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2006/05/26

1通の手紙から―『ぐりとぐらとすみれちゃん』のこと  井上博子

 中川李枝子さんから『ぐりとぐらとすみれちゃん』の原稿を見せていただいたとき、「ぐりとぐら」のシリーズで初めて、読者の子どもたちと等身大の人間の女の子が登場してきたのが、印象的でした。そのことを申し上げると、「実はね、すみれちゃんにはモデルがいるのよ」と、すみれちゃんとの出会いをお話ししてくださいました。
 その1年数ヵ月前、盛岡で講演の後、李枝子さんは、1通の手紙を手渡されました。手渡したのは、幼稚園の先生をしていらっしゃるすみれちゃんのお父さんで、手紙はすみれちゃんのお母さんからでした。手紙には、すみれちゃんが4ヵ月前、脳腫瘍で4歳の命を閉じたこと、生前、元気なときも、病院のベッドでも、「ぐりとぐら」の絵本を本当に楽しんだこと、何も食べられなくなってからも、『ぐりとぐらのえんそく』のお弁当の場面を開いて、「今日はこれにする」と、食べる真似をしていたことなどが綴られていました。そして、最後に、娘に幸せな時間を与えてくださって、ありがとうございましたとお礼の言葉が述べられていました。

 それから、李枝子さんとすみれちゃんのお母さんの間に文通が始まりました。かぼちゃと納豆が大好きで、食いしん坊で、とっても元気な女の子。手紙のやりとりを通じて、李枝子さんの中にすみれちゃんの姿がくっきりと浮かび、そして動き始めました。「すみれちゃんに、絵本の中で、楽しい時間を過ごして欲しいと思って書いたのよ。すみれちゃんが楽しいときを過ごしていることが、お母さんやお父さんにとっても救いになると思うの」と、大きなかぼちゃを抱えているすみれちゃんの写真を見ながら、李枝子さんは話してくださいました。
 山脇百合子さんが絵を描かれるときには、元気だったころのすみれちゃんの写真が何枚も届けられていました。絵本が出来上がって、表紙を開いたすみれちゃんのご両親は、扉のすみれちゃんの後ろ姿の絵を見て、「すみれがここにいる!」と、驚かれたそうです。写真の中には、後ろ姿のすみれちゃんはなかったのですが、百合子さんの画家としての目が、すみれちゃんの姿を見事にとらえ、生き生きと描き出していたのです。
 『ぐりとぐらとすみれちゃん』を編集中のある日、すみれちゃんのご両親が、盛岡から福音館を訪ねてこられました。大きな大きな紙袋を持って。紙袋の中から、きれいな箱が何個も出てきて、その箱の中には、すみれちゃんのお母さんの手作りのかぼちゃのスフレがたくさんはいっていました。そのスフレのおいしかったこと! ぐりとぐらの周りに集まって、大きなカステラをよばれる森の動物たちのように、編集部のみんなでお腹いっぱいいただきました。
(『ぼくらのなまえは ぐりとぐら』福音館書店母の友編集部編 より再録)

井上博子(いのうえ ひろこ)
1949年、福岡県に生まれる。1972年福音館書店入社。母の友編集部を経て、1989年よりこどものとも編集部。現在こどものとも第二編集長。

5月 26, 2006 エッセイ2000年 |

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