« 1959 (昭和34)年度にあったこと | トップページ | 三びきのライオンのこ »

2005/07/15

『かいたくちの みゆきちゃん』のころ   水口 健

 「この人の絵で絵本をつくりたい。絵をかいてもらうために、ミナクチ君、文章をかいてください」。福音館の編集長であった松居君がそう言い出した。昭和33年(1958年)初めのことだ。
 この人、というのは親しくしていただいていた坂本直行さん。坂本さんは北海道十勝の下野塚原野に開墾に入り農業を営んでいた。アルピニスト、エッセイスト、そして水彩で山や植物を描く。その絵が清新で美しい。
 そのころ僕は北海道から東京に移住し、ある会社に勤めていたのだが、松居君とは、じつは京都での幼馴染み。毎朝、中学校にコロコロと連れ立って通っていた。そんな関係で坂本さんの絵を見せたら、そういう話になった。
 坂本さんの生活は開墾、開拓農家という過酷ともいえる厳しいものだったが、一面、『大きな森の小さな家』に描かれているインガルス一家の生活そのもので、原野のお宅にお邪魔するたびに強く惹かれていた。そうだ、あの生活の子どもをかこう、と決めた。

 日が経ち、僕は福音館に勤めることになった。昭和33年(1958年)暮れのことだ。当時、福音館は東京都千代田区水道橋の木造民家を社屋とし、社員総勢33人。昼になると、台所でつくられた食事が出てくる。ちょっとした家族みたいな、小さな小さな会社だった。
 昭和34年(1959年)秋、「こどものとも」44号として『かいたくちの みゆきちゃん』が出来上がった。「みゆきちゃん」を前にして、松居編集長が気の毒そうに言う。
 「ミナクチ君、君は今はうちの社員。社員のかいたものには原稿料を払わないきまりになっている。だから原稿料は出ない。悪い」
 「げっ!」
 驚いたが、なるほどそういうものかもしれないと納得した。そういう時代だったのだ。
 ところで『かいたくちの みゆきちゃん』を漢字混じりでかくとこうなる。「開拓地の美雪ちゃん」。なぜわざわざこんなことをかくかというと、ある人が平仮名書きのタイトルを見て「描(か)いた口のみゆきちゃん」と読んだのだ。みゆきちゃんという女の子が絵を描く。そこに描かれた口が動き出して活躍する……。不思議なお話だと思って、タイトルを見てワクワクしてました、と。
 「はあ、ちょっと違いまして」と説明した。
 『かいたくちの みゆきちゃん』で思い出すことは他にもいろいろあるのに、こんなことどもを思い出してしまった。

水口 健(みなくち たけし)
1926年、東京生まれ。京都で育つ。帯広農業専門学校(現帯広畜産大学)卒業。北海道農業試験場勤務の後、農業、高校教員、新聞記者をへて、1958年福音館書店入社。絵本の編集などに携わった。

7月 15, 2005 1959年, エッセイ |

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/201088/15183009

この記事へのトラックバック一覧です: 『かいたくちの みゆきちゃん』のころ   水口 健:

コメント

コメントを書く





絵文字を挿入