じく、この絵本を届けることができるのです。絵本を手にした子どもたちが「私にだって作れるよ」と、おじいさんおばあさんにお話ししてもらって、刺繍してくれたら、どんなにすばらしいでしょう。
(「こどものとも」2001年10月号『サルとトラ』折込付録より再録)

安井清子(やすい きよこ)
1962年、東京に生まれる。国際基督教大学卒業。NGOスタッフとしてタイのバンビナイ難民キャンプとラオスにて、子ども図書館活動に携わる。著書に『空の民の子どもたち』(社会評論社)、『ラオス すてきな笑顔』(NTT出版)、『森と友だち 川と友だち』(草土文化)、『わたしのスカート』(「たくさんふしぎ」2004年11月号)、訳書に『かたつむりとさる』『サルとトラ』(以上、福音館書店)、『しーっ! ぼうやがおひるねしているの』(偕成社)などがある。現在もラオスでモン族の民話記録などに関わる。東京外国語大学講師。

6月 2, 2006 エッセイ2001年 |

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