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2005/09/09

<作家インタビュー>『だるまちゃんとてんぐちゃん』が生まれた日  加古里子

 昭和24年頃から、僕は、会社に勤めてもらっていた給料のほとんど半分を使って、外国の子ども向けの雑誌をとっていたんです。そういう雑誌には、戦争の間、作品を発表できなかった作家たちの、書きためてあったものが、うわぁーっと載っていて、みずみずしい作品がたくさんありました。
 そんな中に『マトリョーシカちゃん』のお話もあったんですね。それを見てびっくりしました。子どもを出さずに子どもの本になっていて、おもちゃでありながら、出てくるキャラクターそれぞれに性格があって、ストーリーになっている。うまい。うまいというより小憎らしい(笑)。
 それで僕は、自分の国のおもちゃでも、おもしろいものを作ろうとして、いろいろ考えたんです。で、ぱっと目立つのがいいなあと思って、だるまにしました。赤いですしね。
 相方も、かっぱにしようか、きつねにしようか、と考えたあげく、てんぐにしました。ストーリーは、最初のうちわと最後の鼻は、すぐに浮かんだんですが、その途中ができなくて、七転八倒しました。ただ「ほしい、ほしい」っていうおねだりの本だと、編集部に怒られてしまうし(笑)。それで、だるまちゃんが自分で解決するために、お父さんには悪いけど、お父さんはとんちんかんで空振りに終わってばかり、ということになりました。

 僕自身の父は、子煩悩でありすぎたんですね。子どもの僕の願いとは、ちがうことばかりするんです。僕は小学生の時、模型飛行機が大好きだったんですが、そうすると、父は値段の高い三角胴の飛行機を買ってくれるんです。安いのは、角材の一本胴なんですが、そっちの方がよく飛ぶんですね。買ってもらった三角胴は、案の定飛ばない(笑)。
 そんなわけで、父には欲しい物を気取られないようにしてました。縁日の夜店でも、おもちゃをのぞきこんでいると「買ってやろうか」って言われてしまうのでね、欲しい物を横目でちらちら見て形を覚えては、まねして作っていました。失敗して手を切ったりしたことも、いい経験になりました。

 家族で北陸から東京に出てきて、長屋住まいをしていたんですが、そこの長屋のあんちゃんを、今でもよく思い出すんです。6歳ほど上の人だったんですが、よく手品を見せてくれて。紙をちょんちょんとやって広げてみると、「ほら、なくなっちゃった」とかね。とてもうまい。特別な道具なんか使わなくて、そこらへんの紙とか石とかでね。
 あんちゃんがまた、絵が上手で。武者修業のおさむらいのひとコマ漫画だったりするんですが、どこかまがぬけてて、刀がめったやたら長かったり、短筒を撃ってるんだけど玉がポトンと落ちてたり。いろんなところにユーモアがありました。そのあんちゃんが、僕に絵を教えてくれた最初の先生なんです。それで絵が好きになったんですが、父には怒られるんですね。絵描きになっても、とても生活できない、と。見つかると怒られるので、隠れて描いていました。長屋を出て、家で風呂に入るようになっていたので、風呂を焚きながら、焚き付けの雑誌や新聞にこちょこちょ描いては燃やす。証拠隠滅ですよ。(笑)

 学生の頃から、川崎で紙芝居を見せていました。「これをおもしろがらない子どもなんていない」と張り切って見せにいっても、目の前で子どもたちが、どっかいっちゃうんです。当時の川崎では、ザリガニ釣ったり、トンボをとったり、おもしろいことがたくさんありましたから。ザリガニよりもトンボよりもワクワクするもの、子どもたちにピタッとするものを作ろうと、懸命になりました。「子どもとぐらいは遊べるだろう」と、たかをくくっていたんですが、「相手はすごいぞ」と思い直しました。ぼくもてんぐになっていたんですね(笑)。

(「こどものとも年中向き」2000年6月号折込み付録掲載「絵本誕生の秘密 作家訪問インタビュー」より一部を抜粋し再録)

加古里子(かこ さとし)
1926年(大正15年)、福井県武生市に生まれる。東京大学工学部卒業後、民間企業の研究所に勤務しながら、セツルメント活動に従事。子供会で紙芝居、幻灯などの作品を作る。1959年『だむのおじさんたち』(「こどものとも」34号)を作り、絵本作家としての道に進む。1973年に勤務先を退社。作家活動に専念してから、横浜国立大学などいくつかの大学で講師をつとめる。「だるまちゃん」のシリーズのほか、『かわ』『ゆきのひ』『とこちゃんはどこ』『はははのはなし』(以上福音館書店)、『かこさとし かがくの本(全10巻)』(童心社)など、作品数は約500点になる。神奈川県在住。

9月 9, 2005 エッセイ1966年 |

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コメント

すごくとっておきの話を聞かせてもらったような気持ちになりました。加古さんって幸せな子ども時代を過ごされたんですね。何でも買ってあげたいお父さんに、自分で作り出したい息子の関係が素敵ですね。それに昔はどこにでもあんちゃんみたいな人っていたんだろうなと羨ましくなります。人との出会いで、色んな物に影響されて成長していけるんですよね。
今の子供たちは、物は豊かだけれど、心にいつまでも残るような思い出が少ない気がします。“幸せは作り出すもの”というのをしみじみ感じました。

投稿: トミー | 2005/09/12 23時42分

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