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2006/04/14

ルーツを求めて−『はじめてのかり』のこと  唐 亜明

 私はモンゴルに3度行ったことがあります。2度は30年前、人民解放軍の士官として中国領の内モンゴル自治区にソ連侵攻の防御線を築くためでした。3度目は15年前、日本人の友人と一緒に、文化大革命のさなかソ連へ亡命する途中、モンゴル共和国の大草原に墜落したといわれている、毛沢東の法廷後継者、林彪の飛行機残骸探しの旅でした。
 この時、ウランバートルでモンゴル有数の画家ムンフジンさんと出会いました。髪のまっ白な彼をお年を召した大先生だと思いこみ、何度頭を下げておじぎをしたことか。後になって、なんと彼は私と同じ年だと分かりました。しかし彼がモスクワで美術を学んでいたころ、私はモンゴル大草原を隔てた中国側で、ソ連の大戦車軍団が草原の向こうから攻めてくると思って塹壕を掘っていたのです。

オノン先生とは16年前、先生が東京外国語大学の客員教授でいらしたころ知り合いました。先生は私の名刺と顔を見て、おもむろに「君はモンゴル人だ」と言い出しました。そして次のように言われました。「私は歴史学者だ。中国人のなかで、唐、胡、于、狄などの姓の人は、モンゴル人の子孫だと分かっている。日本人にもモンゴル人の子孫はたくさんいるが、名前だけでは分からない」と。先生はその理由を詳しく説明してくださいました。
 私は半信半疑でした。この時、先生の自伝『わが少年時代のモンゴル』(原もと子訳、学生社)をいただきました。この本を読み、深く感動しました。そして、先生の小さいころの体験や見聞に基づいて絵本をつくりたいと思いました。オノン先生のご協力を得てお話を再創作し、郵便事情の悪いモンゴルとの間で絵のやりとりをして、5年がかりでやっとこの絵本『はじめてのかり』を完成させました。
 日本の子どもたちは、この自分の日常生活とまったく違う世界をどう受けとめるでしょう。
 たくましい遊牧民族の狩猟は、人類最古の生産活動であり、狩猟文化は、人類の大切な文化です。
 考えてみると、この本をつくりたいという気持ちは、もしかしたら、自分の体に流れる血の源を求める本能から生まれたのかもしれません。
(「こどものとも年中向き」1996年2月号折込付録より、「○年前」の部分だけ現在から数えた年数に直して再録)

唐 亜明(とう あめい)
1953年、北京に生まれる。新聞記者などを経て、1983年来日。早稲田大学文学部卒業、東京大学大学院修士課程修了。現在、福音館書店に勤務し、絵本の編集に携わるかたわら、東洋大学、早稲田大学で非常勤講師を務める。主な著書に『ビートルズを知らなかった紅衛兵』(岩波書店)、『翡翠露』(TBSブリタニカ、第8回開高健賞奨励賞)、絵本の文に『ナージャとりゅうおう』(講談社、第22回講談社出版文化賞絵本賞)、『西遊記』(講談社、第48回産経児童出版文化賞)、『ちょうちんまつり』『はじめてのかり』(以上、福音館書店)、『十万本の矢』(岩波書店)、『石からうまれた孫悟空』(偕成社)などがある。東京在住。

4月 14, 2006 エッセイ1995年 |

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