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2005/12/09

<作家インタビュー>『はるにれ』が生まれた日    姉崎一馬

 この木を見た時、「あ、僕は長い間この木との出会いを待ってたんだ」とわかったんですね。
 僕はたくさんの人に森林のことを知ってほしくて、森林の写真を撮っていたんです。自然保護運動からスタートした発想なんですが。でも森林というのは、普通の人にはすぐにはとっつきにくいですよね。だからまず、だれでも感情移入できるような、シンプルでわかりやすい木の本を作ろうと思っていました。大きな木と、そのまわりの草花や昆虫、動物といったものも登場させたりして、その中で木が四季にどんな変化をしているか、そんな本ができればいいな、と思って絵コンテを描いたんです。でも、実際にそんな木があるか、あてがあったわけではなくて。で、「じゃあ、この木はいったいどこにあるんだ?」となった(笑)。
 ふだんから図鑑の仕事などであちこちの国立公園などに写真を撮りにいっていたので、そういう木がないかと探してたんです。それで何本か、「この木だったらひょっとしてできるかな」というのを見つけて、「これはカエデだから秋はきれいだ」とか「サクラだから春はよさそうだ」と思って撮影していたんですが、何かいまひとつ、ピンとはこなかったんですよ。

 そんなある時、北海道で悪天候にあって、十勝川の広い河川敷で、車の中に泊まっていたんです。その次の朝、とてもいい天気になったんですよ。そして上流に移動を始めた時、遠くの方に、ぼぉーっと、このはるにれの木が見えたんです。その瞬間、僕がこの木との出会いを待っていたことがわかった。
 近づいていったら、やっぱり僕が心の中に描いていたのと寸分違わない木なんです。それは、人生の中のひとつの道標に出会った、航海の船が島を見つけたような、そんな感激がありましたね。それで、それまで撮っていた他の木のことを、いっさい忘れちゃいまして。
 でも、当時は写真を始めたばかりでお金もなくて。本当は1年くらいこの木のそばにいたい。せめて月に何度かこられれば、うまく撮影できたんでしょうけど。東京でアルバイトして、お金がたまったらまた撮影にくる、ということをしてましたから、結局この木を撮るのに4年近くかかってしまったんですね。
 この河川敷は牧草地で、時々牛を放牧していたんです。だから、この本の月夜のページにも、よく見ると牛がいます(笑)。雪が降っているページがありますが、これなんかもう、全然撮れなかったんですよ。十勝って気温が低くて、雪が細かいんです。粉雪で、小麦粉まいてるんじゃないかっていうくらい、小さなつぶ。写らないんですよ。これはだめかと思いましたね。11月だったら、気象条件によっては雪のつぶが大きい日もあるんじゃないかと、そういう時に何度も通って撮りました。ただ、この木を撮影していた時間というのは、僕の人生の中では非常に幸福な時間だったと思います。
 この河川敷は、もともと原生林だったそうです。この本が出た後で、ここを最初に開拓した方からお電話をいただきました。その人が牧場として利用しようと森の木を切っていった。だけどこの木に出会った時に、本当に神々しさを感じて、「この木は切れない」と思ったそうなんです。
 (「こどものとも年中向き」2002年3月号折込付録より一部を再録)

姉崎一馬(あねざき かずま)
1948年、東京に生まれる。少年時代を、北海道の札幌市郊外で過ごし、生物の世界にひかれて写真を撮りはじめる。東京農業大学造園学科卒業後、フリー写真家。理科や社会の事典、図鑑などの仕事のかたわら、博物誌的な自然観でとらえた自然写真を撮り続けている。『はるにれ』がはじめての写真絵本。ほかに『なつのかわ』(福音館書店)、『雑木林』『ブナの森』『姉崎一馬の新自然教室』(以上、山と溪谷社)、『ふたごのき』(共著・偕成社)などがある。学生の時から続けている子どものための自然体験教室を、現在山形県の朝日連峰山麓でおこなっている。

12月 9, 2005 エッセイ1978年 |

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コメント

12年ほど前、家族で北海道旅行をすることになったので、
どうしてもこの樹が見たいと夫に懇願し、連れて行ってもらいました。
確か、そのとき息子が通っていた幼稚園の図書館から、『はるにれ』の折り込み付録のコピーをもらい、
それを頼りに行ったような・・・
十勝川沿いを車で走っていると、本当にぼぉーっと見えてきたのを今でも覚えています。
橋を渡って、どんどん近づいていくときは、昔の友達に会うみたいにどきどきしていました。
初めて出会ったのに、懐かしい気持ちになったのはなぜなんだろう。
絵本で何度も会っていたからなのかしら・・・

投稿: ★OZ★ | 2005/12/10 03時36分

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