新しい物語絵本の展開(1) 時田史郎
1972年度の回のこの欄の「『こどものとも』200号を越えて」のなかで、私の前任「こどものとも」編集長の征矢清さんは、「こどものとも」の場面数が、13場面から15場面に増えたことについて、「15場面なら15場面なりの構成がなくては絶対に緊張感を持った作品は生まれてこない」と指摘していますが、私も全く同感です。物語絵本では場面数が増えるにしたがって、よりしっかりと構成された物語が求められると思います。
征矢さんの後任として、「こどものとも」編集長に任命された私が真っ先に考えたことも、実はこのことでした。「こどものとも」各号を企画するにあたって、まず、しっかりとした物語、テキストを手に入れなければならないということでした。
幸いにして多くの作家の方がこの考えに共鳴してくださり、しっかりとした物語をかいてくださいました。そして画家の方もその物語にふさわしい表現となるように工夫に工夫を重ねてくださいました。
そのうちのいくつかを、ご紹介しましょう。
まず思い出されるのは、『はじめてのおつかい』です。
このテキストの母胎は、編集部に寄せられていた投稿作品でした。これを一読したかぎりでは、多くの投稿作品がそうであるように、作者の主人公に対する思い入れ(感情移入)が強く、悪くいえば押し付けがましく、絵本のテキストとしては不向きのように思えました。しかし、その感情移入の部分を飛ばしながら、繰返し読んでみると、過剰気味な感情表現の裏側からしっかりとした物語が浮かび上がってくるのです。しかもその物語は、ふつうのおとなたちにとっては、ありふれた子どもの日常生活のひとこまとしか見えない「はじめてのおつかい」が、子どもたちにとっては大冒険であることを見事に語っているのです。この物語は子どもたちの共感をよぶと確信できました。そこで、すぐに作者の筒井頼子さんに連絡をとり、お会いしました。そして、私たちの考えを率直に説明し、主人公に対する思いは画家の表現にゆだね、簡潔なテキストに書き直していただけないかとお願いしました。筒井さんは私たちの考え方をすぐに理解してくださり、何度も推敲して、現在刊行されているテキストにまで磨き上げてくださいました。
絵を描いてくださった林明子さんには、すでに「かがくのとも」で2冊(『かみひこうき』1973年11月号、『しゃぼんだま』1975年4月号)の絵を担当していただいていました。その2冊の作品を通じて、子どもたちをいきいきと描く林さんの表現力については信頼していました。林さんは、この2冊の絵本を制作するにあたって、子どもたちの姿や表情をご自分の想像で描くのではなく、子どもたちが紙飛行機を作ったり飛ばしたりしている現場や、シャボン玉で遊んでいる現場に何度もでかけていってスケッチを重ね、それをベースにしながら、テキストが語る世界をより豊かにふくらませてくださいました。ですから、林さんが絵を担当してくださった2冊の「かがくのとも」は、子どもたちの真剣な表情や心から楽しんでいるときの健康なかわいらしさであふれています。
物語絵本をお願いするのは初めてでしたが、絵本にかける林さんの思いやその制作姿勢に敬服していた私たちは、このテキストにもっとも相応しい画家として白羽の矢をたてました。幸いにして、林さんもこのテキストを気に入ってくださり、随所にユーモラスな表現を加えながら、徐々に高まっていく主人公の不安感や緊張感を、楽しく親しみやすい表現で過不足なく描いてくださいました。
作者の筒井頼子さんとっても、画家の林明子さんにとっても、『はじめてのおつかい』は、はじめての物語絵本の制作でしたが、お二人の奇をてらわない制作態度によって、子どもの心にひびく、子どもたちの大冒険を描いた傑作が誕生しました。
この絵本が出版されたとき、今は亡き児童文学者の瀬田貞二先生や画家の堀内誠一さんが激賞してくださったことを、昨日のことのように思いだします。そして、刊行以来、父母や先生方、何より子どもたちに愛され続けていることが、この絵本のすばらしさを物語ってくれていると思います。
(次回に続く)
時田史郎(ときた しろう)
1943年、東京に生まれた。早稲田大学卒業後、福音館書店に勤務。1975年より1983年まで「こどものとも」編集長を務める。民俗学に造詣が深く、特に、昔話と、昔話の採集・再話者であった佐々木喜善の研究をしている。絵本の再話に『うらしまたろう』(福音館書店)がある。神奈川県在住。
11月 24, 2005 エッセイ1976年 | Permalink
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