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2005/08/05

「こどものとも」とわたし    松岡享子

 「こどものとも」を創刊号から欠号なくもっているというのは、わたしの自慢のひとつになるだろう。今は大事を取って倉庫に預けているが、最初の十数年分は、タイトルをいってもらえば、たぶん表紙の絵も、おはなしも思い出すことができると思う。アメリカ留学から帰って、大阪市立図書館で働いていた1963年から5年にかけて、また自宅で文庫をはじめた1967年からの数年分は、毎月、子どもといっしょに届くのをたのしみに待って、取り合うようにして読んでいたので、とくに印象が強い。号数でいえば70号から100号あたり。このころは、毎号力作揃いで、また、そのころの子どもたちは、ものすごい集中力で絵本に向かっていたので、そばで見ていても、絵本と子どもが、がっぷり四つに組んで勝負している(もちろん、どれだけたのしめるかの勝負だけれども)という感じだった。「おおきなかぶ」(74号)の「うんとこしょ どっこいしょ」に嬉々として唱和していた子どもたちの声や、「かわ」(76号)の上に長時間かがみこんでいたいくつも坊主頭が、なつかしく思い出される。

 絵本そのものもたのしみだったが、わたしにとって、それに劣らずたのしみだったのが折込みだった。あの小冊子に、当時は、石井桃子さん、瀬田貞二さん、渡辺茂男さんなどが、とても力のこもった文章を寄せていらっしゃって、絵本や、子どもの読書について、ずいぶん多くをここから学ばせてもらったものだ。まだ若かったわたしも紙面をいただいて、留学からの帰途、松居直さんのお供をして訪ね歩いたヨーロッパの図書館や、出版社のこと、大阪の図書館で初めて定期的におこなった「おはなしのじかん」の報告、また、我が家の文庫の子どもたちの様子などを書かせていただいた。なにもかもが上向きで、よい方へと動いている実感があったあのころのことを思うと、若いころの意欲と元気が戻ってくるようだ。

松岡享子(まつおか きょうこ)
神戸に生まれた。神戸女学院大学英文科、慶応義塾大学図書館学科を卒業ののち渡米。ウェスタンミシガン大学大学院で児童図書館学を学び、ボルチモア市公共図書館に勤めた。帰国後、大阪市立中央図書館小中学生室に勤務。その後、自宅で家庭文庫をひらき、子どもに接しながら、児童文学の研究、翻訳、創作に従事してきたが、1974年、石井桃子氏らとともに、財団法人東京子ども図書館を設立し、現在同館理事長。創作には、絵本『おふろだいすき』(福音館書店)、童話『なぞなぞのすきな女の子』(学習研究社)、翻訳には、絵本『しろいうさぎとくろいうさぎ』、童話「パディントン」シリーズ(以上福音館書店)など、多数の作品がある。

8月 5, 2005 エッセイ1962年 |

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