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2006/04/28

金関さんのこと−『カニ ツンツン』について  元永定正

 1966年、金関さんとの初めての出会いはニューヨークであった。帰国してからもパーティーで会ったり、2、3度お住まいにも伺って泊めていただいたり、時々しか会えなかったけれど、金関さんとはいつも心の通う時間があった。
 絵本を作ろうという話がでたころ、金関さんは入院された。それからも2、3回お会いするチャンスがあった。割合お元気だったのに、昨年(1996年)7月帰らぬ人となってしまわれた。しかし絵本の原稿はできていたのである。これは感激だった。聞くところによると、苦しい時、もうできないといっておられたようだが、その生死のなかで、金関さんの最後の原稿はできあがっていたのだった。それは、私の絵を意識しておられたからかもしれないが、何とも底抜けに明るくてリズミカルで楽しさがあふれている、おもしろさいっぱいの作品になっていた。とても生死を戦うなかで書かれたものとは思えない。どんな時でも遊び心を忘れない金関さんのおおらかな心が感じられる作品である。
 再び入院されたことを聞いたある日、詩人で小説家で写真家というナンシー・ウッドの著書を金関さんが翻訳された『今日は死ぬのにもってこいの日』(めるくまーる社)が届いた。今、何でこれが送られてきたのかと、私は驚いた。それからしばらくして彼に会ったのだけれど、「あ、あれね」と笑っておられたのも印象深い。

 「カニ ツンツン」はアイヌが聞いた鳥のさえずる声らしいし、英語の幼児語や三味線の拍子、インディアンの部族名や人の名前などが寄せ集められ、金関流儀に調子よく片仮名で並んでいる。私は金関さんの詩のリズムを楽しみながら、私の形と私の色彩で一気呵成に仕上げた。「カニ ツンツン」の小さな赤い形は、頁をめくるたびにそれを捜す楽しさもと付け加えたが、この絵本は言葉のリズム、形のリズム、色のリズムなど、快いリズムいっぱい溢れる作品になったと思う。楽しい絵本になりました。ありがとう。金関さん。
(「こどものとも」1997年6月号折込付録より再録)


元永定正(もとなが さだまさ)
1922年、三重県に生まれる。1955年、関西を拠点にする「具体美術協会」に参加。1964年の現代日本美術展での優秀賞受賞をはじめとして、さまざまな国際展等で活躍。1983年には第15回日本芸術大賞を受賞。日本を代表するモダンアートの作家として、絵画、立体、版画、パフォーマンス、パブリックアートなど、国内外で精力的に活動を続ける。作品は、東京国立近代美術館、ニューヨーク近代美術館など国内外の美術館に収蔵されている。絵本作品に、『もこ もこ もこ』(文研出版)、『ころ ころ ころ』『がちゃがちゃ どんどん』『もけら もけら』『カニ ツンツン』(以上、福音館書店)などがあり、最新刊に、意味のないことばと抽象画の不思議な組み合わせを100組まとめた本、『ちんろろきしし』(福音館書店)がある。

金関寿夫(かなせき ひさお)
1918年、島根県に生まれる。同志社大学英文科卒業。神戸大学、東京都立大学などの教授を歴任。ガートルード・スタインの詩、北米インディアンの詩の紹介などをとおし、現代における言語芸術の可能性を探究する。主な著書に『魔法としての言葉−アメリカ・インディアンの口承詩』(思潮社)、『現代芸術のエポック・エロイク−パリのガートルード・スタイン』(青土社、読売文学賞受賞)、訳書に『おれは歌だ おれはここを歩く−アメリカ・インディアンの詩』(福音館書店)、『今日は死ぬのにもってこいの日』(めるくまーる社)などがある。1996年7月逝去。

4月 28, 2006 エッセイ1997年 |

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「今日は死ぬのにとてもいい日だ」 生きているものすべてが わたしと調和している すべての声が わたしと歌をうたっている すべての美が わたしの目の中で... [続きを読む]

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