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2005/09/30

<作家インタビュー>『ぞうくんのさんぽ』が生まれた日  なかのひろたか

 ぼくが今まで作った中で、いちばん簡単に話を考えついた絵本です。ほんとうに簡単だった。松居直さん(当時の「こどものとも」編集長)にいわせると「それがいいんだ」っていうんだけどね。「発想から展開から結末までが、実に単純に流れたときはいい」と。実際にそうだね。この話を作るとき、苦労した記憶がない。
 「親亀の背中に子亀をのせて、子亀の背中に……」って早口言葉がちょうどはやったときで、友だちが口ずさんでるから、「何だそれ?」ってきいたら、「早口言葉で、今、はやってんだ」「へえー」ってんで。それをベースにして作った話なんです。
 登場する動物たちも、のっけて形のつくものがいいな、としか考えなかったんですよ。ぞうよりも小さくて、のっけてすわりのいいものっていったら、かばしかいない。で、かばの上はわにで。最後はちょっとしたものでいいんだ、こけるのは少しの重さでつぶれていいんだから。というので、かめにしたんだけど、後で考えたら、全部水の中に入る動物なんだよね。だから最後に池の中に落ちたってのは、つじつま合うわけです。

 最初の発行から30年以上がたってますが、この絵本が古く見えないってのは、何だろうなって、自分では、実に奇妙に思うんですね。これが新しく描かれた絵本だと思いこんじゃう人もいるっていうんで。
 この場合は、デフォルメがうまくいったんじゃないかな。考えてみたら、これで「かば」はないよね。口半分で胴半分なんてかば、いないもの(笑)。でも、この絵を見たら、他の動物の名前はいわない、やっぱりかばっていうでしょう。
 この絵を描いたとき、他の描き方も試したりして。初めはわにもグリーンで描いたんだけど、そうしたら、なすびの上に大福がのっかって、その上に唐辛子がのってる、そうにしか見えなくて、自分で描いてて笑っちゃった。
 絵を描くときに、イメージ・印象だけで描いちゃう人と、形を上手に描きたい人、というのがいる。ぼくは、形を描かなきゃ気がすまない人間らしいんだね。描いてる絵に対して、やれ「デッサンがくるってる」とか、自分の中でいいだすわけ。「目に見える」ことに絵の技術が追いついていかない。「あ、ここおかしい、ここも……」と直して、自分が納得したときに形になってる。そういう描き方がいやだな、と思っても、いざ描くときには同じことを繰り返しちゃう。本来、絵はイメージで描けばいい。形を描かなくてもいい。ピカソがそれを教えてくれたわけです。
 それが『ぞうくんのさんぽ』に関してだけは、イメージで描いてるんだね。「こうでなきゃ、かばじゃないよ。ぼくのかばって、こういうかばだ」というのを描いてる。この木だって、自分の頭の中にある木だもん。

 子どものころから漫画は好きで、よくまねして描いていたけど、写生をするとだめだった。写生大会が盛んな小学校だったんだけど、ぼくは下描きをして、色を塗りはじめるとすぐあきちゃう。それで木なんか登っているとね、気がついたら先生が下でえらい怒ってる。「おめえ、何やってんだ!」って。最後まで絵を描いたことはなかった。完成させられない子だったんじゃないかな。
 漫画は自分で描いて投稿したこともあったけど。どうもね、ストーリーがうまく作れない。自分が話を考えつくと、こういうこと(『ぞうくんのさんぽ』)になっちゃうんだね。ぼくの考える話ってのは、こういうことなんだ。
 筋道がきちっと通っていく、そういうことで絵本をやりたい。
「1+1=2」が、どうして正しいかといえば、誰にも否定できないから、だそうで。きちんと理屈が通っていれば、否定されない限り正しいんだ、ということ。そういう意味で『おおきなかぶ』は、本当に優れた絵本だと思う。きちんと筋道が通っている。
 そしてひとつだけ嘘をつく。『ぞうくんのさんぽ』でも、ひとつ嘘をついてる。「かばはどうやってぞうの上にのったんだ」って(笑)。
 松居さんもよくいってたけど、「話は幹で書け、枝葉で書くな」と。『ぞうくんのさんぽ』は幹だけだったのかもしれない。「1+1」みたいに否定できない論理は共有財産ですよね。ぼくらは絵本でもそういう共有財産を作ろうとしている。どこの国の子が見たって、「おもしろいな」というものを作ろうと。なかなか作れないけれど(笑)。
(「こどものとも年中向き」2000年9月号折込付録より一部省略して再録)

なかのひろたか
1942年、青森県に生まれる。桑沢デザイン研究所卒業。デザイン会社勤務を経て、絵本の創作に取り組む。絵本に『ぞうくんのさんぽ』、『およぐ』、『カユイカユイ』(毛利子来 文)、『みずたまり』(「かがくのとも」2002年6月号)、『ぞうくんのあめふりさんぽ』(「こどものとも」2004年4月号)、童話に『ぼくのぼうけん』(以上、福音館書店)など多数ある。東京都在住。

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1968(昭和43)年度にあったこと

アメリカの黒人公民権運動の指導者キング牧師、暗殺される。(4月)
日大紛争:22億円にのぼる使途不明金が発覚し、学生が大学の不正糾弾、学生自治を求めて闘争を開始。(4月)
日本初の超高層ビル、霞ヶ関ビル(地上36階・高さ147メートル)完成。(4月)
フランス「5月危機」:パリ大学での学生運動に対する弾圧反対に端を発する闘争が、労働者を巻き込み全国に拡大。(5月)
「十勝沖地震」(M 7.9)が北海道・東北を襲い、死者52人、負傷329人などの被害をもたらす。(5月)
大気汚染防止法・騒音規制法が公布される。(6月)
アメリカ大統領候補のロバート・ケネディ上院議員、暗殺される。(6月)
核拡散防止条約に62ヵ国が調印。(7月)
和田寿郎教授心臓移植事件:札幌医大付属病院で日本初の心臓移植手術が行われ、手術後83日目に患者が死亡。「医の倫理」が問われ、和田教授は殺人罪で告訴されたが不起訴処分となった。(8月)
ソ連・東欧5ヵ国軍、チェコ侵入。チェコ国内の民主化運動を抑えるために、ワルシャワ条約機構軍が、首都プラハをはじめ全土を制圧した。(8月)

阪神の江夏豊投手が、奪三振401の日本新記録達成。(10月)
永山則夫連続ピストル射殺魔事件(10月)
第19回オリンピック大会、メキシコシティー(メキシコ)で開催。日本は金11、銀7、銅7個。サッカーでは初の銅メダル。(10月)
カネミ油症事件:米ぬか油(カネミオイル)を使った揚げ物などを食べた人たちが、発疹、かゆみ、腰痛などの症状で苦しみ、その原因は油の製造過程でPCB(ポリ塩化ビフェニール)が混入したためであった。(10月)
新宿駅騒乱事件:国際反戦デーのデモ隊が新宿駅付近に流れ、群衆1万人以上と合流し、線路・ホーム・駅舎に乱入、排除しようとする警官隊と衝突、列車ダイヤをマヒさせた。(10月)
三億円事件:東京、府中刑務所横の道路上で、約3億円の現金が、警官を装った男に輸送車ごと奪われる。(1975年時効成立)(12月)
東大全共闘、警官隊と安田講堂で攻防戦。(東大紛争終息にむかう)(1月)
日大、機動隊を導入して8ヶ月ぶりに全面封鎖解除。(2月)
新宿駅西口でベ平連の反戦フォーク集会が始まる。(2月)


主なベストセラー:『どくとるマンボウ青春記』北杜夫(中央公論社)、『民法入門』佐賀潜(光文社)、『こんな幹部は辞表をかけ』畠山芳雄(日本能率協会)、『竜馬がゆく』司馬遼太郎(文芸春秋)
テレビ:『3時のあなた』(フジテレビ)、『キイハンター』(TBS)、『お昼のワイドショー』(NTV)、『男はつらいよ』(フジテレビ)、『ひみつのアッコちゃん』(NET)など放送開始。
新商品:「少年ジャンプ」(集英社)、「トリニトロン・カラーテレビ」(ソニー)、100円化粧品「ちふれ」(地婦連)、「セブンスター」(日本専売公社)、「夕刊フジ」(サンケイ新聞社)
ヒット曲:『星影のワルツ』千昌夫、『帰って来たヨッパライ』ザ・フォーク・クルセダーズ、『恋の季節』ピンキーとキラーズ
この年に登場したもの:ディスコ「MUGEN」(東京赤坂)、「ポケットベル・サービス」(電電公社)、「郵便番号制」(郵政省)


福音館書店では:「年少版こどものとも」刊行開始(4月)。(後に「普及版こどものとも」<73〜85年度>、「こどものとも年中向き」<86年度以降>と改名。現在の「年少版こどものとも」はこれとは別に1977年創刊)

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福音館書店から(第13回)

 まず、お詫びしなければなりません。『こどものとも復刻版』(A・Bセットとも)の付録の小冊子「こどものともの歩み」(その1・その2)に誤植がありました。
 
作品一覧表(P.7〜P.12)の見出し
正「こどものともの600号の歩み」
誤「こどものともの500号の歩み」

 このため、現在、『こどものとも復刻版』(A・Bセットとも)は一時的に出荷止めになっております。現在訂正しました付録を作成中で10月4日には出来上がりますので、それ以降は訂正した付録の入ったセットをお求めいただけます。
 すでに小社の通販にてご購入いただきました方には、訂正版の付録を出来次第お送りいたします。
また、書店などでご購入いただきました方は、小社制作課(TEL 03-3942-2046)までご連絡いただけましたら、同じく訂正版の付録を出来次第お送りいたします。
 読者の皆様にはたいへんご迷惑をおかけしますことを深くお詫び申し上げます。

 さて、前回もお伝えしましたが、1968年度から「年少版こどものとも」(1968年度から1972年度)が刊行されはじめました。これはその後「普及版こどものとも」(1973年度から1985年度)に、それから「こどものとも年中向き」(1986年度以降)に名前を変えていきます。初年度は全点、それまでに出した「こどものとも」の中から、年少の子どもにも楽しめるものを選んで再版したものでした。ちなみに、1968年度のラインナップは、次のとおりです。

 おおきくなるの
 くろとゆき
 かばくんのふね
 ぴかくんめをまわす
 たからさがし
 こぶじいさま
 ゆびっこ
 ぐるんぱのようちえん
 こまどりのクリスマス
 しんせつなともだち
 ばけくらべ
 かもときつね

 1969年度には、新作も入るようになります。このブログでは、「年中向き(現在の呼び方で)」の新作も、すべてご紹介しますので、ご期待下さい。

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たいへん たいへん

1968年4月号
030145

イギリス昔話 渡辺茂男 やく 長 新太 え

ある日、メンドリが畑でとうもろこしを食べていると、ぽとんと何かが頭の上に落ちてきました。空が落ちてきたと思ったメンドリは、王様に知らせようと、走りだしました。途中で出会ったオンドリ、ガチョウ、シチメンチョウも一緒になって走っていくと、キツネが現れて、近道を教えてあげるといいますが……。長新太が描くイギリスの昔話の絵本です。

「こどものとも」145号
26×19cm 28ページ 当時の定価100円

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こちどりのおやこ

1968年5月号
030146

岩崎京子 さく 竹山 博 え

5月になって南の国から帰ってきたコチドリは、川の中洲に巣を作り、卵を産んでひなをかえしました。ある日、巣の近くのアシの茂みにイタチが姿を見せました。おかあさん鳥は、ひなたちを石の間にかくすと、茂みの前にかけだしていきました。片方の翼と足を引きずりながら転げまわって、イタチをおびきだし巣から遠ざけて、ひなたちを守るのでした。コチドリの生態を精確にふまえながら、自然のドラマを描きます。

「こどものとも」146号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

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ぞうくんのさんぽ

1968年6月号
030147

なかのひろたか さく・え なかのまさたか レタリング

今日はいい天気。ぞうくんは、散歩に出かけました。途中で出会ったかばくんを背中にのせて、わにくんもその上にのせて歩いていきましたが、次にかめくんを上にのせたら、池にどっぼーんと……。シンプルなお話が明快な色彩・デザインとあいまって、幼い子どもたちに圧倒的な人気を得た絵本です。

「こどものとも」147号
26×19cm 28ページ 当時の定価100円

この絵本は1977年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行されて、現在も販売されています。
作者なかのひろたかさんのインタビューはこちらからご覧いただけます。

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ゆうちゃんの みきさーしゃ

1968年7月号
030148

村上祐子 さく 片山 健 え

ゆうちゃんは、お菓子の缶とコップでつくったミキサー車に乗って出かけました。ふしぎな森を抜けると、行く先々で、ミツバチから蜂蜜を、ニワトリとウシから卵と牛乳を、サルから果物、クマからは雪をいっぱい、ミキサー車のおなかの中に入れてもらいました。ごろごろまわしながら、友だちのいる公園に帰ってきて、ミキサー車のボタンをおすと、中からはアイスクリームが……! 片山健の最初の絵本です。

「こどものとも」148号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

この絵本は1999年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行されて、現在も販売されています。

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だるまちゃんとかみなりちゃん

1968年8月号
030149

加古里子 さく・え

雨の日、だるまちゃんが外に遊びにいくと、空から浮き輪とかみなりちゃんが落ちてきました。だるまちゃんは、木に引っかかった浮き輪を取ってあげようと、傘を投げますが、傘もいっしょに引っかかり、二人で困ってしまいました。そこに雲に乗った大きなかみなりどんが迎えにきて、お礼にだるまちゃんをかみなりの国に招待してくれました。未来都市のようなかみなりの国の楽しさも抜群の「だるまちゃん」シリーズ第2作。

「こどものとも」149号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

この絵本は1968年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行されて、現在も販売されています。

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りょうちゃんのあさ

1968年9月号
030150

松野正子 さく 荻 太郎 え

おねしょして6時半に目が覚めたりょうちゃんは、おじいちゃんといっしょに朝の散歩に出かけました。街では、店を開けた人たちが床をはいたり、道に水をまいたり、バスの車庫ではエンジンを調べたり、そうじしたりして、みんないそがしそう。でも、りょうちゃんとおじいちゃんはゆっくり朝の空気をすいこみます。人々の生活のざわめきと、それをつつむ朝のさわやかな空気の中で、おじいさんと孫のゆったりした心の通い合いを描きます。

「こどものとも」150号
26×19cm 28ページ 当時の定価100円

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いねになったてんにょ

1968年10月号
030151

インドネシア民話 君島久子 再話 水四澄子 画

天の神様のひとり娘チスノワティは、天の暮らしに退屈し、畑や田んぼで楽しそうに働いている人間の世界にあこがれていました。ある日、美しい笛の音に惹かれて雲の下を見下ろすと、山のふもとに一人の若者が見えました。娘は若者を好きになってしまいます。これを知った父神は娘をきびしくしかりつけますが、娘は風に乗って若者のもとに舞い下りてしまいました。娘の固い決心を知った神は……。稲に宿る魂の起源を語る、インドネシアの民話です。

「こどものとも」151号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

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二ほんのかきのき

1968年11月号
030152

熊谷元一 さく・え

けんちゃんの家の庭には、渋柿の木と甘柿の木が1本ずつ、それに桃の木が1本あります。よい実がたくさんなるように、1月15日には「なりきぜめ」の行事をします。4月には桃の花の下でままごと遊び。6月になると柿の白い小さな花を拾って、首飾りや帽子飾りを作ります。やがて秋になって柿の実が熟すと、甘柿を出荷し、渋柿は皮をむいて干し柿に……。2本の柿の木をめぐる四季の子どもたちの遊びや人々の暮らしを描いています。

「こどものとも」152号
26×19cm 28ページ 当時の定価100円

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とんがとぴんがのぷれぜんと

1968年12月号
030153

西内みなみ さく 司 修 え

サンタおじいさんの家に住んでいるハリネズミのとんがとぴんがは、おじいさんに靴下をプレゼントするために旅に出かけました。春のあいだは牧場で羊を追う仕事をして、羊の毛を一山もらい、夏には紡ぎ屋さんのところで、秋には染物屋さんのところで働いて、毛糸を紡ぎ、赤く染めてもらいました。この毛糸を編んでもらおうと編み物屋さんに働きに行きますが、断られてしょんぼりしていると……。1年かけてプレゼントをつくりあげるハリネズミの旅を描きます。

「こどものとも」153号
26×19cm 28ページ 当時の定価100円

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ごろはちだいみょうじん

1969年1月号
030154

中川正文 さく 梶山俊夫 え

べんてはんの森の、ごろはちといういたずらタヌキは人をだますのが得意でしたが、ごちそうを盗んでも、後で山の木の実を返しておくようなきちょうめんなタヌキでした。あるとき村はずれで鉄道を敷く工事が始まりました。やがて工事が終わり、初めて汽車がやってくるのを見た村人たちは、ごろはちが化けたものと勘違いし、線路に飛びだしてしまいます。それを見たごろはちは、汽車の前に立ちはだかり……。大和地方の言葉で語られる心にしみる物語です。

「こどものとも」154号
26×19cm 28ページ 当時の定価100円

この絵本は1969年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行されて、現在も販売されています。

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うさぎのいえ

1969年2月号
030155

ロシア民話 内田莉莎子 再話 丸木 俊 画

森の小屋に住んでいたウサギのところに、ある日キツネがちょっと休ませてほしいとやってきました。ウサギがこころよく部屋に入れてやると、キツネは翌朝になっても出ていかず、反対にウサギを追いだしてしまいました。ウサギが泣いていると、最初は犬が、次には羊が現れてキツネを追いはらってやろうといいますが、みんなキツネに脅かされ追いかえされてしまいます。最後にやってきたオンドリは……。丸木俊が描くロシアの昔話。

「こどものとも」155号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

この昔話の類話に、ロシアのヤールブソワが絵を描いた絵本が、「世界傑作絵本シリーズ」から『きつねとうさぎ』というタイトルで刊行されています。

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はるかぜ とぷう

1969年3月号
030156

小野かおる さく・え

春風の子ども、とぷうが仲間の春風の子どもたちと町に出かけると、人々は「やあ、春風だ。あたたかくなるぞ」とにこにこしてくれます。とぷうたちは幼稚園の子どもたちについて動物園にやってきました。動物たちはみんな気持ちよさそうに居眠りを始めます。ところが、先にきてライオンのまわりで遊んでいた風の子たちとの間で、けんかが始まり大騒ぎ。穏やかな春の日よりは、つむじ風舞う荒天に一変です。そのときライオンが……。春の息吹が気持ちよい絵本です。

「こどものとも」156号
26×19cm 28ページ 当時の定価100円

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2005/09/16

『たろうのともだち』について——お説教にはしたくない  村山桂子

(「年少版こどものとも」1968年8月号折込付録より再録)

 この絵本は、1962年に「こどものとも」の1月号として、さらに1967年にはあらためて4月号として発行されたものです。今回、三たび発行されることとなり(「年少版こどものとも」1968年8月号)、作者である私としてはこんな、うれしいことはありません。
 けれど、この『たろうのともだち』が、このようにみなさんに喜んでいただけるのは、絵をかいてくださった堀内先生のおかげだと、私はあらためて、いま、堀内先生に感謝しています。「母の友」の5月号で、福音館の松居さんが、
——絵本の絵は、物語の世界を、子どもの中につくりだすためにあるのです。
と、いっておいでですが、この絵本の場合もまさしく、そのとおりで、私のお話を、ほんとうにみごとに描いてくださいました。
 私、ならびにたろうと、その友だちは、堀内先生に出会ったことを、心から幸福であったと思っています。いまや、堀内先生の“たろう”以外に、私は別な“たろう”を考えることができなくなってしまいました。

 さて、次にはこの絵本の内容についてですが、もし、少しでもいいところがあるとすれば、これは私が、多少子どもを知っていて書いたからかもしれません。
 というのは、私はそのころ幼稚園の先生をしていたのです。そして、私のクラスの30人の子どものために、書きたくてこのお話を書きました。
 幼児、ことに年少児は自己中心的で、自我の主張が強く、なかなか他人(友だち)を認めようとしません。したがって、幼児の世界は争いが絶えません。いわゆるけんかです。
 むろん、けんかはそれなりに、子どもの成長の上に大いに役立つのですが、やはり終局的には、個人を主張するとともに、友だちも認め、リーダーにも従うものになれることが、理想です。そこで、園の先生方は、こうしたことを子どもたちに理解させようと、努力します。
 でも、これを子どもたちにもわかるようにいえば、結局は、
「けんかしたり、いばったりしないで、みんな、仲よくしましょう」
と、いうことになってしまいますが、明けても暮れても、「けんかしないで、いばったりしないで……」を、繰り返すだけではつまりません。つまらないというより、こうしたお説教じみたことばは、繰り返せば繰り返すほど、効果がなくなってしまうのです。そこで、先生は時にふれ、折にふれ、いろいろな方法で子どもたちに理解させ、それを実行させようと工夫します。
 この『たろうのともだち』も、実はそうした方法のひとつとして考え出した物語だったのです。けれど、このようなねらいを持って物語を作ることは、とてもむずかしいことです。せっかく、楽しいお話にして、子どもたちにわかってもらおうと思っても、とかく教訓的でくすりくさいものになってしまうからです。それではお話にした意味がありません。このテーマを子どもが知らず知らずのうちに、楽しく、すんなりとからだで受けとめてくれるような、リズムのあるお話、そういうものにしたつもりなのですが……。
 さて、実際にはどれほどの効果がありますことか。それはこの絵本を見た子どもたちが決めてくれることでしょう。

村山桂子(むらやま けいこ)
1930年、静岡県に生まれた。文化学院卒業後、お茶の水女子大学幼稚園教員養成課程修了。1965年まで幼稚園に勤務。1955年、第二回全国児童文化教育研究大会童話コンクールに入選。絵本に『たろうのばけつ』『たろうのともだち』『たろうのおでかけ』『こぶたのまーち』『たろうのひっこし』『おかえし』(以上、福音館書店)、『はねーるのいたずら』(フレーベル館)、『おおきなテーブルおゆずりします』(教育画劇)、童話に『もりのおいしゃさん』『コンテのクリスマス』(以上、あかね書房)などがある。東京在住。

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1967(昭和42)年度にあったこと

富山「イタイイタイ病」の原因は三井金属の排水と、岡山大学教授・小林純が発表。(4月)
統一地方選挙が行われ、東京では革新系の美濃部都知事が誕生。(4月)
厚生省は阿賀野川水銀中毒は昭電鹿瀬工場の工場排水が原因と結論。(4月)
第29回世界卓球選手権(ストックホルム)で、日本は男女団体、男女シングル、女子ダブルス、混合ダブルスの6種目優勝(4月)
モハメド・アリが宗教上の信念に従って徴兵を拒否、ヘビー級タイトルを剥奪される。(4月)
ナイジェリア、東部州がビアフラ共和国独立宣言、ビアフラ内戦が始まる。(5月)
中国、初の水爆実験に成功。(6月)
ヨーロッパ共同体(EC)がフランス、西ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクの6ケ国で発足。(7月)
東京女子医大登山隊(今井通子隊長)らがマッターホルン北壁を、女性で初めて登頂。(7月)
国鉄新宿駅構内で米軍ジェット機燃料用ガソリンを満載した貨物列車が、上り貨物列車と衝突炎上。周囲300メートルが火の海となった。(8月)
第5回ユニバーシアード大会が東京で開催。(8月)

佐藤栄作首相の南ベトナム等訪問を阻止するために、羽田空港に突入をはかる三派全学連を中心とした約2500人が、機動隊と衝突。京大生・山崎博昭が死亡。(10月)
英国から「ミニスカートの女王」と呼ばれたモデル、ツィッギーが来日する。(10月)
エスペランチスト由比忠之進、首相官邸前で佐藤首相のベトナム北爆支持に抗議するという遺書を残し、焼身自殺。(11月)
佐藤首相・ジョンソン米国大統領の会談で小笠原諸島の返還が決定。(11月)
佐藤首相、衆議院予算委で「非核三原則」を初めて言明。(12月)
核兵器積載の疑惑のある米原子力空母「エンタープライズ」寄港阻止を叫んで、学生800人が佐世保市平瀬橋付近で機動隊1400人と衝突。(1月)
東大紛争始まる。インターン制に替えて登録医師制を導入した医師法改正案に反対して、東大医学部の学生が無期限ストに突入。これに端を発した東大紛争は各学部無期限ストに発展。翌年1月まで紛争は継続した。(1月)
東芝、ザ・フォーク・クルセダーズの「イムジン河」の発売中止を発表(2月)
金嬉老事件。在日朝鮮人・金嬉老(41)が借金返済を迫ってきた暴力団員2人をライフル銃で射殺し、寸又峡温泉へ逃走。旅館に入り込み13人を人質として88時間にわたり篭城した。(2月)
南ベトナム、ソンミ村大虐殺事件。アメリカ軍部隊が、老人、婦人、子供など無抵抗のベトナム人約500人を虐殺した。(3月)


主なベストセラー:『頭の体操』1,2,3 多湖輝 (光文社)、『華岡青洲の妻』 有吉佐和子 (新潮社)
テレビ:『スパイ大作戦』(フジテレビ)、『コメットさん』(TBS)、『意地悪ばあさん』(NTV)、『巨人の星』(NTV)など放送開始。
新商品:「リカちゃん人形」(タカラ)、「ガス・セントラルヒーティング」(東京ガス)、「ボンカレー」(大塚食品)、「ラジオ付きカセットレコーダー」(アイワ)
ヒット曲;『ブルーシャトー』ジャッキー吉川とブルーコメッツ
この年に登場したもの:「立ち食いソバ屋」


福音館書店では:「パディントン・シリーズ」刊行開始(9月)、「古典童話シリーズ」刊行開始(9月)

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福音館書店から(第12回)

 「こどものとも」50周年記念商品の『こどものとも復刻版』『こどものとも世界昔ばなしの旅』が、発売になりましたが、もうご覧いただけましたでしょうか。ホームページにも50周年記念商品のページをつくりましたので、そちらからご覧ください。今後も企画商品をそのページに追加していきますので、お楽しみに。
 さて今月のエッセイは古い折込付録から再録しました。この折込付録の出典には「年少版こどものとも」(1969年8月号)と記してありますが、これは現在の「こどものとも年中向き」にあたります。

 実は次回にお伝えする1968年度から「年少版こどものとも」(1968年度から1972年度)が刊行されはじめます。これはその後「普及版こどものとも」(1973年度から1985年度)に、それから「こどものとも年中向き」(1986年度以降)に名前を変えていきます。そのなかから生まれた新しい作品も、このブログのなかで、今後ご紹介していきますが、「年少版」刊行当初は、今回のエッセイでとりあげた『たろうのともだち』のように、「こどものとも」で出された絵本を再版するものがほとんどでした。(現在も「年中向き」の一部に、再版のものが入っています)
 これからも古い折込付録のなかから、絵本の生まれた裏話などをさがしてご紹介することもありますので、どうぞご期待ください。

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たろうのともだち

1967年4月号
030133

村山桂子 さく 堀内誠一 え

こおろぎが散歩していると、ひよこに会いました。ひよこはこおろぎを家来にしてしまいます。歩いていくと、こんどはねこが、ひよことこおろぎを家来にして……。最後に会ったたろうは「けらいなんていやだ。みんなともだちになったら」。そこで、みんな「ともだちだあ。なかよしだあ」。犬もねこも、ひよこもこおろぎも、たったか、たったか……。70号の絵を描き直した新版です。

「こどものとも」133号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

この絵本は1977年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行されて、現在も販売されています。

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あかちゃんのはなし

1967年5月号
030134

与田凖一 さく 吉井 忠 え

お父さんがひろぼうに、アルバムの古い写真を見せながら、おじいさんが赤ちゃんだった時のことを、話してくれました。鶴のくる里で生まれ、生まれて七日目につるおと名付けられたこと。お宮参りのこと。初節句に大きな鯉のぼりをあげ、しょうぶ湯をわかし、元気な子になるようにとみんなが願ったこと……。赤ちゃんの出生と成長を祝う昔ながらの風習を、季節を追って描いています。

「こどものとも」134号
26×19cm 28ページ 当時の定価100円

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ぴぴとみみ

1967年6月号
030135

吉本隆子 さく・え

かあさんネコが留守の間に、こっそり部屋を出た2ひきの子ネコは、はじめて土の上を歩いてみました。お日様の光の中をひらひら飛ぶちょうちょうを追いかけたり、地面の上をのびちぢみするミミズにさわったりして遊んでいるうちに、池に落ちてしまいました。泳げないでもがいていると、かあさんネコが助けにきてくれて、こんどは暖かい草の上でお昼寝しました。好奇心いっぱいに遊びまわる子ネコの姿が愛くるしく描かれています。

「こどものとも」135号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

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かわいい めんどり

1967年7月号
030136

イギリスとタジクの民話から 木島 始 さく 羽根節子 え

ある日メンドリは、買い物にいくところをキツネに待ち伏せされますが、木のてっぺんに逃げると、猟師の犬がやってくるといってキツネをだまし、難を逃れました。次の日も同じようにキツネにおそわれたメンドリは木の上に逃げますが、こんどは木の下でぐるぐる駆け回るキツネに目をまわし、木から落ちて捕まってしまいます。でも、袋に入れられたメンドリは、はさみと針と糸を取りだすと……。骨格のしっかりした昔話を色彩豊かに描いた絵本です。

「こどものとも」136号
26×19cm 28ページ 当時の定価100円

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かまきりのちょん

1967年8月号
030137

得田之久 さく・え

カマキリのちょんは、朝、ツユクサの間から出てくると、ツリガネニンジンの下で足や触覚をなめてお化粧していました。そこを通りかかったテントウムシを追いかけますが、逃げられてしまいます。次はミノムシに飛びつこうとして地面にまっさかさま、アリの群れに囲まれてあわてて逃げだしました。でも、ちょんはとうとう大きなトノサマバッタを捕まえました。おなかいっぱいになったちょんは……。昆虫絵本の第一人者・得田之久のデビュー作です。

「こどものとも」137号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

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たいふう

1967年9月号
030138

加古里子 さく・え

遠い南の海で台風の赤ちゃんが生まれました。観測機や定点観測船がくわしく観測します。やがて日本に近づく頃には、大きくなってちびっこ台風になりました。富士山頂のレーダーにもはっきりうつり、日本中から集まった情報で、気象台から警報が出されます。港でも町でも農村でも人々は台風に備えます。がけくずれと川の増水で汽車が動けなくなりました。被害を最小限にとどめるため人々は働きます。台風の発生から通過までを、人々の活動とともにていねいに描きます。

「こどものとも」138号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

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くじらのだいすけ

1967年10月号
030139

天野祐吉 さく 梶山俊夫 え

昔、クジラがまだ山にいたころ、クジラのだいすけは、歩くとみんなの迷惑になるので、何十年もじっとすわっていました。夏祭りになると、山の仲間の動物はだいすけに見えるようにと、その顔の前にやぐらを組みましたが、ちょうどその時、だいすけはくしゃみをして、みんな吹き飛ばしてしまいました。恥じ入ってどこかにいってしまいたくなっただいすけは、カラスに連れられて、海にいきますが……。梶山俊夫が絵を描いた最初の絵本です。

「こどものとも」139号
26×19cm 28ページ 当時の定価100円

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そらのきゅうじょたい

1967年11月号
030140

松居 直 さく 寺島龍一 え

ダム工事の事故でけが人が出て、至急血液が必要になりました。血液を積んだ飛行機が飛びたちますが、現場の山の上空は雲に覆われて近づけません。悪天候の中、雲の切れ目を見つけ、救助機の命がけの飛行によって、ようやく血液を工事現場に投下することができました。実際に活躍している空の救助隊の仕事を、緊迫感のあるストーリーと写実的で迫力ある絵で伝えます。

「こどものとも」140号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

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かえるのいえさがし

1967年12月号
030141

石井桃子・川野雅代 さく 中谷千代子 え

夏の間、虫をとったり、歌ったりして楽しくすごしたカエルの親子は、いつのまにか秋になって冬ごもりの穴を見つけ損なってしまいました。カエルの親子は誰かの巣穴のすみにでも入れてもらおうと、間借りできる穴を探しますが、ガマやトカゲに断られ、たどり着いたのはヘビの穴でした。びっくりぎょうてんしたカエルたちでしたが、意外にもヘビは……。動物たちにとっての冬眠の安らぎが、心にしみる物語です。

「こどものとも」141号
26×19cm 28ページ 当時の定価100円

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うみをわたったしろうさぎ

1968年1月号
030142

瀬田貞二 再話 瀬川康男 画

いずもの国のおおくにぬしは、いなばの国のやがみひめを嫁にむかえようとする兄神たちのお供として、いなばの国に行く途中、ワニを騙して皮をはがされた哀れなウサギに出会います。兄神たちは、海の潮につかって風にあたればよいと、うそを教えますが、やさしいおおくにぬしは、ウサギの身の上話を聞いてやると、真水で身体を洗って蒲の花の花粉の上で寝転がればよいと教えます。おなじみの説話を古事記に忠実に再話しました。

「こどものとも」142号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

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プンク マインチャ

1968年2月号
030143

ネパール民話 大塚勇三 再話 秋野亥左牟 画

継母に虐げられていた素直で優しいプンクが、山の牧場でおなかをすかして働いていると、キツネの頭とヤギの頭を合わせもつ不思議なヤギ、ドーン・チョーレチャが食べ物を出してくれました。それを知った継母はドーンを殺して食べてしまいます。プンクがその骨を集めて山の牧場に埋めると、そこから、おいしいまんじゅうがたくさんなる大きな木が生えてきました。そこに鬼の夫婦がやってきて……。ネパールの民話を力強く大胆に美しい絵で描きます。

「こどものとも」143号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

この絵本は1992年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行されて、現在も販売されています。
秋野亥左牟さんは、この絵本で1969年に第2回ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)金牌を受賞しました。

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ふしぎなえ

1968年3月号
030144

安野光雅 え

階段をあがると上の階へ、またあがると、あれあれ、もとの階にもどっています。迷路に入っていくと、いつのまにか天地がさかさまに。蛇口から流れ出した水は川となってまた水道に循環し、高架道路は地面と同じ高さに……。絵の中だけに存在する不思議な世界に、小人の案内で導かれます。世界的に人気を獲得した絵本作家・安野光雅のデビュー作です。

「こどものとも」144号
26×19cm 28ページ 当時の定価100円

この絵本は1971年に「安野光雅の絵本」の1冊として刊行されて、現在も販売されています。

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2005/09/09

<作家インタビュー>『だるまちゃんとてんぐちゃん』が生まれた日  加古里子

 昭和24年頃から、僕は、会社に勤めてもらっていた給料のほとんど半分を使って、外国の子ども向けの雑誌をとっていたんです。そういう雑誌には、戦争の間、作品を発表できなかった作家たちの、書きためてあったものが、うわぁーっと載っていて、みずみずしい作品がたくさんありました。
 そんな中に『マトリョーシカちゃん』のお話もあったんですね。それを見てびっくりしました。子どもを出さずに子どもの本になっていて、おもちゃでありながら、出てくるキャラクターそれぞれに性格があって、ストーリーになっている。うまい。うまいというより小憎らしい(笑)。
 それで僕は、自分の国のおもちゃでも、おもしろいものを作ろうとして、いろいろ考えたんです。で、ぱっと目立つのがいいなあと思って、だるまにしました。赤いですしね。
 相方も、かっぱにしようか、きつねにしようか、と考えたあげく、てんぐにしました。ストーリーは、最初のうちわと最後の鼻は、すぐに浮かんだんですが、その途中ができなくて、七転八倒しました。ただ「ほしい、ほしい」っていうおねだりの本だと、編集部に怒られてしまうし(笑)。それで、だるまちゃんが自分で解決するために、お父さんには悪いけど、お父さんはとんちんかんで空振りに終わってばかり、ということになりました。

 僕自身の父は、子煩悩でありすぎたんですね。子どもの僕の願いとは、ちがうことばかりするんです。僕は小学生の時、模型飛行機が大好きだったんですが、そうすると、父は値段の高い三角胴の飛行機を買ってくれるんです。安いのは、角材の一本胴なんですが、そっちの方がよく飛ぶんですね。買ってもらった三角胴は、案の定飛ばない(笑)。
 そんなわけで、父には欲しい物を気取られないようにしてました。縁日の夜店でも、おもちゃをのぞきこんでいると「買ってやろうか」って言われてしまうのでね、欲しい物を横目でちらちら見て形を覚えては、まねして作っていました。失敗して手を切ったりしたことも、いい経験になりました。

 家族で北陸から東京に出てきて、長屋住まいをしていたんですが、そこの長屋のあんちゃんを、今でもよく思い出すんです。6歳ほど上の人だったんですが、よく手品を見せてくれて。紙をちょんちょんとやって広げてみると、「ほら、なくなっちゃった」とかね。とてもうまい。特別な道具なんか使わなくて、そこらへんの紙とか石とかでね。
 あんちゃんがまた、絵が上手で。武者修業のおさむらいのひとコマ漫画だったりするんですが、どこかまがぬけてて、刀がめったやたら長かったり、短筒を撃ってるんだけど玉がポトンと落ちてたり。いろんなところにユーモアがありました。そのあんちゃんが、僕に絵を教えてくれた最初の先生なんです。それで絵が好きになったんですが、父には怒られるんですね。絵描きになっても、とても生活できない、と。見つかると怒られるので、隠れて描いていました。長屋を出て、家で風呂に入るようになっていたので、風呂を焚きながら、焚き付けの雑誌や新聞にこちょこちょ描いては燃やす。証拠隠滅ですよ。(笑)

 学生の頃から、川崎で紙芝居を見せていました。「これをおもしろがらない子どもなんていない」と張り切って見せにいっても、目の前で子どもたちが、どっかいっちゃうんです。当時の川崎では、ザリガニ釣ったり、トンボをとったり、おもしろいことがたくさんありましたから。ザリガニよりもトンボよりもワクワクするもの、子どもたちにピタッとするものを作ろうと、懸命になりました。「子どもとぐらいは遊べるだろう」と、たかをくくっていたんですが、「相手はすごいぞ」と思い直しました。ぼくもてんぐになっていたんですね(笑)。

(「こどものとも年中向き」2000年6月号折込み付録掲載「絵本誕生の秘密 作家訪問インタビュー」より一部を抜粋し再録)

加古里子(かこ さとし)
1926年(大正15年)、福井県武生市に生まれる。東京大学工学部卒業後、民間企業の研究所に勤務しながら、セツルメント活動に従事。子供会で紙芝居、幻灯などの作品を作る。1959年『だむのおじさんたち』(「こどものとも」34号)を作り、絵本作家としての道に進む。1973年に勤務先を退社。作家活動に専念してから、横浜国立大学などいくつかの大学で講師をつとめる。「だるまちゃん」のシリーズのほか、『かわ』『ゆきのひ』『とこちゃんはどこ』『はははのはなし』(以上福音館書店)、『かこさとし かがくの本(全10巻)』(童心社)など、作品数は約500点になる。神奈川県在住。

9月 9, 2005 1966年, エッセイ | | コメント (1) | トラックバック (0)

1966(昭和41)年度にあったこと

ボストン・マラソンで君原健二が優勝、上位4位まで日本人独占。(4月)
公労協・交運共闘統一スト。私鉄大手10社24時間スト、国労・動力車労組・全自交時限ストにより、1300万人の足に影響。戦後最大の交通ストとなった。(4月)
新国際空港の千葉県成田市での建設に反対する三里塚空港反対同盟が結成される。(6月)
ビートルズが来日、日本武道館で3日間5ステージの公演。(6月)
中国、共産党中央委員会、文化大革命の16条を決定。(8月)
フランスの哲学者サルトルと作家ボーボワールが来日。1ヵ月滞在し、各地で講演会開催。(9月)
総評系54単産などベトナム反戦統一スト。(10月)

松山空港沖で全日空機墜落。50人死亡。(11月)
東大医学部自治会、インターン制度廃止など要求して無期限学部スト実施決定。(1月)
横綱大鵬が2度目の6場所連続優勝。(1月)
米軍、ベトナム戦争で枯葉作戦。ゲリラの隠れ場所にならないように落葉剤を広範囲に散布する作戦、後に死産・障害児出産などの人体への後遺症が大きな問題となる。(2月)
初の建国記念の日、各地で抗議行動。(2月)

主なベストセラー:『氷点』三浦綾子(朝日新聞社)、『海軍主計大尉小泉信吉』小泉信三(文藝春秋)、『山本五十六』阿川弘之(新潮社)
テレビ:『おはなはん』(NHK)、『サンダーバード』(NHK)、『銭形平次』(フジテレビ)、『ウルトラマン』(TBS)、『ママとあそぼうピンポンパン』(フジテレビ)、『トッポ・ジージョ』(TBS)など放送開始。
新商品:「ダットサン・サニー1000」(日産自動車)、「トヨタ・カローラ1100」(トヨタ自動車)、「Xスタンパーネーム」(後に「シャチハタネーム」と改称、シャチハタ工業)
この年、登場したもの:「コインランドリー」(東京都北区)、「昆虫販売」(銀座松屋)

福音館書店では:「こどものとも傑作集」刊行開始(6月)、「科学の本」刊行開始(11月)

9月 9, 2005 1966年, そのころあったこと | | コメント (0) | トラックバック (0)

福音館書店から(第11回)

 以前からお知らせしていた「こどものとも」50周年記念商品の『こどものとも復刻版』『こどものとも世界昔ばなしの旅』が、ついに発売となりました。次のリンクページをご覧の上、ぜひお求め下さい。

こどものとも復刻版Aセット

こどものとも復刻版Bセット

こどものとも世界昔ばなしの旅

こどものとも世界昔ばなしの旅II


書店等でご予約の方にも、まもなくお届けできると思いますので、お楽しみになさってください。

9月 9, 2005 福音館からのお知らせ | | コメント (0) | トラックバック (0)

はくちょうとおしどり

1966年4月号
030121

岩崎京子 さく 野崎 貢 え

お堀に住むことになった白鳥たちは、シベリヤからきたカモたちや、海からきたユリカモメたちと友だちになりましたが、みんな時期がくると去ってしまいます。ある時、鉄砲に撃たれて取り残されたオシドリと仲良くなり、いっしょに冬まですごします。やがて春になると元気になったオシドリは、仲間たちと……。友との出会いと別れを鳥の生態に即して美しく描いています。

「こどものとも」121号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

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どうなが ダック

1966年5月号
030122

永田 力 さく・え

ダックスフントの子ども、ダックはいっしょに家にいる2羽のアヒルに、ごはんを食べられてしまったり、耳を引っ張られたり、いつもいじめられていました。大きくなったダックは、ある日、アヒルたちをねらうネコを追い払ってやりますが、ネコがいないとアヒルはやっぱりダックをばかにします。ダックはとうとう、アヒルたちを……。子どもにとっても共感できる複雑な思いを描きます。

「こどものとも」122号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

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かわうそどんのくじらとり

1966年6月号
030123

安藤美紀夫 さく 田島征三 え

年とったカワウソは、人間と友だちになりたくて海辺の村へやってきましたが、いつも若者たちにからかわれ、追い返されていました。それでも人間と仲良くなりたいカワウソは、ある時、村を悩ます化け物クジラを退治してみせるといって、銛をもって海にもぐっていきました。哀れに思った海の神様に計略を授けられたカワウソは……。北の海を舞台とした民話的な物語。 

「こどものとも」123号
26×19cm 28ページ 当時の定価100円

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もりのむしとのはらのむし

1966年7月号
030124

三芳悌吉 さく・え 中根猛彦 監修

近くの森や野原、そして家の庭には、たくさんの虫たちがいます。つかまえた虫に卵を産みつけるハチや、夜になるとくぬぎやならのきに集まるカブトムシやクワガタなどの身近な虫を、習性や棲息場所など生態に即して美しく描きます。「こどものとも」から生まれた科学絵本の代表的作品です。

「こどものとも」124号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

この絵本は1967年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行されて、現在も販売されています。

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へそもち

1966年8月号
030125

渡辺茂男 さく 赤羽末吉 え

黒い雲の上に住むかみなりは、雨を降らせるだけならまだしも、家や高い木に飛び下りては、へそを取り、人間を困らせていました。そこでお寺の和尚さんは寺の塔のてっぺんに槍を立て、飛び下りてきたかみなりを引っかけてつかまえました。許しを請うかみなりに和尚さんは、もちでつくったへそを……。縦長開きで天と地を結ぶ物語をダイナミックに描きます。

「こどものとも」125号
26×19cm 28ページ 当時の定価100円

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ちょうちんあんこう

1966年9月号
030126

なかのひろたか さく・え

深い海の底に住むチョウチンアンコウは、タコから話を聞いたお月様に会いたくてたまらなくなりました。ずんずん海をのぼっていき、出会った魚に聞きますが、だれもお月様を知りません。やがて海の一番上まできて夜になると、とうとうお月様を見つけました。もっと近づこうとトビウオの背中にのせてもらって、海の外へと飛び出しますが……。魚の形と海の色が見事にデザインされています。

「こどものとも」126号
26×19cm 28ページ 当時の定価100円

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ぴかくん めをまわす

1966年10月号
030127

松居 直 さく 長 新太 え

朝、信号機のぴかくんは目を覚まし、交差点で規則正しく、青・黄・赤……をくりかえして、交通整理を始めます。ところが街がだんだんにぎやかになり、たくさんの人や車が行き交うようになったころ、おや、青・黄・青? 赤・黄・赤?……ぴかくんは目を回してしまい、交差点は大混乱……。49号のお話に長新太が絵を描いた新版です。

「こどものとも」127号
26×19cm 28ページ 当時の定価100円

この絵本は1966年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行されて、現在も販売されています。

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てまりのうた

1966年11月号
030128

与田凖一 さく 朝倉 摂 え

こゆりとさゆりの姉妹にお母さんは、二つの手まりをわたして歌いました。「銀の小鈴にくるくると 白い糸をばくるくると……」二人が手まりをつくと、こんどは「ひいふうみいよ、四方の景色を春と眺めて、梅に鶯……」お母さんが歌うと、手まりが手からそれて、庭の橘の木のかげを転がり、お堀端のかきつばたを飛び越して……。美しい色彩がハーモニーを奏でる絵本です。

「こどものとも」128号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

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ぐりとぐらのおきゃくさま

1966年12月号
030130

なかがわりえこ と やまわきゆりこ

雪の上に見つけた大きな足跡をたどっていくと、ぐりとぐらは自分たちの家にたどりつきました。ドアを開けると玄関には大きな長靴が、壁には真っ赤なコートが……。そのときいい匂いがしてきたので、台所にとんでいくと、まっ白なひげのおじいさんが焼きたてのケーキを持って、「クリスマスおめでとう」と……。ぐりとぐらのクリスマスの本。

「こどものとも」129号
26×19cm 28ページ 当時の定価100円

この絵本は1967年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行されて、現在も販売されています。

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かえるのごほうび

1967年1月号
030130

木島 始 さく 梶山俊夫 レイアウト

今日は森のお祭り。弓矢の競技に、相撲に、ウサギやカエルが大奮闘。カエルが勝って一等賞はカエルのものに……。ところが事件が発生。カエルが天を向いたまま動かない。お祭りは一転悲しいお葬式に。一等賞のごほうびはお坊さんのサルの手に。しかしサルの悪巧みを知ったカエルとウサギは……。絵巻「鳥獣戯画」の絵を、スピーディーに展開する物語として再構成した絵本。

「こどものとも」130号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

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だるまちゃんとてんぐちゃん

1967年2月号
030131

加古里子 さく・え

だるまちゃんがてんぐちゃんのうちわが欲しいというと、お父さんのてんぐどんはたくさんのうちわを出してくれますが、どれも違います。だるまちゃんはいいことを思いつきました。ヤツデの葉っぱをうちわにしたのです。帽子、げた、てんぐちゃんの持ち物がうらやましくてしかたないだるまちゃんは、かわりになるいろんなものを見つけていきます。大人気の「だるまちゃん」の第1作です。

「こどものとも」131号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

この絵本は1967年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行されて、現在も販売されています。

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ねずみじょうど

1967年3月号
030132

瀬田貞二 再話 丸木位里 画

山へ柴刈りに行ったじいさんが、落としたそばもちを追いかけていくと、もちは小さな穴に入ってしまいました。そこに現れたネズミは、お礼にご馳走するからといって、じいさんをしっぽにつかまらせて、穴の中へと連れていき、もちや黄金をどっさりおみやげに持たせてくれました。それを知って隣のめくされじいさんは、まねをしますが……。おなじみの昔話を丸木位里が水墨画で描きます。

「こどものとも」132号
26×19cm 28ページ 当時の定価100円

この絵本は1971年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行されて、現在も販売されています。

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2005/09/02

<作家インタビュー>『ぐるんぱのようちえん』が生まれた日  西内ミナミ

 とてつもなくおもしろくて、破格なお話を書きたいな、と思ったら、この象のお話になったんです。
 そのころ、私は8ヵ月になる大きなおなかをかかえながら、ある広告会社でコピーライターをしていました。当時は「女は結婚したら仕事をやめる。子どもができたらなおさらやめる」という時代でした。それでも何とかがんばって仕事を続けたくて業界雑誌を見ていたら、“コピーライター募集”という広告が載っていたんです。それがなんと「家から5分のところに会社があるじゃない!」というので、それまでやってた仕事をスクラップにペタペタ貼って、アド・センターという会社を訪ねたんです。そこでは堀内誠一さんがアートディレクターをなさっていて、だまーって私の作品見て、「明日から来て、コピー書けば」と。採用されたのです。

 次の日からアド・センターの机にむかって、デパートの広告を書いていたんです。そうするとね、原稿用紙が日ごとに遠くなるんです。おなかが出てくるから(笑)。「来週、予定日ですから、誰かかわりの人頼んでください」といって、休みにした翌日にちゃんと産まれたんです。
 その前後ですね、堀内さんが「『こどものとも』からまた絵本描いてって言われてるんだけども、何かお話書いてみたら」と、いきなり言うんですね。そのきっかけが、私が「大学では児童文学をやってました」と言っただけ、なんですよ。私の作品を読んだわけでもなく(笑)。その時堀内さんがつけ加えて言ったのが「このごろは、作だれだれ・絵だれだれっていう絵本が、はやってるみたいだから」と。堀内さんて、こういう言い方なさるのね。
 私は、絵本なんて全く知らなかったんですけど、象の中でもさらに大きい象のお話を書こうと思って、一気に一晩で書いてしまったんです。「ぐるんぱ」という名前も、「どうしてぐるんぱっていう名前にしたんですか?」とよく聞かれるんですが、「ぐるんぱ」と、そのとき出てきた、という以外にないんですね。コピーライターって、いろいろとネーミングする仕事もあるから。

 まだお母さんになりたて、ぐらいのときだったから、子どものためにとか、子どもにわかりやすくとか、そんなこと、いっさいこの本にはないんです。それでずっとあとになってこの本をふりかえると、この象のぐるんぱは転職したばかりの当時の自分なんですね。当時はとくに意識してなかったんですけど、今読み返すと、そのときの26歳の私が、悩んでいたのがわかる。その悩んでいたことが、象が職業を変えていっちゃう、ということになって。でも性格的に未来は明るく考える方ですから、「まあ、一生懸命やれば何とかなるだろう」となってお話はハッピーエンドになってしまった。
 だからたまたま、26歳の私の気持ちと、絵本の読者の3、4歳の子どもの自立したいという気持ちとが合って、そしてそれが絵のよさに支えられて読みつがれる絵本になったのだと思います。一気に絵を描き上げつつ、堀内さんには、「大きい象の中でさらに大きい象ってのは、絵本の画面の中に入らない」とも言われたんですよ。それで主人公は、ふつうの大きさの象になりました。確かに表紙のぐるんぱは画面からはみ出しているんですけど、堀内さんの絵のすごいところって、一部しか出てなくても、象の鼻だってわかるところなんですね。そしてこの表紙のぐるんぱは、とても無垢な目で、じっとこっちを見てるんです。この絵本の中でいろいろなことが起こるにも関わらず、この顔はすごく無垢。じっと、読者をみつめて、生き方を問いかけています。
 私はいまだに何年もかかって、あらためて堀内さんの絵のすごさ、いろいろなことを発見し続けています。

(「こどものとも年中向き」2002年7月号折込み付録掲載「絵本誕生の秘密 作家訪問インタビュー」より一部を抜粋し、作者による若干の改変のうえ再録。なおこのインタビュー記事の全文は、『おじいさんが かぶを うえました−−月刊絵本「こどものとも」50年の歩み』(12月刊行予定)に収録されます)

西内ミナミ(にしうち みなみ)
1938年、京都に生まれた。その後瀬戸内海、東北地方、東京で育つ。東京女子大学卒業。在学中よりサークル活動で児童文学創作を志すが、広告会社にコピーライターとして約10年勤務。堀内誠一氏のすすめにより、はじめての絵本『ぐるんぱのようちえん』を書く。このほかの絵本作品に『おもいついたらそのときに!』(こぐま社)、『しっこっこ』(偕成社)、『ゆうちゃんとめんどくさいサイ』(福音館書店)などがあり、幼年童話も多数発表。東京在住。地域で永年、子どもの読書推進運動にも関わっている。

9月 2, 2005 1965年, エッセイ | | コメント (1) | トラックバック (0)

1965(昭和40)年度にあったこと

「ベトナムに平和を!市民連合(ベ平連)」が「ベトナムでのアメリカの武力行使・北爆の中止、日本政府のアメリカ政策への追随中止」を訴え、初のデモを行う。(4月)
福岡県山野炭鉱でガス爆発事故。237人死亡、279人重軽傷という戦後2番目に大きい炭鉱事故となった。(6月)
教科書検定違憲訴訟(家永訴訟)。東京教育大学の家永三郎教授が、教科書検定は学問・思想の自由の侵害であるとして、国を相手取って損害暗償請求の訴訟を起こした。(6月)
日韓基本条約調印。在日韓国人の法的地位等、日韓関係正常化。しかし、この条約締結に対しては日本・韓国両国で反対運動が起き、北朝鮮は反発。(8月)
スイスのアイガー北壁に高田光政、日本人初登頂。(8月)
インド・パキスタン両軍、カシミールで衝突。(印・パ戦争おこる)(9月)

南海ホークスの野村克也捕手が三冠王を達成。(10月)
東京教育大学教授朝永振一郎、ノーベル物理学賞の受賞が決定。(10月)
巨人が日本一となり、V9が始まる。(11月)
ニューヨークで大停電。アメリカ北東部の9つの州からカナダの一部にまで停電が及び、3000万人もの市民の生活がマヒした。(11月)
早稲田大学で「学費値上げ反対」「第二学生会館管理運営権要求」を掲げて全学部の学生が無期限ストライキを始めた。(2月)
全日空機が羽田空港着陸直前に墜落。133人全員死亡。(2月)
羽田空港でカナダ旅客機墜落炎上。64人、8人負傷。(3月)
富士山麓でBOAC機空中分解墜落。124人全員死亡。1ヵ月のうちに3件の航空機事故が相次いだ。(3月)

主なベストセラー:『日本の歴史』井上光貞・竹内理三・直木孝二郎他(中央公論社)、『なせばなる』大松博文(講談社)、『南ヴェトナム戦争従軍記』岡村昭彦(岩波書店)
テレビ:『ザ・ガードマン』(TBS)、『0011ナポレオン・ソロ』(NTV)、『おばけのQ太郎』(TBS)、『11PM』(NTV)、など放送開始。
新商品:「オロナミンC」(大塚製薬)、「カセットテープレコーダー」(アイワ)、「アイスノン」(鎌田商会(現・白元))、「テフロン加工フライパン」(富士アルミニウム(現フジマル工業))
ヒット曲:美空ひばり『柔』
この年、始まったもの:「電気料金の銀行口座振替制」(東京電力)、「日曜日の夕刊廃止」(朝日・毎日・読売新聞)、「みどりの窓口」(国鉄)

9月 2, 2005 1965年, そのころあったこと | | コメント (0) | トラックバック (0)

福音館書店から(第10回)

 9月になりました。子どもたちの学校が始まると、夏の気分もいっぺんに吹き飛んでしまいます。「こどものとも」創刊50年目の600号刊行も、半年後にせまってきました。これから50周年記念の出版物もいろいろ刊行していきます。
 まもなく9月8日に販売開始となる『こどものとも復刻版Aセット』『こどものとも復刻版Bセット』『こどものとも世界昔ばなしの旅』『こどものとも世界昔ばなしの旅II』については、これまでもお知らせしてきましたが、これに続いて、12月の初旬に、『おじいさんが かぶを うえました−−月刊絵本「こどものとも」50年の歩み』(福音館書店編集部編 税込定価2625円)という記念誌を刊行します。

 この本は、これまでの「こどものとも」「こどものとも年中向き」のすべてを紹介する記念誌です。50年前、日本の絵本の世界に植えられた、「こどものとも」という小さな苗が、「あまいあまいかぶになれ おおきなおおきなかぶになれ」という願いを込めて、多くの著者、たくさんの読者に育てられ、現在大きな実を結んだことを、「こどものとも」の人気作品『おおきなかぶ』にちなんで名づけました。本文256ページの中には、様々なジャンルの絵本の紹介、著者ごとの紹介、絵本誕生の秘密、こどものとも603作品(増刊号含む)、年中向き200作品、計803作品すべての紹介、と盛りだくさんの内容です。
 この中で「絵本誕生の秘密」は、このブログのエッセイ欄と企画としては重なりますが、内容で重複するのは、今回掲載した西内ミナミさんの「『ぐるんぱのようちえん』が生まれた日」だけで、それ以外はすべて、ちがう作家の方の原稿になります。今回掲載したものも、その一部だけで、全文はこの記念誌でお読みいただけます。
 どうぞご期待下さい。

9月 2, 2005 福音館からのお知らせ | | コメント (0) | トラックバック (0)

しんせつなともだち

1965年4月号
030109

方 軼羣 作 君島久子 訳 村山知義 画

雪の日、食べ物を探しに出かけたウサギは、かぶをふたつ見つけました。ひとつだけ食べて、残ったひとつはロバの家に持っていきましたが、留守だったので置いておきました。さつまいもを見つけて帰ってきたロバは、そのかぶをヤギに……。ヤギはシカに、そしてシカは再びウサギのもとへ……。ひとつのかぶが思いやりの心をのせてめぐってゆく、ぐるぐる話の傑作です。

「こどものとも」109号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

この絵本は1987年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行され、現在も販売されています。

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ぐるんぱのようちえん

1965年5月号
030110

西内みなみ さく 堀内誠一 え

大きな象のぐるんぱは、ひとりぼっちでめそめそ泣いてばかりいましたが、みんなに勧められて働きに出ることになりました。川でごしごし洗われて見違えるほど立派になったぐるんぱは、はりきって働きますが、ビスケット屋でもお皿つくりでも、行く先々で大きな物ばかり作ってうまくいきません。ところが、たのまれて子どもたちと遊んでやったら、みんな大喜び……。今も大人気の絵本。

「こどものとも」110号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

この絵本は1966年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行され、現在も販売されています。

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ぼくは だれでしょう

1965年6月号
030111

イ・ベルィシェフ さく 内田莉莎子 やく 太田直美 え

女の子に飼われていた子ネコは、いうことをきかずに森へ散歩に出かけ、迷子になってしまいました。ぴょんぴょんはねられるならウサギの子だといわれて、ウサギの家に連れていかれますが、キャベツが食べられません。木登りできるならリスの子だといわれてリスの家に行っても、どんぐりは食べられません。家を転々としますが、ようやくカラスが……。シンプルで力強い版画の絵本。

「こどものとも」111号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

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きゅる きゅる

1965年7月号
030112

庄野英二 さく・え

船のマストの滑車はきゅるきゅる音を立てて回ります。海のそばに生まれたぼくは滑車のことを、きゅるきゅると呼んでいました。こいのぼりもきゅるきゅるで上がり、ゆりかごも、とりかごもきゅるきゅるにつり下げられます。荷物を積んだり、大きな帆を揚げたり、魚をつり上げたり、きゅるきゅるは、大きくなって船に乗ったぼくのそばにいつもありました。横長判を縦に開く斬新な絵本。

「こどものとも」112号
26×19cm 28ページ 当時の定価100円

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のろまなローラー

1965年8月号
030113

小出正吾 さく 山本忠敬 え

ローラーが重い車をごろごろ転がしながらゆっくり道を進んでいると、大きなトラックや立派な自動車、小型自動車が、怒ったりばかにしたりしながら、次々に追い越していきました。ところがでこぼこ道の坂を登っていくと、道端にさっきの自動車たちがパンクして停まっています。ローラーがしっかりでこぼこ道を直していくと……。54号を横長判の画面を生かして改訂した新版。

「こどものとも」113号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

この絵本は1967年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行されて、現在も販売されています。

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ねずみおことわり

1965年9月号
030114

中谷幸子 あん 小野かおる さく・え

どぶにすんでいるネズミが、暑いのでプールにやってきました。切符売り場のお兄さんに、泥んこだからだめと断られたので、夕立で体を洗いました。こんどは仲間といっしょに行きましたが、裸ん坊だからだめといわれてしまいました。そこでネズミたちは洋服屋に住んでいるネズミにたのんで水泳パンツを……。ネズミとそれを取り巻く子どもたちの歓声が聞こえるような愉快な絵本。

「こどものとも」114号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

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くちばし

1965年10月号
030115

ビアンキ さく 田中かな子 やく 藪内正幸 え

薄くて小さなくちばしを嘆くヒタキに、厚くて固いくちばしをもつシメが自慢します。するとくいちがったくちばしのイスカが、まっすぐな長いくちばしを持つシギが、そして、カモ、ペリカンなど、変わったくちばしをもつ鳥たちが、次々くちばし自慢を始めます。鳥の生態とくちばしの機能を、鳥のおしゃべりの中でわかりやすく展開したビアンキの物語を、薮内正幸が精確な絵で描きます。

「こどものとも」115号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

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ゆかいな さんぽ

1965年11月号
030116

土方久功 さく・え

子ブタが、ぶたぶたと歩いていると、アヒルがやってきて、いっしょに山の方へ行くことになりました。それからトラも、ウサギも、いっしょになって「ぶたぶた がおがお うぉお ぴょんぴょん」と歩いていくと、山の方からは鳥たちも「つぴつぴ ちゅんちゅん じぇえ」と歌いながらやってきて、みんなで歌の競争をはじめたから、もうたいへん! 文字通りの愉快な絵本。

「こどものとも」116号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

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わらべうた

1965年12月号
030117

まじませつこ え

「からす かねもん かんざぶろう」「おおさむ こさむ」「ひいらいた ひいらいた」「はないちもんめ」「ずいずい ずっころばし」など、なじみぶかい13篇のわらべうたに、それぞれ1枚ずつ真島節子が美しい絵をつけた、わらべうたの絵本です。

「こどものとも」117号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

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くろとゆき

1966年1月号
030118

吉本隆子 さく・え

まっ白な毛並みで目の黄色いネコのゆきと、引っ越してきた真っ黒で目の青いネコのくろは、なかなか仲良くなれません。落ちていた魚の骨を取りあって、勝ったくろがひとりじめ。でも、ゆきが昼寝をしていると、くろはそっと近づいてきてくろのまわりを一回り、静かに近くにすわりました。やがて2匹は……。ネコの姿態を的確にとらえた絵本。

「こどものとも」118号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

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ゆきのひ

1966年2月号
030119

加古里子 さく・え

雪が積もりだすと、学校の運動場では雪合戦が始まります。やがてずんずん積もると、車はタイヤにくさりを巻き、線路にはラッセル車が走ります。もっとたくさん雪が積もると、屋根の雪おろしをし、2階のまどから外に出られるようになり、吹雪になれば、鉄道が止まったり、停電になったり……。雪国の生活を様々な面からわかりやすく描いた絵本。

「こどものとも」119号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

この絵本は1966年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行されて、現在も販売されています。

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くるまはいくつ

1966年3月号
030120

渡辺茂男 さく 堀内誠一 え

くるまは三角? くるまは四角? いいえ、くるまは丸いからころがります。くるまが1つあるのは? 一輪車。2つは? 自転車。3つは、三輪車、4つは乗用車。では、くるまが6つや7つ……、もっともっとたくさんあるのは? くるまの数に注目しながら、乗り物の種類や形を楽しむ絵本。

「こどものとも」120号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

この絵本は1966年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行されて、現在も販売されています。

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