<作家インタビュー>『ぽとんぽとんはなんのおと』が生まれた日 平山英三
今から20数年前のことですが、このお話をいただいた時のことは、非常に印象深く覚えています。
ちょうどそのころ、私は東北の沢内村というところに何年もずっと、四季を通して通い続けていたんです。そこはたいへん雪の多い村だったものですから、雪のこととか、雪国の人の暮らしを見聞きしていました。そんな時にこのお話をいただいたんですね。
母グマと子グマの会話に登場するシーンというのは、雪国に住んでいると、春の気配を感じるころに、本当に毎日起こっている、あるいは見る、感じる、たいへんリアルなことばかりなんです。作者の神沢さんがそういうことを本当によくご存知なんだとわかって、びっくりしたのを覚えています。
私は沢内村に通っている時に、雪の研究者の高橋喜平先生のところにいつもおじゃまして、雪のことを教えていただいていました。高橋さんは雪の先生であると同時に、クマのことについてもたいへんおくわしい方で、ツキノワグマのことも教えていただきました。ツキノワグマは冬眠中に子グマをだいたい2頭産むことが多いんだそうですね。そういう話を聞いていたものですから、この本でも、子グマが2頭というのは、すぐに発想できました。
そのころ、もうひとり、炭焼きをしている近藤さんという人−その人はマタギ(東北地方の伝統的な狩人)なんです。7ページで木を切っている人です。−その方からも、山のことや、クマのことも教えていただいて、とても楽しんでいる時だったんです。
村には、今はなくなったけれども、当時は茅葺きの民家があって、それをスケッチしました。茅葺きの屋根に百合が生えていて、初夏には百合の花が咲くんです。ひょっとすると木なんかも生えていて秋になると紅葉したり、すすきが穂を出したりする。春は、中に人が住んでいると屋根の方が地面よりあたたかいから、そこから緑になります。他にも、山の風景や植物をスケッチしていました。この絵本では、そういうスケッチをもとにして、描いていけばよかったのです。
ただ、いまだにこの本を見るたびに、残念でならないんです。というのは、今、私は長野県の北部に住んでいるんですが、たいへん雪が多いので、春になると、『ぽとんぽとんはなんのおと』の世界を、本当にいつも経験していて、毎春この本のことを思い出してね、「ああ、あの場面はこういうふうにすればよかった。こっちの場面はこうすれば……」と思って、私は20何年間、心の中でこの話をまだ描き続けているんです。
この本の絵を描いていて思ったのは、これ、春近い山のクマの親子の話ですが、これはまた、春をむかえる雪国の母と子の話でもあると思いました。冬、じーっと単調な中にいたところから、春の気配がして春が近いと思うと、気持も明るくなって、活き活きとしてきます。このお話が、雪の中の話でありながら、あたたかく感じられるのは、そういう春をむかえるときの気持が描かれているからだと、私は思います。
(「こどものとも年中向き」2002年1月号折込付録より一部省略して再録)
平山英三(ひらやま えいぞう)
1933年愛知県生まれ。東京芸術大学美術学部卒業。絵本に『とまとときゅうりさんとたまごさん』(童心社)、『ぽとんぽとんはなんのおと』(福音館書店)、奥さんの平山和子さんとの共作に、文章を担当した『おにぎり』(福音館書店)、平山和子さんの落ち葉の絵を構成した『落ち葉』(福音館書店)、さし絵に『少年動物誌』(福音館書店)、著書に『落ち葉の美術館』(桜華書林)などがある。長野県在住。
12月 16, 2005 エッセイ1979年 | Permalink
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