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2005/12/02

新しい物語絵本の展開(2)    時田史郎

 前回ご紹介した『はじめてのおつかい』は、「こどものとも」1976年3月号でしたが、今回ご紹介するのはその次の号、1976年4月号の『こすずめのぼうけん』です。
 この物語は、石井桃子さんが1974年5月に岩波ホールで行った講演のなかで、「イギリスの作家たちのものを読んでいると、じつによい幼児のためのお話を書くひとがあるので驚きますが、(中略)そういうお話の例として」紹介されたものです。その速記録を読んだときの小躍りしたくなるような気分をいまでも覚えています。こういう物語こそ、「こどものとも」で絵本化したいと思いました。(この講演はのちに加筆訂正されて「子どもの館」(1975年1月号、福音館書店)に掲載されました)
 この物語には幼児のためのすぐれたお話(文学)がもっている要素、発端の必然性、繰返しと繰り返されるたびに高まっていく緊張感、幸せな結末、そして、それらの要素ひとつひとつにリアリティー(絵空事でなく、実際にあったかのような、あるいは実際あってもおかしくないという真実味)があり、石井さんが講演のなかでわざわざとりあげた理由もよくわかります。

 そこでまず、石井さんに絵本化の許可をいただき、原作者の使用許可も受け、石井さんとも相談のうえで、堀内誠一さんに絵をお願いすることにしました。
 堀内さんは当時パリに住んでいらっしゃいましたが、私は「こどものとも」の編集長を引き受けたときから、幼い子どもにとってほんとうに好ましい物語絵本のあり方といったことについて、手紙でいろいろ教えていただいていました。ある手紙に「やはり、(物語絵本の)基本となるのは、テキストというか、コトバだと思います」と書かれていました。さまざまな作家の、さまざまなテキストに絵をつけて、子どもたちに歓迎される絵本を数多く創ってきた画家堀内誠一さんの心からの言葉だと思いました。
 そして、石井さんの訳されたこのテキストだったら堀内さんも気に入ってくださり、この物語にふさわしい絵を描いてくださるに違いないとの確信が、その時の私にはありました。

 しかし、「この物語にふさわしい絵」と語ることは簡単ですが、画家の実際の仕事はそう簡単なことではありません。堀内さんは、どんな絵がこの物語にふさわしいのか、幾度も幾度もスケッチをし、構想を練り上げ、時には描きあげた絵さえ廃棄して描きなおすといったことを繰りかえして、描きあげてくださいました。一例をあげれば、さきほど申しあげたようにこの物語の素晴らしさのひとつにリアリティーということがあげられますが、だからといってあまりにも写実的な絵では、物語のおもしろさが生き生きと伝わってきません。どこまで現実の「すずめ」なり、物語の舞台となっている「田園」をデフォルメするのが好ましいのか、堀内さんはそのバランスにずいぶんと苦心なさっていました。物語を解釈し、ときには解説し、ときには膨らませ、しかも全体として抑制をきかせながら、子どもの心に届く魅力的な絵本と仕立てていくことはなかなかたいへんな作業だとあらためて感じました。
 しかし、完成した『こすずめのぼうけん』を手にとって見ると、この物語には、この絵しか考えられないという思いがします。堀内さんが最初からこの表現方法を思いつかれ、一気に描きあげられたようにしか思えません。ほんとうに優れた絵本というものは、きっとそういうものだと思います。

 ところで、物語絵本では、絵の印象でその良し悪しが語られることも少なくありませんが、絵の良し悪しを決定づけるのは、なんといっても物語の質だと思います。もとになる物語が画家の制作意欲をかきたてるような質のものでなければ、適当に描かれた絵しか望めないでしょう。そういう意味でも堀内さんの「やはり、(物語絵本の)基本となるのは、テキストというか、コトバだと思います」という言葉は、物語絵本を考える時の重要なポイントだといえるでしょう。

時田史郎(ときた しろう)
1943年、東京に生まれた。早稲田大学卒業後、福音館書店に勤務。1975年より1983年まで「こどものとも」編集長を務める。民俗学に造詣が深く、特に、昔話と、昔話の採集・再話者であった佐々木喜善の研究をしている。絵本の再話に『うらしまたろう』(福音館書店)がある。神奈川県在住。

12月 2, 2005 エッセイ1977年 |

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