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2006/03/10

<作家インタビュー>『ねぼすけスーザのおかいもの』が生まれた日 広野多珂子

 スーザのお話を自分の中であたためて8年かかって、それからラフスケッチを編集者に見ていただいてから本になるまでに2年かかったんです。
 結婚して間もない頃に、それまでの絵の勉強の総まとめをしたくて、夫と二人でスペインにいったんです。そこでの生活が見るもの聞くもの新しいものばかり。生活が日本とは全く違って、新しく感じました。
 その頃、日本ではまだ消費文化というか、使い捨ての時代というのか、そういうことが美徳とされていたんですね。わたしの感覚も、古くなった家具はポイッと捨てちゃうもんだ、となっていました。戦後間もない頃に生まれ育って、使い捨てには抵抗があったにもかかわらず、日々の生活の中でそういったものに流されていたんです。
 でも、スペインではそうじゃない。古いものを大事に大事に使って、家具もいたんだものを直して、あるいはペンキをぬって使っている。ひとつのものを本当に大事にしていることに、とっても感動したんですね。
 1週間に一度、近くの市場に買い出しにいくんですが、お肉を買うのに1時間くらい待つんです(笑)。日本だと、5分待つのもイヤ、という感じだったんですけど。待つのも、ならんでいるわけではなく、そこにいったら、まわりの人に「一番最後はだあれ?」と聞くんです。そうすると、「わたし」といってくれる人がいるから、その人の顔を覚えて、「あなたの次、わたしよ」という感じで顔を覚えてもらって、順番を待つんです。わたしが最後で待っていると、またお客さんがきて、「一番最後はだあれ?」と聞くから、「はい、わたし」と答えてあげるんです。ですからきちんとならぶのではなくて、一見たむろしている感じ。そうして長いときには1時間以上待つ。でもそれが、待っていられるゆとりがあるんです。苦にならなくて、楽しかったですね。

 この絵本の舞台は、スペインがもとにはなっているけれど、特定の場所ではないんです。スーザの住んでいる村は、アンダルシア地方でもあり、ラ・マンチャ地方でもある、というわけで。スーザについても特定のモデルがいるわけではなくて、ラ・マンチャでお友だちになった小さな女の子でもあり、自分の娘でもあり、とっても図々しいかもしれないけど、わたし自身でもあるんですね(笑)。
 夫とわたしは、二人で絵を描いていく、ということを誓い合って結婚したんです。それで帰国後、生活が苦しくて、子どもたちが生まれた時にはとても貧しかった。そこで夫かわたしのどちらかが働きに出れば、貧しさというのは解決できるんですけど、そうしてしまったら、どちらかの夢とかそれまでやってきたものをつぶしてしまうことになる。相手の夢とか希望とか、そういうものをつぶして自分がなりたっているということは、お互いにとって不幸なことじゃないかと思うんですね。だから貧しくともがんばったんですけど。
 スーザが最後に一番ほしいものを見つけて、でもそれを買えなかった、その時の落胆の気持、「あーあ」「あーあ」という大きなため息というのは、8年間お話をあたためながら貧しい生活をしていた、その時のわたしの気持なんですね。でもそういう生活の中でも、悲観的にならず、どこか貧しさを楽しむ気持が心の隅にあったんです。それは、スペインでの生活があったからだと思います。
 
 『ねぼすけスーザのおかいもの』は、それまでのわたしの様々な思いがくっつき合って一緒になった本。もう20年、わたしの中にはスーザがいます。スーザが本当に、どこかにいるような気がします。
(「こどものとも年中向き」2002年5月号折込付録より抜粋して再録)

広野多珂子(ひろの たかこ)
1947年、愛知県に生まれる。スペインのシルクロ・デ・ベージャス・アルテスに学び、帰国後、児童書の世界に入る。「こどものとも」の「ねぼすけスーザ」のシリーズに、この『ねぼすけスーザのおかいもの』(419号)のほか、『ねぼすけスーザとやぎのダーリア』(438号)、『ねぼすけスーザとあかいトマト』(470号)、『ねぼすけスーザのセーター』(501号)、『ねぼすけスーザのオリーブつみ』(551号)、『ねぼすけスーザのはるまつり』(589号)がある。その他のおもな絵本に、『ちいさな魔女リトラ』(福音館書店)、『あめだからあえる』(「かがくのとも」351号)、『おさんぽおさんぽ』(「こどものとも0.1.2.」51号)、おもなさし絵の作品には、『魔女の宅急便その2』(福音館書店)などがある。また著書に『テンダーおばあさんと描く やさしい花のペン画』(日貿出版社)がある。

3月 10, 2006 エッセイ1990年 |

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