トッケビって チョン・スクヒャン
トッケビって困った奴です。私がハルモニ(祖母)から聞かされたお話では、針の穴のような障子のすき間からピューと入ってきて、生き血をぬきとる足のないものですが、この『おばけのトッケビ』のお話ではちゃんと足はあるのです。
では、指は何本あるのか、顔はどんな形をしているのか。人をだましたり、宝や子どもを奪ったり、とにかく悪さばかりをするバケモノではあるものの、姿、形はお話ごとに違って、どれもはっきりしないのです。しかも活動舞台は決まって闇夜。これでは絵本になりません。
このトッケビを絵本にしようと決心してからというもの、1年以上悩みに悩みました。何度、夜中にうなされたことやら。本当にトッケビって今でも存在するんですね。それでついに「わからないものは、そのままそっとしておこう。こちらがかってにトッケビを作りだしたら、それこそ自由自在に変化するトッケビを殺してしまいかねない」と、考えついたのです。
そこで、トッケビには我が国の仮面劇の仮面と衣装をすっぽり被ってもらって、その本当の姿は、この本を見る人たちに自由に想像してもらうことにしました。
仮面劇は今でも愛され続けている民衆芸能で、民衆的息吹に満ち溢れています。この仮面は日本の能のように定形化されたものではなく、非常に素朴で土着的です。劇の内容も、支配者にいじめられている民衆がはつらつと動きまわり、知恵をだしあって、最後にコロリと相手をやりこめてしまうというコミカルなものが多く、まったく、トッケビにぴったりなのです。
このユーモラスな背景をもったトッケビに、この絵本のなかいっぱいに動きまわってもらって、どんな苦しい時代にあっても笑いを忘れないで、快活な仮面劇を踊りまわって生き続け、楽しいトッケビ伝説を残してくれた民衆の息吹を、少しでも豊かに表現しようと心を込めて描いたつもりです。
(「こどものとも」1992年8月号折込付録より再録)
チョン・スクヒャン(鄭 〓香 正しくは「鄭」は旧字、〓は「淑」の偏を“さんずい”ではなく“王偏”にした字です)
1944年、韓国・全羅南道に生まれる。弘益大学東洋画科を卒業後、京都市立芸術大学に学ぶ。個展や多数のグループ展を開催。1986年祇園祭山鉾「八幡山」の水引原画を作成。韓国美術協会会員。絵本に『フンブとノルブ』(鶏林館書店)、『おどりトラ』『おばけのトッケビ』『こかげにごろり』(以上、福音館書店)などがある。京都府在住。
3月 24, 2006 エッセイ1992年 | Permalink
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