これぞ、山姥―『まゆとおに』によせて 富安陽子
山姥と、その一人娘のまゆという女の子の物語を初めて書いたのは、まだ大学生の頃でした。“山姥の錦”という民話を読んで、その中に出てくる、“山姥のお産”というモチーフが面白くて、「子どもを産んだ山姥は、どんなお母さんになったんだろう」と思ったのを覚えています。それが、お母さん山姥とその娘の物語を書こうと思い立ったきっかけでした。
でも、いざ原稿用紙に向かうと、ざんばら髪を振り乱した妖怪のイメージがあまりにも強すぎて、子育てをする山姥というキャラクターはなかなか浮かんできません。必死にがんばっても、気のいいおばあさん山姥までが精一杯でした。ところが、そんなある日、大学から帰宅途中の山手線の中で私は、“これぞ、山姥”という人物に遭遇しました。
その人は年齢不詳のおばさんで、やせっぽちで背が高く、つるんとした卵形の顔の上に、髪をひっつめ、小さなおだんごをのせたようなマゲを結っていました。背筋をピンと伸ばして、私の向かいの座席に座り、ひざの上にはでっかい紙袋をかかえています。そして時折その紙袋の中をこっそり覗いては、さも楽しげに笑うのです。私はどうしても袋の中身が知りたくて、池袋で降りるはずの山手線に居座り、上野駅までその人についていきました。上野駅直前で、山姥おばさんがついに取り出した袋の中身。それは実に、色とりどりの可愛い下着でありました。
その人に逢ってから私の心の中には新しい山姥が住みつき、おかげで何編かの“やまんばとまゆ”の物語を書き上げることができました。そして、その物語をまとめた『やまんば山のモッコたち』(福音館書店)は、私の記念すべき単行本第一作となったわけです。
今回“やまんばとまゆ”を主人公に新しい絵本『まゆとおに』を作ることになり、私は久々に、背高のっぽの山姥と、元気で力持ちのまゆに再会しました。単行本出版の折り、挿絵を描いてくださった降矢ななさんが、今回も広々とした絵本画面に元気一杯のまゆを描ききってくださっています。懐かしい山姥山の雑木林の中で、また、まゆや山姥とともに、新しい作品を紡いでいけることは、大きな喜びです。
(「こどものとも」1999年4月号(517号)折込付録より再録)
富安陽子(とみやす ようこ)
1959年、東京生まれ。3歳から大阪で育つ。高校在学中より童話を書きはじめた。主な作品に、『クヌギ林のザワザワ荘』(あかね書房)、「小さなスズナ姫」シリーズ(偕成社)、『やまんば山のモッコたち』『菜の子先生がやってきた!』『菜の子先生は大いそがし! 』(以上、福音館書店)、絵本の文に『つきよのかっせん』『ケンカオニ』『まゆとおに』『まゆとブカブカブー』『まゆとりゅう』(以上、福音館書店「こどものとも」)などがある。大阪府在住。
5月 19, 2006 エッセイ1999年 | Permalink
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