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2005/07/07

私自身の絵本体験  松居直

 1956年に創刊した月刊物語絵本「こどものとも」の企画を思いついたのは、私自身の幼児期の月刊絵本の体験が鍵になっています。
 満3才のころに、夜眠るときに母が添寝をして絵本を読んでくれました。昼間は家事と6人の子どもの面倒をみるのに忙しい母ですが、この時は私が母を独占できる唯一の機会です。弟は赤ん坊で兄は小学生でした。母が私の方に気持を向けて語りかけてくれるのが何よりも嬉しく、70有余年たった今も、その歓びはいきいきと心に残っています。

 そのとき母が読んでくれた絵本は、月刊の絵雑誌「コドモノクニ」でした。1922年創刊の「コドモノクニ」は、日本の子どもの本の歴史に輝く月刊絵本の傑作で、わが国の童謡の黄金時代の詩人たちの新作発表の晴の舞台でした。また「童画」といわれた絵本の新しい芸術的な挿絵の発表の場でもありました。わが国の現代の絵本の原点といってもよいと思われます。
 この美しく楽しい「コドモノクニ」の新刊が、本屋さんから毎月とどくのがどんなに待ちどおしかったか、また新刊の「コドモノクニ」を、心を躍らせて手で開いてみた歓びの印象は宝物のようです。そしてその晩から、待ちに待った新しい「コドモノクニ」への旅が、母の声にさそわれて始まります。この絵本を待つ楽しみは、貴重な幼児体験です。
 やがて幼稚園に通園するようになり、「キンダーブック」を毎月手にする歓びが増えました。観察絵本「キンダーブック」は、児童文学と童謡の粋を集めた芸術的な絵本「コドモノクニ」とは異なる、日常生活でのものを見る眼をゆたかにするノンフィクションのおもしろさを語りかけてくれます。幸いなことに私はこの2種の月刊絵本によって、いつもいつも新しい心躍る感性の体験をすることができました。しかもその体験は、母が共に居て、母の声で心と身体にしみ通るのです。この生活習慣としての絵本の歓びの体験こそが、言葉の持つ不思議な力とその働きを知らず知らずのうちに伝え、いつか私を本好きの子どもに成長させる力となりました。
 この月刊絵本のかけがえのない幼児体験に基づいて、創作童話や昔話を核とした全く新しい表現芸術としての月刊絵本を、子どもたちに贈ろうと願って創刊したのが、月刊物語絵本「こどものとも」です。その後、メディア全盛の時代となった現在、自分の「手」でページをめくって楽しむ絵本の意義と、その文化性は、子どもの成長にかけがえのないものとなっています。

松居 直(まつい ただし)
児童文学家。京都生まれ。1951年同志社大学法学部卒業後、福音館書店の創業に参画し、編集部長、社長、会長をへて、1997年より相談役、現在に至る。1956年月刊物語絵本「こどものとも」を創刊し、編集長として赤羽末吉、長新太、堀内誠一、安野光雅、加古里子、中川李枝子など、多くの絵本作家を世に出す。また、『ももたろう』(1965年サンケイ児童出版文化賞受賞)『だいくとおにろく』や、陶淵明の詩をもとにした『桃源郷ものがたり』など多数の絵本を執筆。著書は、『絵本とは何か』『絵本の森へ』(日本エディタースクール出版部)、『絵本・ことばのよろこび』『子どもの本・ことばといのち』(日本基督教団出版局)、『にほんご』(共著、福音館書店)、『絵本の力』(共著、岩波書店)など多数。

7月 7, 2005 エッセイ1958年 |

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コメント

 こんにちは。コメントを付けていいのかなと思いながら、しかし、えほんうるふさんのコメントを読んで、一言、書きたくなりました。

 私もほぼ毎晩、仕事が忙しいとき以外は、必ず子どもに絵本を読んでいます。ときには自分の夜ご飯はあとまわしにして読むこともあります。絵本を読みながら一緒に笑ったり、びっくりしたり、いろいろ話をしたり……本当になにものにも代え難い時間です。「これ、読んで!」と言われて、どれどれと絵本を手に取るときの楽しさ。

 たぶん、絵本の時間は本当に短く、あと何年かたったら、一緒に絵本を読むことはなくなるでしょう。何かのためにではなく、この貴重な時間をそれ自体、大切にしたい、なにより子どもと共に楽しみたいと思っています。

 なんだか松居さんのエッセイからは離れてしまったかもしれません。でも、実は絵本は、子どもにとってのみならず、一緒に読む親あるいは大人にとっても、他では得難い、掛け替えのない体験をもたらしているのではないかと考えました。

投稿: mizu-k | 2005/07/12 02時07分

松居直さんの文章に直接コメントをつけてしまうなんて大それたことができてしまうのがブログならではですね。きっと皆さん感服してそれぞれに感想をお持ちでしょうが畏れ多くてコメントがつけられないのでしょう。でも、私はこの機会に是非お伝えしたいことがあるのです。

 昭和40年代生まれの私は「コドモノクニ」も「キンダーブック」も、実物を見たのは古書店の店先ぐらいでしょうか。松居さんのお話から想像するに、まさしく現在の「こどものとも」「かがくのとも」と同じような位置づけの刊行物だったようですね。松居さんの体験談からは、幼心にこれらを待つ楽しみがいかにかけがえのないものだったか、ひしと伝わって参ります。
 現代の子ども達は絵本よりも刺激が強い美しいもの・楽しいもの・興味を引くものに囲まれていますが、一方的に押しつけられるそれらの事象よりも、子を想う親のこころを通してインタラクティブに触れられる絵本の世界の素晴らしさは他の何ものにも代えられない体験となって子ども達の心に残るのではないでしょうか。このことは、何より私が毎日の育児で驚きつつ実感していることです。テレビを見ていても、時間が長くなり私が「寝る前の絵本を読む時間がなくなっちゃいそうだね」と言うとあわてて消しにいきます。休日前に「明日はお休みだからいつもよりたくさん読んであげるね」と言うと大喜びし、その笑顔に私の週日の疲れも癒されるのです。
 絵本好きの私にとって、松居直さんが語る絵本論は故松田道雄先生の「育児の百科」と佐々木正美先生の「子どもへのまなざし」と並んで常に私を支え励ましてくれる貴重な育児書のようなものです。いつもいつも、ありがとうございます。

投稿: えほんうるふ | 2005/07/09 15時00分

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