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2006/02/24

1980年代から90年代にかけての「こどものとも」  川崎 康男

 1970年代、日本の絵本をめぐる状況は、「絵本ブーム」と呼ばれるようになっていました。それまでに着実に広がってきていた絵本という表現の場に、作り手が新しい可能性を見出して、これまでにはなかった表現の絵本が生まれてきました。すると、今まで絵本の読者ではなかった大人も、絵本に目を向けるようになりました。この二つの動きがお互いを刺激しあって、絵本の表現は多様化し、出版点数も増えていきました。しかし、「絵本ブーム」は、子どもの絵本にとって、必ずしも手ばなしで喜べることではありませんでした。子どもを置き去りにした「大人の絵本」をもてはやしたり、絵本の絵だけに注目して、物語や言葉を軽く見るような傾向も生まれてきたからです。
 80年代に入って、こうした混沌がつづく中で「こどものとも」を編集していた私たちですが、これまでに築かれてきた、子どもの本はかくあるべしという土台の上に立ちつづけることに、迷いはありませんでした。しかし、それだけでよしとするのではなく、この先、もっともっと楽しい絵本を子どもたちに届けていくための推進力として、この時代に生まれてきた多様な表現の中から、子どもの絵本の新しいエネルギーとなるものを見極めて積極的に吸収していくこと、それから、世界各地のお話や絵に目をむけて、表現の幅を広げることが必要だと感じるようになりました。

 新しく生まれてきた多様な絵本の表現の中には、その場限りの目新しさだけで終わってしまうものもありました。しかし、新しい表現というのは、作り手自身が、より納得のいく表現ということであって、決して単に新奇なものということではないはずです。当時、瀬川康男さんがおっしゃった、忘れられない一言があります。そのころ「個性的」ともてはやされていた絵本を評して、「あんなものは個性でもなんでもない。癖を顕微鏡で見ているようなものだ」と言われたのです。癖を顕微鏡で……なんという表現でしょう。「新しい表現」を求めて苦しみぬいているからこそ出てきた、重い言葉だと感じました。
 子どもに真正面から向き合って、伝えたいことを全精力を傾けて表現する、そういう姿勢の中から生まれてくる、ほんとうの「新しい表現」を「こどものとも」は求めていきました。
 70年代の末から90年にかけて、私たちは、瀬田貞二さん、中谷千代子さん、堀内誠一さん、赤羽末吉さんなど、「こどものとも」を中心になって育ててきてくださった方々を失いました。これは、たいへんに淋しく、つらいことでした。しかし、こうした方々が築いてくださった土台の上に、子どもの心を動かすエネルギーをもった、真に個性的な作り手が、つぎつぎに登場してきたのも、この時代でした。
 伊藤秀男さん、織茂恭子さん、片山健さん、菊池日出夫さん、佐々木マキさん、さとうわきこさん、スズキコージさん、西村繁男さん、長谷川摂子さん……。今、日本の絵本をリードしている方々の熱い思いを受けとめながら絵本を作ることができたのは、とても幸せなことでした。

 もう一つ、この時代に私たちは、世界のいろいろな地域に視野を広げていきました。
 現在、「こどものとも」50周年記念として発行している「こどものとも世界昔ばなしの旅」I・IIには、全部で30の、世界各地のお話が入っていますが、そのうちの25冊が1986年以降の「こどものとも」で出版されたものです。特に、86年から94年の9年間に、16冊が集中的に作られています。これらの「世界」のお話の大きな特徴は、アジア、アフリカ、北米、中南米、オセアニアという、これまで日本ではあまり紹介されることのなかった地域のものであることです。この時代までに日本に紹介されてきた「世界」の昔話は、ほぼヨーロッパとロシアのものに限られていました。でも、この地球にはもっといろいろな民族と文化があり、その地域ならではの、魅力的なお話がいっぱいあるのだということに私たちはだんだんと気づいていったのです。
 そして、この「世界昔ばなし」のもう一つの特徴は、絵を、その地域の画家、あるいはその地域で生活した経験のある画家に描いてもらったことです。つまり、日本ともヨーロッパとも異なる風土や文化を土台にした、これまでにはない絵の表現がなされているのです。それは、日本やヨーロッパ、そしてアメリカの絵本の、成熟した、しかし一部では袋小路に入りつつもある絵画表現とは違った、子どもの心に訴えかける素朴な力強さをもった表現でした。
 このような世界各地のお話と絵は、読者の子どもたちを楽しませるとともに、「こどものとも」に新たなエネルギーを注ぎ込んでくれました。

川崎 康男(かわさき やすお)
1949年、東京に生まれる。東京都立大学人文学部卒業後、福音館書店に勤務。1978年より「こどものとも」の編集に携わり、1985年から94年まで編集長を務める。現在「おおきなポケット」編集部所属。

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1988(昭和63)年度にあったこと

改正労働基準法が施行されフレックスタイム制が導入される。(4月)
本州四国連絡橋の児島−坂出ルート(瀬戸大橋・全長42km)が開通。この橋の完成と3月に開通した青函トンネルによって、本州・四国・九州・北海道がすべてつながった。(4月)
坂本龍一、「ラストエンペラー」で日本人初のアカデミー音楽賞を受賞。(4月)
インサイダー取引を規制する改正証券取引法が公布される。(5月)
女性登山家田部井淳子が北米最高峰のマッキンリー登頂に成功し、日本女性初の5大陸最高峰征服。(6月)
リクルート事件:リクルート社が、政治家、官僚、NTT経営者などに、様々な目的で賄賂として子会社リクルートコスモスの未公開株を譲渡していたことが発覚。後に多くの政治家等が逮捕・起訴された。(6月)
東京湾入り口の浦賀水道で海上自衛隊潜水艦『なだしお』と遊漁船『第1富士丸』が衝突。遊漁船の30人が死亡。(7月)
第24回オリンピック・ソウル大会が韓国で開催。男子陸上100mで驚異的な記録で優勝したベン・ジョンソンは、筋肉増強剤使用が発覚し金メダル剥奪された。日本は男子背泳の鈴木大地など金4個。(9月)

ユーゴスラビアで民族紛争激化。(10月)
横綱千代の富士が、大鵬の記録を破り、53連勝を記録。(11月)
参議院本会議、消費税導入の税制改革関連6法案を可決・成立。(12月)
昭和天皇が87歳で崩御され、皇太子明仁親王が新天皇に即位。(新元号は平成となる)(1月)
漫画家手塚治虫、逝去。 (享年60歳)(2月)
東京の新宿御苑で「大喪の礼」が行われ163ヵ国から要人9800人が参列。(2月)
佐賀県、吉野ヶ里遺跡で弥生中期の大規模な墳丘墓が確認され、銅剣・ガラス製管玉などが続々と発掘された。(3月)
伊藤みどりがフィギュア・スケート世界選手権女子シングルで、日本選手として初の金メダル。(3月)

主なベストセラー:『こんなにヤセていいかしら』川津祐介(青春出版社)、『ノルウェイの森』村上春樹(講談社)、『ゲームの達人』S・シェルダン(アカデミー出版)
テレビ:『教師びんびん物語』(フジテレビ)、『いかすバンド天国』(TBS)など放送開始。
ヒット曲:『パラダイス銀河』『ガラスの十代』『Diamondハリケーン』光GENJI、『DAYBREAK』男闘呼組、『乾杯』長渕剛
この年に登場したもの:総合デジタル通信網(ISDN)(NTT)、「エコロジーマーク」(環境庁)

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福音館書店から(第33回)

 毎日眠い日が続いていましたが、今日は早朝に荒川静香選手金メダルの朗報で目が覚めた方も多いのではないでしょうか。スポーツ選手の活躍、とりわけ4年に1度のオリンピックでの活躍は、人々の一人一人の記憶の中に、自分自身の体験と重なりながら刻まれていくものだと思います。
 今週公開の1988年度は、昭和から平成へとかわった、大きな時代の変わり目の年でしたが、「そのころあったこと」をまとめていると、さまざまな出来事と自分の記憶が交錯してきます。
 このブログで紹介している「こどものとも」のバックナンバーも、それぞれの皆さんの中で思い出を呼びさます手だてになることができれば幸いです。
 これからも皆さんの思い出をコメント、トラックバックなどでお寄せください。
 また、前にお知らせした「こどものともセレクション」の絵本についての原稿募集も実施しておりますので、こちらもぜひご応募ください。詳細は次の通りです。

「こどものともセレクション」の思い出募集
 「こどものともセレクション」の発売を記念して、こどものとも編集部ではこのセットの中の絵本についての思い出を募集し、「こどものとも」折込付録に掲載したいと考えています。原稿は次の方法でご応募ください。
* ホームページのレビュー欄へ。(ホームページ会員登録していただきますと、各絵本の内容紹介のページから書き込めます)
* 次の宛先に郵送または、FAX、メールで。
〒113-8686 東京都文京区本駒込6-6-3 福音館書店 こどものとも第1編集部
FAX 03-3942-2088
kodomo1@fukuinkan.co.jp
* 字数は特に指定はありませんが、400〜500字くらいまででお願いします。
* 締切は2006年6月末日といたします。掲載は2006年12月号の予定です。
 掲載させていただいた方には、絵本をプレゼントいたします。
 どうぞ奮ってご応募ください。

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たいへんなひるね

1988年4月号
030385

さとうわきこ さく・え

4月だというのに雪が降っています。外に出てハンモックで昼寝をしようと思っていたばばばあちゃんは、雪雲を追い払う計画をたて、森の動物たちを呼び出しました。みんなに袋を配り、中に「もう春だよー」という大声を詰め込んでもらうと、大声でいっぱいの袋を花火にして、雷さんに空に打ち上げてもらいました。空に大声が広がると、あたたかい風が吹いてきて……。

こどものとも385号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

この絵本は1990年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行され、現在も販売されています。

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きょだいな きょだいな

1988年5月号
030386

長谷川摂子 作 降矢なな 絵

あったとさ、あったとさ。広い野っぱら、どまんなか、巨大なピアノがあったとさ。子どもが100人やってきて、ピアノの上で鬼ごっこ……。広い野原のまん中に、巨大な電話、巨大なトイレットペーパー、巨大な泡立て器など、巨大なものが出現し、子どもたちがそこで自由に遊びます。電話は地獄につながったり、泡立て器は空に雲を湧きおこしたり、奇想天外な出来事をまきおこします。

こどものとも386号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

この絵本は1994年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行され、現在も販売されています。

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よくばりワシカ

1988年6月号
030387

ラトビア民話 内田莉莎子 再話 平出 衛 画

食べものをさがして森にやってきたネコのワシカは、木の上の鳥の巣に卵が2つあるのを見つけました。早速食べようとしますが、少し待てば卵がもっと多くなるのではないかと考え直し、2,3日してまたやってきました。卵は5個になっていましたが、こんどは雛が生まれてから食べようと思い、また2週間待ちました。それでも、もっと大きくなってから食べようと待っていると……。

こどものとも387号
26×19cm 28ページ 当時の定価250円

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かみのけ ちょっきん

1988年7月号
030388

松竹いね子 作 織茂恭子 絵

お天気のいい日、お母さんが庭で髪の毛を切ってくれることになりました。でも散髪のきらいなみきちゃんは、押し入れに隠れてしまいます。お父さんもお兄ちゃんも終わって、次はみきちゃんというとき、もしゃもしゃ頭のてるてるぼうずさんが「髪の毛を切ってくださーい」とやってきました。てるてるぼうずさんがきれいにおかっぱにしてもらったのを見て、みきちゃんは……。 

こどものとも388号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

この絵本は2005年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行されました。

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あくまのおよめさん

1988年8月号
030389

ネパールの民話 稲村哲也・結城史隆 再話 イシュワリ・カルマチャリャ 画

ラージャンは拾った銀貨で1ぴきの小さなサルを買いました。両親は「サルなんか何の役にも立たない」としかりましたが、ラージャンはサルを大切に育てました。大きくなったサルは、ある日、村人に怖れられている悪魔に捕まってしまいますが、「お嫁さんをみつけてあげるから」と命乞いをして、木で作った人形のお嫁さんを連れていきます。サルが知恵を働かせ、悪魔を改心させる昔話をネパールの画家が描きます。

こどものとも389号
26×19cm 32ページ 当時の定価250円

この絵本は、こどものとも創刊50周年記念企画「こどものとも世界昔ばなしの旅」の1冊としてハードカバーで刊行されています。

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ひとりで るすばん できるかな?

1988年9月号
030390

ごうだまきと さく 山崎 匠 え

夕立が降ってきて、お母さんは駅にお父さんをお迎えにいくので、まーちゃんは一人で留守番することになりました。一人でいるのが怖くて、べそをかいていたまーちゃんは、雨にぬれた窓ガラスを見て、いいことを思いつきました。折り紙で作った魚を窓ガラスに貼るのです。するとネコがやってきました。カタツムリを貼るとカエルがきました。そのうち雨があがったのでお日さまを貼ると……。

こどものとも390号
26×19cm 32ページ 当時の定価250円

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タトラのねむれる騎士

1988年10月号
030391

ポーランドの伝説 アグニシカ・ウメダ 再話 越智典子 文 トメク・ボガツキ 絵

ザコパネ村のヒツジ飼いの少年ヤネックは、ある日、群れから離れた2頭のヒツジを追って、山奥へとはいっていきました。崖の上で一晩過ごして目覚めると、そばには2頭のヒツジがいたので、ヤネックは思わず「ヤッホー」と叫びました。すると大きな洞穴が口を開け、長い眠りについていた翼のある騎士が現れたのです……。山の姿にまつわる幻想的な伝説を、ポーランドの画家が描きます。

こどものとも391号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

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みほといのはなぼうず

1988年11月号
030392

筒井頼子 さく 山内ふじ江 え

みほはおばあちゃんとキノコを探しに山にいきました。みほは白いきれいなキノコを見つけて取ろうとしましたが、一緒にいったネコのおじろは毒キノコを知っているので、みほの手を引っかきました。怖くなって森の中を走っているうちに、みほは迷子になってしまいました。すると不思議な男の子があらわれて、歌いながら踊りはじめました。男の子が去ったあとにはたくさんのキノコが……。

こどものとも392号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

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よいちとトンビ

1988年12月号
030393

田島征三 さく

魚屋のよいちは、いつもトンビに魚を盗られるので、自分も空を飛んで取り返したいと思い、カンテケサマという神様にお願いをしました。お堂の中で酒盛りをしていた与太者たちはそれを聞いて、カンテケサマのふりをしてよいちに酒と魚を持ってこさせました。よいちはいうとおりにして土手や岩の上から飛び下りますが、飛べるはずもありません。ついにお堂を開いてみると、そこには……。

こどものとも393号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

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ゆきあそび

1989年1月号
030394

菊池日出夫 さく

まさしがたみちゃんたちの雪だるま作りを手伝っていると、いじめっこのかんちゃんに雪玉をぶつけられました。そこにひでや、きよし、イヌのラッキーもやってきて、みんなで雪合戦をすることになりました。雪合戦のあとはそりすべり。そりがいきおいあまって木にぶつかってこわれ、みんなはしょげて帰ってきましたが、たみちゃんのお母さんがお汁粉を作って待っていてくれました。

こどものとも394号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

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ぼく びょうきじゃないよ

1989年2月号
030395

角野栄子 さく 垂石眞子 え

明日は釣りに連れていってもらう日なのに、ケンは熱が出て、布団に寝かされてしまいました。するとドアをとんとんとたたいて、白いお医者さんの服を着た大きなクマが入ってきました。病気じゃないといいはったケンも、クマ先生のいうことを聞いて、クマ式うがいをして、クマ先生におでこをなめてもらい、布団の中に息を吹き込んでもらうと、翌朝には熱も下がっていました。

こどものとも395号
26×19cm 32ページ 当時の定価250円

この絵本は1994年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行され、現在も販売されています。

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はまうり

1989年3月号
030396

石垣幸代・秋野和子 文 秋野亥左牟 絵

マヤの住む南の島では、旧暦の3月3日に“はまうり”というお祭りをします。はまうりの日の朝、潮の満ちた海で身を清め、日が昇り潮が引いた浜で潮干狩りをします。貝をたくさん採ったマヤは、潮だまりで大きな青い魚を見つけました。青い魚はマヤを海の中のふしぎな世界へ連れていってくれました。沖縄の民俗行事を美しい海の世界とともに描きます。

こどものとも396号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

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おっと おとしもの

1988年4月号
040025

五味太郎 さく

男の子がおもちゃのトラックを引いて歩いていたら、いつのまにかトラックの荷台がなくなっていました。「おっと落とし物」と、今きた道をさがしながらもどっていくと、鉛筆を落としたおじさん、坊やが迷子になったお母さんなど、探し物をしている人に会いました。落ちていたリボンを交番に届けたら、そこにはトラックの荷台が……。絵の中でいろいろな物をさがす楽しさのある絵本。五味太郎の初めての「こどものとも」です。

こどものとも年中向き25号
26×19cm 28ページ 当時の定価230円

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かえる

1988年7月号
040028

中西恵子 さく

のりお君は幼稚園から帰ってくると、車の下に大きなカエルがいるのを見つけました。なんとかつかまえようと、弁当の食べ残しのソーセージのしっぽや、家の中にあるいろんな食べ物でおびき寄せようとしたが、なかなか車の下から出てきません。でも、食べ物につられて飛んできたハエをぱくりと食べて、カエルが少しずつ外に出てきたところを、のりお君はバケツをかぶせ……。

こどものとも年中向き28号
26×19cm 28ページ 当時の定価230円

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まえむき よこむき うしろむき

1988年9月号
040030

いのうえようすけ え・ぶん

ゾウを前から見ると鼻がぶらぶら、横は大きなおなか、後ろはしっぽがぷらり。時計は前向きだと振り子が動いて見え、横向きだ音だけカチコチ、後ろ向きだと金具がひとつだけ。カエルは、電車は、ブランコは、クロールは、おすもうさんは、お母さんは……と、前、横、後ろから見た姿を描きながら、いろいろな面から物を見たときの、物の感じ方をユーモラスな文でつづっていきます。

こどものとも年中向き30号
26×19cm 28ページ 当時の定価230円

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おやすみ! ちいさい ちいさい こうさぎ

1988年11月号
040032

ルース・ボーチャード 作 上條由美子 訳 谷口広樹 画

小さい小さい子ウサギは、とんだりはねたり、一日中遊んでいました。寝る時間になって、母さんにベッドに寝かされても、遊びたくてたまらず、外へぬけだしていきました。でも、外は暗く静まりかえり、もう子イヌも、子ネコも、ヒヨコも、魚も、みんな眠っていました。起きているのは子ウサギひとりだけ。子ウサギは大急ぎで家に帰って、ベッドにとびこみます。

こどものとも年中向き32号
19×26cm 28ページ 当時の定価230円

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のうさぎ のえ

1988年12月号
040033

さいとゆふじ さく

野原で小さなノウサギの子を見つけて家に連れて帰り、“のえ”と名づけて育てました。ミルクを飲み、草を食べ、どんどん大きくなりましたが、のえは他の飼いウサギとはなかなかいっしょに遊べません。庭に檻をつくってやりましたが、ある日、のえは檻をこわし、塀をとびこえて逃げだしてしまいます。追いかけていくと、遠くの野原の中に、もう1匹のノウサギと一緒に見えなくなりました。

こどものとも年中向き33号
19×26cm 28ページ 当時の定価230円

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まじょのひ

1989年1月号
040034

パプア・ニューギニアの昔話 大塚勇三 再話 渡辺章人 画

昔、南の島ブーゲンビルでは、火をもっているのは山の中に住む魔女たちだけでした。海のそばの村人たちは話し合って、村で一番りこうなイヌに、魔女たちの火をもってくるように頼みました。イヌはオウム、クスクス、カエル、ブタの4匹を仲間にして、魔女のすみかにむかいます。4匹は道の途中にかくれて……。火の起源、それぞれの動物の特徴の起源を語る、ニューギニアの昔話です。

こどものとも年中向き34号
19×26cm 28ページ 当時の定価230円

この絵本は、こどものとも創刊50周年記念企画「こどものとも世界昔ばなしの旅」の1冊としてハードカバーで刊行されています。

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2006/02/17

絵本の無限の可能性−−堀内誠一インタビュー

絵本という新大陸へ
 福音館で絵本を始めた時代というのは、これから発見して開拓するいろんな大陸がある時代だった。グラフィックデザインだとか都市計画だとか。その一つに、絵本っていう大陸があって、ぼくなんかはそこへ船出してゆくオンボロ帆船の少年水夫って感じでね。でも航海長に瀬田(貞二)さんがいたっていうわけで。
 明るいっていえば明るい時代でしたよね。実際、焼け跡っていうのは明るくてね。賢治の『雪わたり』のように、ふだんは道のないところも、どこでも歩いてゆける−−ファンタスティックな雰囲気が全体に漂っていた。遠くまで見えるしね。

今の絵本の状況
 子どもの本の多様な性格を考えると、あれもやんなくちゃ、これもやんなくちゃと、すべてやってたんじゃ一生かかってもたいへんだと思ってたけど、それぞれ分担をする人が出てきたから、ずいぶん肩の荷がおりたというか、楽になりましたね。
 例えば、生活もの、幼稚園ものとかは、こういうふうに表現しなくてはいけないと思っていたのを林明子さんがちゃんとやってくれたり、何年も地道な取材と観察を重ねる仕事をする人が出てきたり。

何を見せるか
 例えば民話やファンタジーにさし絵なんかいらない、ということもいえるけど、それに挑戦したいというところもあるんですね。手を動かしているうちに、現れてきたイメージに我ながら惹かれるってことがあるから。
 『ふくろにいれられたおとこのこ』で鬼がかついでいる袋が男の子の身体の形になっているシーンなんかも、いろんなやり方があるわけでしょ? 袋の中のまっ暗な画面に、ピトシャンがいる、というようなやり方もありますね。
 このピトシャン・ピトショの話は一人称で書かれてはいないけれど、絵でそれを示してもいいんです。ただうんと小さい子っていうのは、想像力は無限にあるくせして、自分の持っている体験の数っていうのは極度に少ないわけですね。だからもしかしたら、あのシーンを視覚的に無理してまで一人称表現しても伝わらないかもしれない……と、一つの話の中で、ぼくはほんとうに三つも四つも考えちゃうんですよ。だからいつもその一部しか使っていない、これが一番いいのかなっていう危惧がある。一つの話から無限の可能性があるわけですね。

子どもの官能性
 生きてる喜ばしさっていうのは、目とかの五感や言葉とかで触るっていうことでしょう? 女の人なんかが魅力的な服装をするっていうのは、目で触ってもらってるという喜びがあるわけだから。結局人間は、触る、触られるということを、いろんな現実に形を変えてやっている。赤ちゃんは、直接に外界と関わる場合、絵本もいらないぐらいの感応性をもってるわけですよ。だけど子どもは、将来そういうんじゃない世界っていうのに旅立たなければならない。だからいろんなイメージの発散しているものの味わい方、触るということと匹敵する味わい方、というのを持って旅へ出ていかないと、ということで絵本とかがあるんじゃないですかね。

(「こどものとも」1986年7,8,9月号折込付録掲載の長谷川摂子によるインタビューより抜粋)

堀内誠一(ほりうち せいいち)
1932年、図案家を父に東京都向島に生まれる。14歳で伊勢丹の宣伝部に入社。1958年、はじめての絵本『くろうまブランキー』(福音館書店)が刊行される。以後多くの絵本を描いた。また「アンアン」や「ブルータス」など、雑誌のアートディレクターも務めた。「ポパイ」「クロワッサン」(以上マガジンハウス)「エッセ」(扶桑社)のロゴも堀内氏の手によるものである。1960年、及び1973年〜81年までパリに滞在。1987年逝去。

 「こどものとも」として発表され、現在も「こどものとも傑作集」として刊行中の絵本に『くるまはいくつ』『くろうまブランキー』『ぐるんぱのようちえん』『こすずめのぼうけん』『たろうのおでかけ』『たろうのともだち』『たろうのひっこし』『パンのかけらとちいさなあくま』『てんのくぎをうちにいったはりっこ』があります。
 さし絵の仕事には多数ありますが、意外に知られていないのは、『しずくのぼうけん』(テルリコフスカ作 ブテンコ絵 内田莉莎子訳 福音館書店)の書き文字が堀内誠一さんによるものだということです。
 絵本についての著作には、『絵本の世界 110人のイラストレーター1・2』(福音館書店)、『ぼくの絵本美術館』(マガジンハウス)などがあります。

2月 17, 2006 1987年, エッセイ | | コメント (0) | トラックバック (0)

1987(昭和62)年度にあったこと

国鉄が分割・民営化され、新たに北海道・東日本・東海・西日本・四国・九州の6旅客鉄道会社や日本貨物鉄道会社などJR11法人と国鉄清算事業団が発足した。(4月)
朝日新聞社阪神支局襲撃事件:西宮市の朝日新聞阪神支局に男が侵入して、散弾銃を発射。記者1名が殺害され、もう1名も重傷を負った。「赤報隊」を名乗る者から犯行声明があったが、犯人はいまだに特定されていない。(5月)
小錦が外国人力士として初めて大関に昇進。(5月)
東京都東村山市の特別養護老人ホーム「松寿園」火災があり、寝たきりの老人17人が逃げ遅れて焼死し、24人が重軽傷を負った。(6月)
広島の衣笠祥雄選手がルー・ゲーリックの記録を抜いて2131試合連続出場の世界記録を達成。(6月)
石原裕次郎が肝臓ガンで死去。享年52歳。(7月)

利根川進、免疫の研究で日本人初のノーベル医学生理学賞受賞決定。(10月)
ニューヨーク株式市場で史上最悪の株価大暴落。(22%下落、ブラック・マンデーと呼ばれる)(10月)
竹下登(自民党)が第74代 内閣総理大臣となる。(11月)
岡本綾子が全米女子プロゴルフで初の外国人の賞金女王となる。(11月)
大韓航空機爆破事件:乗員・乗客115人を乗せたバグダッド発ソウル行きの大韓航空機が、ビルマ(ミャンマー)上空で空中爆発した。バグダッドから同機に搭乗してアブダビで降りた男女2人が、入管当局に身柄を拘束された直後に服毒自殺を図っていた。取調べの結果、北朝鮮の工作員であるこの2人の犯行であることがわかった。(11月)
第15回冬季オリンピック・カルガリー大会がカナダで開催。日本はスピードスケート男子の黒岩彰が500mで銅メダル、女子、橋本聖子が500mから5000mまでの出場全5種目に入賞。(2月)

主なベストセラー:『サラダ記念日』俵万智(河出書房新社)、『ビジネスマンの父より息子への30通の手紙』キングスレイ・ウォード(新潮社)、『塀の中の懲りない面々』安部譲二(文藝春秋)
テレビ:『朝まで生テレビ』(テレビ朝日)、『ねるとん紅鯨団』(フジテレビ)、『関口宏のサンデーモーニング』(TBS)など放送開始。
新商品:コンパクト洗剤「アタック」(花王)、食物繊維入り健康飲料「ファイブミニ」(大塚製薬)
ヒット曲:『命くれない』瀬川瑛子、『TANGO NOIR』中森明菜、『雪国』吉幾三
この年に登場したもの:エアバッグ付きの国産車(本田技研)、木造3階建て住宅(ミサワホーム他)、「ハイウェーカード」(道路公団)

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福音館書店から(第32回)

 今回は1987年度のバックナンバーをご紹介していますが、この年、「こどものとも」にとってほんとうに大切な方が、亡くなられました。今回の「エッセイ」でインタビューを掲載している堀内誠一さんです。堀内さんは1987年8月17日、逝去されました。享年54歳でした。
 堀内誠一さんが「こどものとも」にとって、どんなに大切な方だったのかは、これまでにこのブログで掲載した歴代編集長のエッセイや、先週掲載したスズキコージさんのインタビューからも、ご推察いただけると思います。
 今回掲載したインタビューは、亡くなられる前年に「こどものとも年中向き」の折込付録に3回にわたって掲載された、長谷川摂子さんによるロング・インタビューの一部です。ほんとうにごく一部しかご覧いただけなくて残念なのですが、堀内さんが、「こどものとも」の歴史を、そして絵本の世界を、どのように考えておられたのか、その一端でもご紹介できればと思い、再録させていただきました。

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ぐりとぐらとくるりくら

1987年4月号
030373

なかがわりえこ と やまわきゆりこ

お天気のいい春の朝、サラダとサンドイッチをどっさり作って、原っぱに出かけた野ネズミのぐりとぐらは、手長ウサギのくるりくらと友だちになりました。一緒に朝ご飯を食べたら、くるりくらの肩に乗って一緒に木に登ります。くるりくらが空の雲を集めてボートを作ったので、みんなで乗って空を一回りすると、丘の上のくるりくらの家にやってきました……。ぐりとぐらの絵本5作目です。

こどものとも373号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

この絵本は1992年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行され、現在も販売されています。

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たつくんのおみせばん

1987年5月号
030374

松野正子 さく 西巻茅子 え

たつくんはお母さんの作ったドーナツをもっておばあちゃんの家にいく途中、公園の前で風船屋のおじさんに店番を頼まれました。そこにネコのシロや子イヌのムク、アヒルのガアコが次々やってきては、風船をほしがります。お店番だからあげられないというと、こんどは松かさやビー玉や羽をもって風船を買いにきました。「年中向き」の1986年7月号に続く「たつくん」の絵本2冊目です。

こどものとも374号
19×26cm 28ページ 当時の定価250円

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なーちゃんとおおかみ

1987年6月号
030375

多田ひろみ さく 柳生弦一郎 え

ひとりでお風呂に入ったなーちゃんは、石鹸で体じゅうあわだらけ。そこへオオカミがお母さんのふりをして窓から入ってきて、なーちゃんを捕まえようとしますが、何度やってもつるつる滑って捕まえられません。そこでオオカミはなーちゃんにお湯をかけますが、遊んでいるつもりのなーちゃんもオオカミにむかってお湯をぱしゃっとかけたので……。元気いっぱいの女の子のお話。

こどものとも375号
19×26cm 28ページ 当時の定価250円

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おいしいもの つくろう

1987年7月号
030376

岸田衿子 さく 白根美代子 え

小川のそばに住むアライグマの家の朝ご飯は「ぱっくりドッグ」、ウサギの家の朝ご飯は「オムレツ・フラメンコ」。お昼はいっしょにひなたやまに遠足にいって食べることにしました。お弁当は「おむすびごろりん」と「たからじまサラダ」。おやつの「かじゅえんゼリー」、晩ご飯の「たのしみどうふ」……。その名も楽しい料理のレシピがそれぞれ短い詩になって、お話を進めていきます。

こどものとも376号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

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たろうとはなこ

1987年8月号
030377

大道あや さく・え

幼稚園からの帰り、くみこについて家まできたイヌのたろう。ある日、庭にやってきたネコのはなこ。くみこの家に住みついてたろうとはなこは、最初仲がよくありませんでしたが、ある夕方、はなこを脅えさせたタヌキを、たろうが追い払ってからは、いつもいっしょの仲良しになりました。でも、くみこの家が新しい家に引っ越すことになると……。大道あやの4作目の「こどものとも」です。

こどものとも377号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

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まじんのむすめ ナダレータ

1987年9月号
030378

スペインの民話 朝比奈 誼 再話 朝比奈文雄 画

きこりの若者ペドロは森の奥深くに迷い込みましたが、明かりが見えたのでいってみると、そこは魔神の住む洞穴でした。魔神の末娘ナダレータはペドロを一目見て好きになり、家に招き入れました。ペドロはご馳走を好きなだけ食べさせてもらえましたが、食べ終わると、魔神から裏山の木を一本残らず切り倒して薪のたばにしろと、命じられます。途方にくれたペドロに、ナダレータは……。

こどものとも378号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

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のらっこ

1987年10月号
030379

菊池日出夫 さく

山に囲まれたひでちゃんたちの村では、稲刈りの前に、田んぼで飼っているコイをとるのが、子どもたちの楽しみです。コイとりが終わり、稲穂が実る頃にはイナゴとり。やがて学校も稲刈り休みに入ると、野球をしに集まった子どもたちも、そろって稲刈りを手伝います。稲刈りのあとの田んぼではツブ(タニシ)拾い。農村に暮らす“のらっこ”たちの秋は大忙しです。『さんねんごい』の秋編。

こどものとも379号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

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おとうさんといっしょに

1987年11月号
030380

白石清春 さく いまきみち・西村繁男 え

今日はお母さんが朝早く出かけたので、かわりに体の不自由なお父さんが、布団から出たあきくんに、ゆうらりゆれる手でボタンをかけてくれました。朝ご飯を食べたら、電動車椅子でお父さんの膝に乗って保育園に出発です。犬に吠えられたり、線路の下の地下道をくぐったり、車椅子で町をいくのはゆっくりですが、無事保育園に到着します。作者自身の父親としての体験に基づいたお話です。

こどものとも380号
26×19cm 32ページ 当時の定価250円

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ながれぼしを ひろいに

1987年12月号
030381

筒井頼子 さく 片山 健 え

クリスマス・イブの夜、みふでがサンタさんを待ちながら、窓から外を眺めていると、山に大きな赤い流れ星が落ちていくのが見えました。みふでは、その星をサンタさんへのプレゼントにしようと思って、雪の積もった道を出かけました。途中で白い子ネコをひろい、雪だるまや風や枯れ草と話しながら進んでいくと、行く手に大きなカラスが立ちふさがっています……。

こどものとも381号
26×19cm 32ページ 当時の定価250円

この絵本は1999年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行され、現在も販売されています。

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ぼくのたからものどこですか

1988年1月号
030382

角野栄子 さく 垂石眞子 え

ノブくんは幼稚園から帰ってくると、留守番を頼まれました。ノブくんがふくれていると、お母さんはいいものを隠しておくから、宝さがしして待っていてといいます。しっぽがついているという、その宝物を探して、押し入れの布団の間、本棚の本の間、タンスの引き出しなどから、はみだしているものを引っ張ると、ネズミやペンギン、ウサギ、ブタなどが次々と現れますが……。

こどものとも382号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

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すすめ! じょせつきかんしゃ

1988年2月号
030383

峰村勝子 さく・え

ここは冬の山の駅。夕方から降りはじめた雪がどんどん積もっていくので、ラッセル車が出動することになりました。ラッセル車は線路の上の雪をいきおいよくかきあげながら、山の向こうの駅との間を往復します。そのうち、線路の脇に雪が高く積みあげられると、こんどはロータリー車が出動し、雪を線路から遠くにはねとばしていきます。夜を徹して働く除雪車の活躍を写実的に描きます。

こどものとも383号
26×19cm 32ページ 当時の定価250円

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天のかみさま金んつなください

1988年3月号
030384

津谷タズ子 再話 梶山俊夫 画

山の奥に3人の兄弟が母さんと暮らしていました。ある日、母さんの留守に、山姥がやってきて戸を開けさせようとしますが、子どもたちは、しわがれ声や黒い手で山姥と見破って、戸を開けません。ところが山姥は桑の実を食べて声を変え、山芋で手を白くして、子どもたちをだまし家に入ってきます。子どもたちが木に登って逃げると、天の神様は金(かね)の綱を天から降ろしてくれました。

こどものとも384号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

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いかだは ぴしゃぴしゃ

1987年4月号
040013

岸田衿子 さく 堀内誠一 え

クマくんはお弁当をもって海にいこうと、いかだを作っていました。そこへリスがやってきて、一緒に乗せてといいました。2匹はいかだができあがると、一緒に乗って川を下っていきました。すると、森の動物や虫たちが次々やってきたので、みんなでいかだに乗って、海に向かいました。お腹がすいても我慢して、ようやく海に到着。浜辺でお弁当を食べました。みんなのお弁当は何かな? 

こどものとも年中向き13号
19×26cm 28ページ 当時の定価230円

この絵本が堀内誠一さんの最後の「こどものとも」になりました。
堀内誠一さんのインタビューはこちらからご覧ください。

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こぐまとりすのさんぽ

1987年6月号
040015

ひらやまえいぞう さく

山奥の年取ったブナの木に住む子グマとリスが、散歩に出かけました。ネマガリタケの筍やキイチゴの実をとって食べたり、谷川でサワガニをつかまえようとして手を挟まれたり、木に登ってひと休みしたり、……2匹はいいものをたくさん見つけながら、山の中をひとまわり、母さんグマの待つブナの木の家に帰ってきます。初夏の山の自然が柔らかいタッチで描かれます。

こどものとも年中向き15号
19×26cm 28ページ 当時の定価230円

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なつのそら

1987年7月号
040016

ピーター・スピア さく

丘に登って草原に寝ころび、空を見あげていると、雲がいろいろな形になって、語りかけてきます。キリンやゾウやラクダやカンガルーなど、動物の群れになって行進していったり、火を噴く竜と闘う騎士になったり、水辺で遊ぶ昔の名画の登場人物になったり……。たくさんの気球が飛びたつと、雲の鯨や大魚が飲みこもうとします。夏雲の姿に想像の翼をいっぱいに広げる、字のない絵本です。

こどものとも年中向き16号
26×19cm 28ページ 当時の定価230円

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てがみを だしに

1987年10月号
040019

荒川 薫 さく 松生 歩 え

こんどの日曜日は誕生日です。ともこは、ケーキの絵を描いて、「誕生日にきてね」とおばあちゃんに手紙を書きました。お母さんが書いてくれた封筒に入れて、ともこはひとりで手紙を出しにいきました。途中で子イヌや公園のハトにとられないようにしっかり手にもって、ともこは手紙をポストに入れました。それからイチョウの葉っぱをたくさん拾うと、葉っぱの手紙を子イヌやハトに……。

こどものとも年中向き19号
26×19cm 28ページ 当時の定価230円

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いらっしゃーい まいどありー

1987年11月号
040020

秋山とも子 さく

町の中で働いている人たち。豆腐屋、竿竹屋、焼き芋屋、郵便屋、クリーニング屋、畳屋……。駅前の広場では、ラーメン屋、甘栗屋、おでん屋、靴直し屋、宝くじ屋……。縁日にはたくさんの屋台が……。荷物を配達する人、工事をする人、ゴミを集める人、町で働くたくさんの人たちを、呼び声や交わされる会話とともに紹介します。

こどものとも年中向き20号
19×26cm 28ページ 当時の定価230円

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ねずみのおよめさん

1988年1月号
040022

日本の昔話 小野かおる 再話・画

昔、ネズミの夫婦が一人娘のために、世界一えらいかたにお婿さんになってもらおうと考えて、お婿さんさがしを始めました。まず、世界中を照らすお日さまが一番偉いと思って、お日さまにお婿さんになってくださいと頼みにいきましたが、お日さまは自分を隠してしまう雲の方がえらいといいます。雲は風の方がえらいといい、風は壁の方がえらいといい、壁は……。果たして一番えらいのは?

こどものとも年中向き22号
19×26cm 28ページ 当時の定価230円

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2006/02/10

<作家インタビュー>『エンソくん きしゃにのる』が生まれた日  スズキ コージ

 何となく、あっという間に下描きができてしまったんですよね。汽車が終点まで走っていく、というだけの話で。
 僕は、静岡県の浜北市の生まれなんです。子どもの頃、田舎の駅なんだけど、そこに行くとおもしろいわけですよ。貨物列車があったり、いろんな人が乗ったり降りたりしてる。だから、気が向くと駅で遊んでた。鉄道マニアではないけれど、そういう乗り物は好きだった。それを描いてみたい、という気持ちがありました。
 エンソくんが切符を買う時、いいちがえますが、あれは身近な話で、小学校1、2年の頃に、僕の乗る駅は小松というんですが、そこで本当は浜松まで買わなきゃいけないんだけど、ドキドキしちゃってるもんだから、小松の駅で「小松までください」なんてことがあったんです。
 よく、「エンソくんの世界はどこの国?」と聞かれるんですが、どこの国でもないというか、僕が目をつぶると、確かにある世界。そういうことになると思う。
 「エンソくん」というのは、スイソくん・サンソくん・チッソくん……と化学記号をいろいろ考えたんですけどね。やっぱりエンソくんだと、ちょうど「遠足」になるしね。
 高校の頃、住宅難で、押し入れを改造して暮らしてたんです。鉛筆や消しゴムもひもでぶら下げて、何でも手が届く、人工衛星のようにしてました。そこにポータブル電蓄を持ち込んでビートルズを聞いていたんですが、なぜか1枚だけ、広沢虎造の浪曲のレコードがあったんですね。「清水次郎長伝」というそのレコードを聞くと、「ホゲタの久六が〜」なんてくだりがあるんですよ。そのホゲタという言葉の響きがとても印象的で。それを聞いたのが高校2年の時ですから、ずっと心の中に残ってたんですね。それで「エンソくん……」の駅の名前をつける時に「ホゲタ」としました。
 絵本て、僕の場合ですけど、自分の中で溜まってるいろいろバカバカしい体験とかが、ワインが醸造されるようにしてできる。だからエンソくんも、悩むことなく、あっという間にできちゃった。

 子どもの頃、僕の村はアスファルトの道路が全然なかったから、道に釘とかで絵を描いてました。じゃり道で、1日に車が2、3台通るだけ。「エンソくんのような絵が、どうして描けたのか?」とも、人からよく聞かれるんですが、僕も「さあ」って首ひねるしかないんです。ただ、絵は道路の落描きから始まって、絵ばっかり描いてる子どもだった。
 子どもが、買ってもらった物がうれしくて抱いて寝るっていうこと、ありますよね。昔、王様クレパスってあったんですけど、僕はそれを買ってもらった時が、もう、うれしくてね。1本ずつ、鼻の穴にですね、甘い匂いをかぎながら、つっこんでいく(笑)。それを布団の中でやるわけですよ。うれしくてしょうがないから。
 小学校に上がると、夏休みとか、絵日記ってあるじゃないですか。あれが、もう、おもしろくてね。ところがなぜか、学校では絵日記は2年生ぐらいでやめるんですよ。「絵は幼稚なもの」という考えがあったんじゃないかと思うけど、3年生になると、日記は文章だけになったんです。それが、僕はすごく疑問だったんです。絵があった方がおもしろいじゃないですか。こんな楽しいことを何でやめなきゃならないのか? だから僕は自己流で、絵は全然やめなかった。
 高校に行ってさらに、爆発したというか、噴出したわけです。17、8歳というのは、どなたもそうだと思うんですけど、感覚が一番冴えわたる時期だと思うんですよ。新しいアイデアというのが湧いてくる年代だと思う。一番とんがって、ピリピリしてる時代でもある。僕の場合、幸せだったのは、家は貧乏だったけど、絵を描くことに関しては、親たちも何もいわなかった。本当に好きにさせてもらったんです。
 今、その頃の感覚を取り戻そうと思ってもできないけど、自分でもすごかったなって、思うんですね。今描いてるような絵が、最初に芽吹いたのもその頃。いまだに18歳くらいの時の感覚を、実現しようとしてる、肉付けしてるというか、そういうことを感じますね。

 絵ばっか描いてたから、高校を赤点だらけで卒業して、東京に出て赤坂の天ぷら屋さんに住み込みで働いたんです。それからも絵は描き続けていました。その天ぷら屋さんに、僕のおじが、堀内誠一さんを連れてきてくれました。「変わった絵を描く甥がいるから、見てくれないか」って。僕が描きためていた絵を天ぷら屋のカウンターで見てくれて、堀内さん、絵をかついで帰っちゃったんです。それから電話がかかってきて、その頃、堀内さんは、「アンアン」の創刊号を作ってたんですが、そこに僕の絵をのせてくれるっていうんですよ。天にも昇るような気持ち、大感激でした。
 堀内さんは、「こいつはひょっとして、絵本に質があうんじゃないか」と、思ったんじゃないですかね。それから、僕を福音館書店に連れていってくれたんです。
 堀内さんが、僕を発見してくれたんですね。出会いって、ふしぎでしょうがない。堀内さんに会わなかったら、今何してるかわからない。きっと、絵は描き続けていると思うけど。僕にとって、必要不可欠なものだから。
 (「こどものとも年中向き」2001年6月号折込付録より一部省略して再録)

スズキ コージ
1948年静岡県に生まれる。画集に『Witchen』『ゼレファンタンケルダンス』(以上、架空社)、絵本に『やまのディスコ』『大千世界の生き物たち』『サルビルサ』(以上、架空社)、『エノカッパくん』(教育画劇)、『つえつきばあさん』『おばけドライブ』(以上、ビリケン出版)、『エンソくんきしゃにのる』『ガラスめだまときんのつののヤギ』『きゅうりさんあぶないよ』『かぞえうたのほん』(以上、福音館書店)などがある。その他ライブペインティング、壁画制作、CDジャケット、舞台美術、装丁なども手がけ、幅広い活動をしている。最近は、子どもたちと一緒にTシャツやバス、お面、旗を作ったり、カヌーなどにペインティングするワークショップなどを精力的に行っている。東京在住。

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1986(昭和61)年度にあったこと

ハレー彗星、76年ぶりに地球に大接近。(4月)
チェルノブイリ原発爆発事故:ソ連のウクライナ共和国首都キエフ近郊のチェルノブイリ原子力発電所で核燃料が爆発して周囲の冷却水が水蒸気爆発を起こし、史上最悪の原発事故となった。多数の死者と、周辺各地に蓄積された放射能による被害をもたらした。(4月)
英国チャールズ皇太子・ダイアナ妃夫妻来日。(5月)
東京六本木の再開発ビル群「アークヒルズ」開業。(5月)
CDの売上金額(1〜6月合計)がLPレコードを初めて上まわった。(6月)
衆参同日選挙で自民党が大勝し、第3次中曽根内閣成立。(7月)
世界自転車競技選手権プロ・スプリントで中野浩一が10連覇。(9月)
社会党委員長選挙で土井たか子が圧勝。日本初の女性党首誕生。(9月)
第10回アジア競技大会がソウルで開催され、ハンマー投げで室伏重信が初の大会5連覇。(9月)

伊豆大島三原山が噴火。溶岩流が中心地区に迫り、全島民13000人が約1ヵ月間、東京都内などに避難した。(11月)
三菱銀行現金輸送車襲撃事件:三菱銀行有楽町支店前で現金輸送車がモデルガンを持った3人組に襲撃され3億3000万円と有価証券の入ったトランクなどを奪われた。犯人グループはフランス人5人組と判明、主犯者は1988年メキシコで逮捕された。(11月)
国鉄の分割・民営化など国鉄改革法案が参議院で可決され、成立した。国鉄は115年に及ぶ歴史にピリオドを打ち、1987年4月1日から6つの民営会社に変わることが決定した。(11月)
兵庫県の国鉄山陰本線余部鉄橋で回送中の列車が突風にあおられ転落。橋下の工場を直撃、列車の車掌1人と工場従業員5人の計6人が死亡、6人が重軽傷を負った。(12月)
安田火災海上保険、ロンドンの競売でゴッホの『ひまわり』を約58億2000万円で落札。当時の絵画取引史上最高額だった。(3月)

主なベストセラー:『スーパーマリオブラザーズ完全攻略本』ファミリーコンピュータマガジン編集部(徳間書店)、『自分を生かす相性殺す相性』細木数子(祥伝社)、『化身』渡辺淳一(集英社)
テレビ:『男女7人夏物語』(TBS)、『あぶない刑事』(NTV)など放送開始。
新商品:「ミニ四駆」(田宮模型)、髪の洗える洗面台「シャンプー・ドレッサー」(東陶機器)、「ドラゴンクエスト」(エニックス)、「はちみつレモン」(サントリー)、「スーパードライ」(アサヒビール)
ヒット曲:『CHA-CHA-CHA』石井明美、『DESIRE』中森明菜、『仮面舞踏会』少年隊
この年に登場したもの:「スギ花粉情報」(日本気象協会)

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福音館書店から(第31回)

 「こどものとも」は来月からいよいよ新しい半世紀に入っていきます。
 2006年度の月刊誌刊行予定を、ホームページに今週からアップしていますが、来年度の「こどものとも」はとりわけ話題作が目白押しです。
 まず4月号は『ぞうくんのさんぽ』のシリーズ第3弾、『ぞうくんのおおかぜさんぽ』。おなじみのぞうくん、かばくん、わにくんは、晴の日、雨の日につづき、大風の日も、元気に散歩に出かけます。
 7月号には「だるまちゃん」シリーズの新作『だるまちゃんとやまんめちゃん』、8月号には「ばばばあちゃん」シリーズの新作『うみのおまつり どどんとせ』、9月号には「やなぎむら」のご近所のお話『くぬぎむらのレストラン』と、「こどものとも」の人気者が続々登場。
 さらに、新しい人気者「やまんばのむすめまゆ」も2月号で、「くものすおやぶん」も3月号でお目見えしますし、飯野和好の日本の昔話の絵本も6月号で、物語の名手あまんきみこ(5月号)にルース・エインズワース(12月号)も……。どの号も見逃せない注目作ばかりです。
 どうぞ新たな出発をする「こどものとも」を、これからもご愛読ください。

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とん ことり

1986年4月号
030361

筒井頼子 さく 林 明子 え

新しい家に引越してきたかなえが荷物の整理をしていると、“とん ことり”と音がして、郵便受けにスミレの花束が届いていました。ドアをあけても、だれもいません。次の日も同じようにタンポポの花束が、その次の日は手紙が入っていました。次に“とん ことり”と音がしたとき、かなえは玄関のドアを大急ぎであけました……。知らない町で友だちをつくるまでの、子どもの心が描かれます。

こどものとも361号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

この絵本は1989年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行され、現在も販売されています。

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どろんこ おそうじ

1986年5月号
030362

さとうわきこ さく・え

ちらかしやの子イヌと子ネコは、ばばばあちゃんに掃除をするようにいわれましたが、ほうきとぞうきんで野球を始めてしまいます。すると、ぞうきんの球が森にとんでいって、ウサギやキツネにあたり、森の動物たちと泥だらけのケンカになってしまいます。それを見たばばばあちゃん、怒るどころか、いっしょに泥んこ遊びをしようとはりきって……。ばばばあちゃんのおはなし第4弾。

こどものとも362号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

この絵本は1990年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行され、現在も販売されています。

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ビスケットのかけらがひとつ

1986年6月号
030363

こだまともこ さく 織茂恭子 え

赤い屋根の家の庭の赤アリと青い屋根の家の庭の黒アリが、二つの家の間にある切り株の上に落ちていたビスケットのかけらを取りあって、喧嘩を始めました。そこへそれぞれの家のカエルやオンドリやイヌが次々やってきて、交替して喧嘩を続けます。しまいに沈みかけていた太陽と昇りはじめた月の争いにまで発展します。喧嘩がエスカレートし奇想天外な事態になりますが、最後には……。

こどものとも363号
26×19cm 32ページ 当時の定価250円

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エンソくん きしゃにのる

1986年7月号
030364

スズキコージ さく・え

エンソくんは田舎のおじいさんの所へ遊びにいこうと、初めてひとりで汽車に乗りました。町をぬけ、いくつもの駅に停まり、いくつもの橋を渡り、トンネルをぬけると、汽車は高原の駅に着きました。するとヒツジ飼いとヒツジの群れが乗りこんできて、車内は大にぎわい。やがて汽車が終点に着くと、おじいさんは馬に乗ってむかえにきていました。驚きと楽しさいっぱいの汽車の旅。

こどものとも364号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

この絵本は1990年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行され、現在も販売されています。

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虫のわらべうた

1986年8月号
030365

斎藤たま 採録 瀬川康男 画

「れんげばーなの さくときは おーちょうばんばの よーめいり」(チョウ)、「つんなめじょ つんなめじょ やっさいもっさい どけ おじゃりもうす つんなめじょ」(カタツムリ)、ホタル、ミズスマシ、ハチ、トンボ……。日本各地で直接採集した地域色豊かなわらべ唄の中から、虫が登場するものを14種類選んで紹介しています。

こどものとも365号
26×19cm 32ページ 当時の定価250円

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ドアをあけて

1986年9月号
030366

もりちかこ さく・え

家に帰る途中、見たことのない高い塀があったので、ぼくがドアの絵を描くと、そこからピンク色の不思議な動物が飛びだしてきました。怪物ドアドアンに追いかけられていたというのです。とまっていたトラックにも、公園の道にも、ドアを描くと、黄色やブルーや、もこもこ毛の生えた動物やらが現れ、最後には大きな体のドアドアンが出てきました。みんな必死に逃げますが……。

こどものとも366号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

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ムッシュ・ムニエルとおつきさま

1986年10月号
030367

ささきまき さく・え

ムニエルはふと魔法が使いたくなって、街角で歌っていた女の人の歌声を瓶に入れて火を付けました。すると花火があがって、夜空の月が落ちてきました。ムニエルが月を鞄に入れて歩き出すと、白髪の紳士に鞄を盗られてしまいました。追いかけていくと犯人は月を研究中の双子の博士。研究するといってなかなか返してくれません。ちょっとずれてる魔術師、ムッシュ・ムニエルの絵本第3弾。

こどものとも367号
26×19cm 32ページ 当時の定価250円

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チャマコとみつあみのうま

1986年11月号
030368

メキシコ・ミステカ族のお話 竹田鎮三郎 さく・え

6歳の男の子チャマコは、おじいさんといっしょに牧場にいき、馬や牛に水を飲ませたり見張ったりするのが仕事です。牧場から帰ってくると、だれかれかまわず近くにいる動物を馬にして遊ぼうとします。ある日、みんな遊んでくれないので、山の中を歩いていくと、不思議なおじいさんに出会って、人間は好きな動物と兄弟にならなければならないと教えられます。チャマコは牧場にいって……。

こどものとも368号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

この絵本は、こどものとも創刊50周年記念企画「こどものとも世界昔ばなしの旅」の1冊としてハードカバーで刊行されています。

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ちょろりんの すてきなセーター

1986年12月号
030369

降矢なな さく・え

とかげのちょろりんは町の洋品店で、暖かそうなセーターをみつけました。でもお母さんもお父さんも「セーターなんかいりません」というばかり。おこづかいの貯金もたりないので、ちょろりんはランプづくりをしているおじいさんのところで、ランプのガラス磨きの仕事をすることにしました。夜通し働いてもらったお金をもって、セーターを買いにいくと、それはヘビ用でした……。 

こどものとも369号
26×19cm 32ページ 当時の定価250円

この絵本は1993年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行され、現在も販売されています。

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おどりトラ

1987年1月号
030370

韓国・朝鮮の昔話 金森襄作 再話 鄭淑香 画
<著者名の「鄭淑香」の文字は正しくは「鄭」は旧字、「淑」はさんずいではなく王偏です>

山奥に住んでいるたくさんのトラの中に、踊りの大好きなトラがいて、おどりトラと呼ばれていました。ところがみんなで獲物を追っている最中に踊り出して、獲物を取り逃がしてしまうことがあったため、おどりトラは群れから追い出されてしまいました。それでも踊りの腕を磨いたおどりトラは、村里で魚や米がとれないときに踊ると、たくさんとれるようになる不思議な力をもちましたが……。

こどものとも370号
26×19cm 32ページ 当時の定価250円

この絵本は、こどものとも創刊50周年記念企画「こどものとも世界昔ばなしの旅」の1冊としてハードカバーで刊行されています。

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ぼく しごとに いくんだ

1987年2月号
030371

角野栄子 さく 垂石眞子 え

ユウタくんはつなぎのズボンをはいて自動車整備工場にいきました。工場のおにいさんが高いところに上がっている車の下をハンマーでたたいています。ユウタがその音を車が泣いてるみたいだというと、おにいさんもいいました。「そんなんだよ。足の付け根が病気ですっていってるんだよ」ユウタはおにいさんを手伝って壊れた車をりっぱに直しました。

こどものとも371号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

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はるよ こい

1987年3月号
030372

わたりむつこ さく ましませつこ え

ももこはおばあちゃんの家に遊びにきて、庭の隅にある蔵の中を見せてもらいました。火鉢や臼や杵など今は使われなくなったものの中に、古い雛飾りを見つけました。その夜、ももこが不思議な音に目を覚まし裏庭に出てみると、お雛さまたちが、「つぼみふくらめ はなよさけ」と歌ったり踊ったりして、春の宴を開いています。翌朝、おばあさんに呼ばれて庭に出てみると梅の花が開いていました。

こどものとも372号
26×19cm 32ページ 当時の定価250円

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こぐまとシーソー

1986年4月号
040001

ヘレナ・ベフレロヴァ さく 内田莉莎子 やく なかのひろたか え

子グマのころは、一人遊びにあきて友だちをさがしに公園にいきました。シーソーがあったので、どっこいしょと腰をおろして誰かくるのを待っていると、チョウがやってきて向こう側ににとまりましたが、シーソーは動きません。次にネズミが、それからカササギ、ハリネズミ、リスも一緒に乗りましたが、それでもシーソーは動きません。そこへ子ブタがやってきてシーソーに乗ると……。

こどものとも年中向き1号
19×26cm 28ページ 当時の定価230円

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たつくんの たんじょうび

1986年7月号
040004

松野正子 さく 西巻茅子 え

今日はたつくんの誕生日、たつくんはおばあちゃんの家へ出かけました。おばあちゃんがお祝いにケーキを焼いてくれるのです。途中で、ネコのシロや子イヌのムク、アヒルのガアコをさそいましたが、みんないそがしくていっしょにきてくれません。でも、おばあちゃんの家に着いて、ケーキの用意を待っている間に、シロもムクもやってきました。そしてガアコは生まれたばかりのヒヨコを連れて……。

こどものとも年中向き4号
19×26cm 28ページ 当時の定価230円

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コッコさん おはよう

1986年8月号
040005

かたやまけん さく・え

コッコさんがぐっすり眠っているときに、朝はそおっとやってきて、ニワトリを起こし、森や林の鳥たちを起こし、大空や池の水を目覚めさせ……、そしてカーテンのすきまから入ってきて、おにいちゃんを起こし、それから、コッコさんを起こします。「こどものとも年少版」で登場しておなじみとなったコッコさんの絵本です。夜が明けていく微妙な色合いを水彩で美しく描いています。

こどものとも年中向き5号
26×19cm 28ページ 当時の定価230円

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ぼくの いもうと

1986年11月号
040008

浜田桂子 さく・え

ぼくの妹あやちゃんは、人形は散らかす、ピアノは「ネコふんじゃった」ばかり、食べるのは遅くて、あやとりもシャボン玉も下手、すぐ泣いてママにいいつる。やることなすことうんざりだけど、ある日静かだと思ったら、熱が出て寝ていた。病気になると、ちょっと寂しかったけれど、1週間たったら、また……。お兄さんの妹への感情を柔らかい色調の中に描きます。

こどものとも年中向き8号
26×19cm 28ページ 当時の定価230円

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いいことが いっぱい

1987年1月号
040010

大友康夫 さく 藤枝つう え

今日は保育園のお楽しみ会で、先生たちが踊るお獅子に、さぶろうも頭をかんでもらいました。昼ご飯は大好きなスパゲッティー。雪合戦をしていると、ウサギのミミが逃げてきたので、さぶろうはそっと抱いてつかまえました。その後、これまで跳べなかった跳び箱3段が、ミミみたいにジャンプして跳べました。お父さんが車で迎えにきて、家に帰ると……。いいことがいっぱいの一日のお話。

こどものとも年中向き10号
19×26cm 28ページ 当時の定価230円

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アルチコとおおおとこ

1987年2月号
040011

佐々木利明 作 浅野輝雄 画

犬のペタロンと一緒に旅していた少年アルチコが、スペインのある町にやってくると、おばあさんと孫娘が泣いていました。毎年女の子を一人さらっていく大男が、もうすぐその娘をさらいにやってくるというのです。アルチコは、あるだけの女の子の帽子とワインを一樽貸してくれたら、かわりにいってあげるといって、大男のやってくる町はずれのオリーブの木の下にむかいます……。

こどものとも年中向き11号
19×26cm 28ページ 当時の定価230円

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2006/02/03

<作家インタビュー>『めっきらもっきら どおんどん』が生まれた日  降矢奈々

 美大に入ろうと受験して、2回失敗して、落ちこんでいる頃だったんです。どうしたらいいかわからなくて、先に進めないで鬱々としていた時に、「ある程度作品を作って持ってくるつもりがあるのなら、こどものともの編集者を紹介するよ」といってくれる人がいまして、それがきっかけで、作品を描いて売り込むことを始めたんです。
 絵と、ちょっとお話を作って絵本のようにして編集の方に見ていただきました。アドバイスをいただいて描きなおしたりしたんですけど、それでもなかなか仕事はこなくて、1年たった夏に、「おもしろいテキストがあるんですが」と、この『めっきらもっきら どおんどん』のお話をいただいたんです。そうしたら、それはとびつきますよね。すごくやりたくて待ってたんだから。それが長谷川摂子さんの文章だったんです。

 文章の雰囲気などから「日本のお話だ」と感じて、出てくるのも日本のおばけにしようと、図書館にいっておばけの絵や日本画をいろいろ見ました。風神雷神とか獅子の絵とか。それで獅子の髪を見て、“しっかかもっかか”の髪はこういうふうにやろうとか、“もんもんびゃっこ”の服は浮世絵の中の船頭さんが着ていたのを参考にさせてもらったりしました。
 そうしてラフスケッチとおばけのイメージを作って、初めて長谷川さんにお会いしたんです。その時、印象的なことがありました。“もんもんびゃっこ”は、最初、“ぎっことんこ”という名前で、「手足が長くてなわとびをする」と書いてあった。私は狐が好きなものですから、狐のお面をして頬被りをしたおばけを描いていったんです。そうしたら編集者にも長谷川さんにも、「お面を被っていると、子どもは、どんな顔をしているんだろう? と想像して怖くなっちゃう。答えが本で最後まで出なくて、不安になる。思い切ってお面じゃなくて狐のおばけにしたら」といわれました。
 それで狐のおばけを描いたら、長谷川さんが「狐、おもしろいわ。これだったら、おばけの名前、変えましょう」と、“ぎっことんこ”を“もんもんびゃっこ”にしてくれたんです。まさか、作家さんがそんなふうに新人の画家の絵を見て自分の文章を変えるなんて思わなかった。絵本は一緒に作っていく、新人だろうが何だろうが関係ない、それで作品がおもしろくなるんだったら、自分の文章も変えてしまう。長谷川さんのそういう姿勢と、そうやって絵本を作っていくという初めての体験に、感動しましたね。

 この絵本で苦労したのは、主人公の男の子を描くことです。今は自分に娘がいるようになって、子どもを描くことに対する緊張感とか怖れがずいぶんやわらいだんですけど、やっぱりこの時は、子どもを描くことのリアリティーがなくて。子どもを描くことの怖れが、この『めっきらもっきら どおんどん』の本の中にはあるんです。それはこの後も結構ずーっと続くんですけど(笑)。
 漫画のようなパターン化した子どもを描くことはできると思うんですよ、ある意味で記号になってるから。そうじゃない、子どものやわらかさとか表情とかしぐさとか、動きによる体の表情を描くというのは本当に難しいと思います。あんまりしっかり表情を描きすぎても、気持ち悪くなるし。幸いなことに、私には今、子どもがいて、そうすると否が応でも毎日毎日子どもと顔を合わせなくちゃならない。さわる時間も他人とは比べものにならないくらい増えてくる。その時間のおかげで、子どもを描いていて「あらっ」て、ずいぶん息をぬいて描ける感じになった。今でももちろん、自由自在にはならないですけど、ありがたいなと思います。
 (「こどものとも年中向き」2003年1月号折込付録より一部省略して再録)

降矢奈々(ふりや なな)
1961年、東京生まれ。スロヴァキア共和国ブラチスラヴァ美術大学にて石版画を学ぶ。月刊「母の友」表紙(福音館書店発行1998年度分12枚連作/P・ウフナール氏と共作)にて、1999年ベオグラード・イラストビエンナーレ「黄金のペン賞」受賞。絵本の絵の仕事に、『めっきらもっきら どおんどん』『きょだいな きょだいな』『おっきょちゃんとかっぱ』『あいうえおうた』『まゆとおに』(以上、福音館書店)、「おれたち、ともだち!」シリーズ(偕成社)など。自作の絵本に、『ちょろりんのすてきなセーター』、童話のさし絵に『やまんば山のモッコたち』(以上、福音館書店)などがある。スロヴァキア共和国ペジノック市在住。

2月 3, 2006 1985年, エッセイ | | コメント (0) | トラックバック (0)

1985(昭和60)年度にあったこと

臨時行政審議会答申による改革の第一弾として、日本電信電話公社(電電公社)が日本電信電話株式会社(NTT)に、日本専売公社が日本たばこ産業株式会社(JT)に、それぞれ民営化されて新たにスタートした。(4月)
男女雇用機会均等法が公布された。(6月)
豊田商事事件:純金のペーパー商法でマスコミに追及されていた豊田商事の永野会長がインタビューを求めるマスコミ関係者の目前で刺殺された。(6月)
労働者派遣業法が公布された。(7月)
長野県長野市の地附山で大規模な地滑りが発生し、山麓の団地55戸と特別養護老人ホームが土砂に押しつぶされ、老人ホームの老人26人が死亡した。(7月)
日航ジャンボ機御巣鷹山墜落事故:羽田発大阪行きの日本航空DC747型旅客機が、相模湾上空で操縦不能となり、群馬県の御巣鷹山山頂に墜落した。乗員・乗客あわせて524人のうち4人が奇跡的に助かったが、のこる520人は死亡した。(8月)

有毒ワイン事件:マンズワイン社製国産ワインに不凍液の原材料などに用いられるジエチレン・グリコールが混入していることが判明した。ジエチレン・グリコールは有毒だが、ワインに混ぜると安物ワインが高級ワイン風の味になることから、密かに混入され、西ドイツやオーストラリアで問題となっていた。(8月)
阪神タイガースが21年ぶりにセ・リーグ優勝(10月)。日本シリーズでも西武を下し初の日本一になった。(11月)
阪神のバースとロッテの落合博満が三冠王となった。(11月)
中野区立中学いじめ苦自殺事件:東京都中野区立中学の2年の男子生徒が、首吊り自殺をした。遺書からいじめを苦にした自殺であったことがわかった。捜査の結果、「葬式ごっこ」のいやがらせや殴る蹴るなどの暴行を受けていたことが明らかとなり、このことをもみ消そうとした学校などの実態も明らかとなった。(2月)

主なベストセラー:『スーパーマリオブラザーズ完全攻略本』ファミリーコンピュータマガジン編集部(徳間書店)、『アイアコッカ』リー・アイアコッカ(ダイヤモンド社)、『科学万博つくば'85公式ガイドブック』国際科学技術博覧会協会編(講談社)
テレビ:『スケバン刑事』(フジテレビ)、『夕やけニャンニャン』(フジテレビ)、『天才たけしの元気がでるテレビ!!』(NTV)、『ニュースステーション』(テレビ朝日)など放送開始。
新商品:「スーパーマリオブラザーズ」(任天堂)、「いちご大福」(大角玉屋)
ヒット曲:『ジュリアに傷心』チェッカーズ、『ミ・アモーレ』中森明菜、『恋におちて』小林明子
この年に登場したもの:ワープロ技能検定試験、シートベルト着用義務づけ(改正道路交通法)、「フリーダイヤル」(NTT)

福音館書店では:新しい小学生のための月刊誌「たくさんのふしぎ」創刊。(4月)

2月 3, 2006 1985年, そのころあったこと | | コメント (0) | トラックバック (0)

福音館書店から(第30回)

 ついに本日「こどものとも」600号『いろ いきてる!』が発売となり、「こどものとも」は50周年をむかえました。
 先週もお伝えしたとおり、この600号発売にあわせて、現在、全国のたくさんの書店で、「こどものとも傑作集」の絵本を集めた「こどものとも50周年フェア」が開催されています。長く読みつがれている人気の絵本がせいぞろい。
 またホームページでも、新たに50周年記念の特別ページを作り、記念企画の全貌をお知らせしています。
 そちらにも掲載しましたが、現在、新潟市の万代島美術館では「みんなのともだち『こどものとも』の絵本展」が大好評開催中。会期もいよいよ次の次の日曜日12日までとなりましたので、お近くの方はぜひ足をお運びください。(写真は会場風景です)

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2月 3, 2006 福音館からのお知らせ | | コメント (0) | トラックバック (0)

がちょうのたまごのぼうけん

1985年4月号
030349

エバ・ザレンビーナ  作 内田莉莎子 訳 太田大八 画

1羽のガチョウが卵を産みました。卵は生まれて3日目に旅に出かけました。途中で出会ったザリガニ、ニワトリ、アヒル、ネコ、イヌを引きつれて、どんどんどんどん歩いていくと、森の中に小さな一軒家がありました。みんなはつかれたので、そこで一晩泊まることにしました。その夜ぐっすり寝こんでいると、5人の泥棒がやってきて……。ポーランドの代表的な児童作家のお話です。

こどものとも349号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

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はるまつり

1985年5月号
030350

菊池日出夫 さく・え

今日は町の春祭り。そういちがお姉ちゃんと出かけていくと、ひでちゃんたちも祭りにきていました。太鼓や笛の音が鳴り響くなかで、みんないっしょに屋台の綱を力いっぱい引いていると、からだじゅうがお祭りの気分。こんどは出店を見て楽しんでいるうちに、そういちはお姉ちゃんとはぐれてしまいました……。『さんねんごい』に続く、作者の子ども時代の体験をもとにした絵本です。

こどものとも350号
26×19cm 32ページ 当時の定価250円

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おかえし

1985年6月号
030351

村山桂子 さく 織茂恭子 え

タヌキの家の隣に引っ越してきたキツネの奥さんは、引越のあいさつにかごいっぱいの苺をもってタヌキの家にいきました。タヌキの奥さんは喜んでいちごを受けとると、おかえしに筍をキツネの家にもっていきました。そこでキツネの奥さんはおかえしのおかえしに花と花びんをもって……。よろこんでもらえてよかったわ、と次から次へとおかえしの連続で、とうとう家の中のものは……。

こどものとも351号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

この絵本は1989年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行され、現在も販売されています。

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スペインのちいさなむら

1985年7月号
030352

浅野庸子 作 浅野輝雄 画

スペインの小さな村に引っ越してきた翌朝、ぼくは隣の家の少年ホセがヤギの乳を搾っているのを見ているうち、ホセの仕事についていくことになりました。ヤギの乳をタンクにつめてロバにのせ、パンやサクランボと交換しにいきます。それから毎日ホセを手伝ううちに、初めは恐かったヤギやロバの世話も平気になりました。スペインの村に一家で暮らしていた画家が農村の生活を描きます。

こどものとも352号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

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めっきらもっきら どおんどん

1985年8月号
030353

長谷川摂子 作 ふりやなな 絵

かんたは遊び仲間をさがして神社にきましたが、だれもいません。つまらないので、めちゃくちゃの歌を歌っていると、どこからか「こっちゃこい」と奇妙な声が聞こえてきました。大きな木の根元の穴をのぞきこむと、ひゅうっと穴の奥に吸い込まれてしまいます。着いたところにはおかしなばけもの3人組がいて、いっしょに遊ぼうととびついてきます……。愉快なファンタジー絵本。

こどものとも353号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

この絵本は1990年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行され、現在も販売されています。

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はたけうた

1985年9月号
030354

田島征三 作

ヨイショ たがやす はたけの つちは ほって ホカホカ くろい つち……。ダイコン、ニンジン、キャベツ、レタス、エンドウマメ……。春、夏、秋、冬、畑の作物を読み込んだ調子のよい畑歌がつづきます。大地と太陽の恵みをいっぱいに受けて実る野菜や穀物の姿を、大胆に図案化し力強いタッチで描いた絵本です。

こどものとも354号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

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やぎのはかせの だいはつめい

1985年10月号
030355

槇 ひろし さく・え

ヤギの博士が5年8ヵ月と1週間かけて完成した発明とは? 動物村の村人が見守る中で、長さが616歩もある巨大な機械が、山奥からリフト・ロボットの運んできた巨木をのみこんでいきます。機械の途中の最初の穴からは葉っぱが、次の穴からは丸太が、次は板、繊維に積木、次々いろんな物が出てきますが、博士のいちばん欲しかったのは、最後の小さな穴から出てきた……。

こどものとも355号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

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てんのくぎをうちにいった はりっこ

1985年11月号
030356

かんざわとしこ さく ほりうちせいいち え

クマのばあちゃんに育てられたみなしごのハリネズミは、昔、クマのひいひいじいさまが空の丸天井をささえる釘を打った話を聞いて、自分もいつか天にのぼってみたいと思っていました。ある日天の釘がゆるんで、天も地も砕けそうになり、森の仲間たちは、だれが釘を打ちにいくのか相談しましたが、ハリネズミは自ら名のりでて、ハンマーを持って旅だったのです。壮大なファンタジー。

こどものとも356号
26×19cm 32ページ 当時の定価250円

この絵本は2003年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行され、現在も販売されています。

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ごんべえのぼうけん

1985年12月号
030357

谷川俊太郎 作 イシカワ・イサム 画

林の奥にテレビが一つ、中から少女が手招きしてた。通りかかったごんべえは、テレビの中へ吸いこまれ、いきつく先は不思議な町。同じ顔した人たちに、捕っつかまって牢屋の中へ……と思いきやそこは見渡すかぎりの砂漠の中。のどはからから、ばったり倒れた鼻先のサボテンの花をもぎとると、とたんに花は少女に変身……。物語詩の形式でテレビの中の冒険が語られる幻想的な絵本です。

こどものとも357号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

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きつねの よめとり

1986年1月号
030358

大友康夫 さく・え

母親と器量よしの娘が暮らしていました。ある冬の晩、ニワトリをねらうキツネを追い払いに娘が鶏小屋にいくと、年寄りギツネが、きれいな着物をやるから家にこいと誘います。娘は最初ははねつけますが、毎日やってくる年寄りギツネの誘いに、3日目にはついていってしまいます。すると娘は花嫁衣裳を着せられ、無理矢理キツネの嫁にされそうになりますが……。

こどものとも358号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

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もどってきた ガバタばん

1986年2月号
030359

エチオピアのお話 渡辺茂男 やく ギルマ・ベラチョウ え

男の子は、お父さんに作ってもらったガバタ盤(将棋盤)を、牛を追うときにも大事にもっていきました。ところがある日、火を熾すために木をほしがっていた人たちに、ガバタ盤を燃やされてしまいました。男たちがかわりにくれたナイフを、こんどは水をさがして地面を掘っていた人に貸すと、ナイフは折れてしまい、かわりに槍を……。こうして次々交換していくうちに、最後には再び……。

こどものとも359号
26×19cm 32ページ 当時の定価250円

この絵本は、こどものとも創刊50周年記念企画「こどものとも世界昔ばなしの旅」の1冊としてハードカバーで刊行されています。

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ムースの大だいこ

1986年3月号
030360

カナダ・インディアンのおはなし 秋野和子 再話 秋野亥左牟 画

いつもよりうんと寒い冬のこと、吹雪が続き獲物がとれなくなって、食糧の蓄えも少なくなってきました。首長たちが集まって話し合い、不思議な力をもっているメディシンマンに相談することになりました。話を聞いたメディシンマンは、だまって宙をみつめていましたが、やがてムースの皮の大太鼓をたたきはじめました。3日間たたき続けた明け方のこと、太鼓の面にあらわれてきたのは……。

こどものとも360号
26×19cm 32ページ 当時の定価250円

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おいしかった おいしかった

1985年4月号
041024

岡本良雄 さく 長 新太 え

クマは、病気のキツネのおみまいに、かごいっぱいのブドウをもって出かけていきましたが、途中で会ったサルが、腹ぺこでブドウがほしいというので、半分わけてあげました。サルはよろこんで食べようとしましたが、キツネが病気だ聞いたのを思い出し、ブドウをもってキツネの家へ近道していくことにしました。サルは途中でお腹をすかせたウサギに半分わけてあげますが……。

普及版こどものとも1985年4月号
26×19cm 28ページ 当時の定価230円

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きかんしゃ ホブ・ノブ

1985年8月号
041025

ルース・エインズワース 作 上條由美子 訳 安徳 瑛 画

機関車のホブ・ノブは、6台の貨車を引いて走っていきました。途中で出会った子ヒツジが、遊園地まで乗せていってというので、1番目の貨車に乗せてあげました。次にイヌが2番目の貨車、それからネコが、アヒルが、次々に貨車に乗りこんで、遊園地を目指します。トンネルの中で怖がる動物たちを、ホブ・ノブは汽笛と火の粉で安心させます。遊園地では心ゆくまで遊んで……。

普及版こどものとも1985年8月号
19×26cm 28ページ 当時の定価230円

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100ぴきのひつじ

1985年10月号
041026

小野寺悦子 さく 樋泉雪子 え

さっちゃんは眠れないので、ヒツジを100まで数えました。するといつのまにかベッドのまわりには100ぴきのヒツジが、おしあいへしあいして、毛を刈ってほしいと寄ってきます。100ぴきの毛を刈りおわると、こんどは毛をつむいで糸にしてセーターを編んでと、次々の要求にてんてこまい。ようやく全部のセーターを染めおえてヒツジに着せると、ヒツジは1ぴきずつおやすみのキスを……。

普及版こどものとも1985年10月号
19×26cm 28ページ 当時の定価230円

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ふしぎなナイフ

1985年11月号
041027

中村牧江・林 健造 さく 福田隆義 え

洋食に使うふつうのナイフが1本。このナイフはふしぎなことに、曲がる。捻れる。折れる。割れる。溶ける。切れる。ほどける。ちぎれる。散らばる。こんどは、伸びて、縮んで、膨らんで……最後に破裂! ページをめくるごとに、現実にはありえないはずのナイフの変形した姿が、スーパーリアリズムで描かれ、不思議な絵本の世界が展開します。

普及版こどものとも1985年11月号
19×26cm 28ページ 当時の定価230円

この絵本は1997年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行され、現在も販売されています。

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みんなでつくった クリスマス・ツリー

1985年12月号
041028

キャロライン・ベイリー 作 うえさわ けんじ 訳 こうもとさちこ 絵

ある日、食べ物を探しに出かけたウサギは、わなにかかって足にけがをしてしまいました。クリスマスまぢかなのにウサギのところにだけクリスマス・ツリーがないのに気づいたカラスは、ウサギがけがをしたことを知って、森の動物たちに呼びかけます。すると、アライグマはモミノキをもって、クマはスコップをもって、リスやサルは飾りや食べ物をもって、ウサギの穴の前にやってきます……。

普及版こどものとも1985年12月号
26×19cm 28ページ 当時の定価230円

この絵本は2004年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行され、現在も販売されています。

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あーちゃんちは パンやさん

1986年1月号
041029

ねじめ正一 作・井上洋介 絵

あーちゃんちはパン屋さん。朝早く、できたてのパンを並べ、お店のシャッターを開けると、表通りがパンのいい匂いになります。お客さんがやってきてお店がこんでくると、友だちのカメラ屋のゆきちゃんと三輪車で遊びにいきます。けんかしちゃったら、仲直りにあんパンをもっていき……。お店の手伝いもちゃんとやります。子どもの目から見た商店の一日を温かく描いています。

普及版こどものとも1986年1月号
26×19cm 28ページ 当時の定価230円

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