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2005/09/16

『たろうのともだち』について——お説教にはしたくない  村山桂子

(「年少版こどものとも」1968年8月号折込付録より再録)

 この絵本は、1962年に「こどものとも」の1月号として、さらに1967年にはあらためて4月号として発行されたものです。今回、三たび発行されることとなり(「年少版こどものとも」1968年8月号)、作者である私としてはこんな、うれしいことはありません。
 けれど、この『たろうのともだち』が、このようにみなさんに喜んでいただけるのは、絵をかいてくださった堀内先生のおかげだと、私はあらためて、いま、堀内先生に感謝しています。「母の友」の5月号で、福音館の松居さんが、
——絵本の絵は、物語の世界を、子どもの中につくりだすためにあるのです。
と、いっておいでですが、この絵本の場合もまさしく、そのとおりで、私のお話を、ほんとうにみごとに描いてくださいました。
 私、ならびにたろうと、その友だちは、堀内先生に出会ったことを、心から幸福であったと思っています。いまや、堀内先生の“たろう”以外に、私は別な“たろう”を考えることができなくなってしまいました。

 さて、次にはこの絵本の内容についてですが、もし、少しでもいいところがあるとすれば、これは私が、多少子どもを知っていて書いたからかもしれません。
 というのは、私はそのころ幼稚園の先生をしていたのです。そして、私のクラスの30人の子どものために、書きたくてこのお話を書きました。
 幼児、ことに年少児は自己中心的で、自我の主張が強く、なかなか他人(友だち)を認めようとしません。したがって、幼児の世界は争いが絶えません。いわゆるけんかです。
 むろん、けんかはそれなりに、子どもの成長の上に大いに役立つのですが、やはり終局的には、個人を主張するとともに、友だちも認め、リーダーにも従うものになれることが、理想です。そこで、園の先生方は、こうしたことを子どもたちに理解させようと、努力します。
 でも、これを子どもたちにもわかるようにいえば、結局は、
「けんかしたり、いばったりしないで、みんな、仲よくしましょう」
と、いうことになってしまいますが、明けても暮れても、「けんかしないで、いばったりしないで……」を、繰り返すだけではつまりません。つまらないというより、こうしたお説教じみたことばは、繰り返せば繰り返すほど、効果がなくなってしまうのです。そこで、先生は時にふれ、折にふれ、いろいろな方法で子どもたちに理解させ、それを実行させようと工夫します。
 この『たろうのともだち』も、実はそうした方法のひとつとして考え出した物語だったのです。けれど、このようなねらいを持って物語を作ることは、とてもむずかしいことです。せっかく、楽しいお話にして、子どもたちにわかってもらおうと思っても、とかく教訓的でくすりくさいものになってしまうからです。それではお話にした意味がありません。このテーマを子どもが知らず知らずのうちに、楽しく、すんなりとからだで受けとめてくれるような、リズムのあるお話、そういうものにしたつもりなのですが……。
 さて、実際にはどれほどの効果がありますことか。それはこの絵本を見た子どもたちが決めてくれることでしょう。

村山桂子(むらやま けいこ)
1930年、静岡県に生まれた。文化学院卒業後、お茶の水女子大学幼稚園教員養成課程修了。1965年まで幼稚園に勤務。1955年、第二回全国児童文化教育研究大会童話コンクールに入選。絵本に『たろうのばけつ』『たろうのともだち』『たろうのおでかけ』『こぶたのまーち』『たろうのひっこし』『おかえし』(以上、福音館書店)、『はねーるのいたずら』(フレーベル館)、『おおきなテーブルおゆずりします』(教育画劇)、童話に『もりのおいしゃさん』『コンテのクリスマス』(以上、あかね書房)などがある。東京在住。

9月 16, 2005 エッセイ1967年 |

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