2006/02/10

<作家インタビュー>『エンソくん きしゃにのる』が生まれた日  スズキ コージ

 何となく、あっという間に下描きができてしまったんですよね。汽車が終点まで走っていく、というだけの話で。
 僕は、静岡県の浜北市の生まれなんです。子どもの頃、田舎の駅なんだけど、そこに行くとおもしろいわけですよ。貨物列車があったり、いろんな人が乗ったり降りたりしてる。だから、気が向くと駅で遊んでた。鉄道マニアではないけれど、そういう乗り物は好きだった。それを描いてみたい、という気持ちがありました。
 エンソくんが切符を買う時、いいちがえますが、あれは身近な話で、小学校1、2年の頃に、僕の乗る駅は小松というんですが、そこで本当は浜松まで買わなきゃいけないんだけど、ドキドキしちゃってるもんだから、小松の駅で「小松までください」なんてことがあったんです。
 よく、「エンソくんの世界はどこの国?」と聞かれるんですが、どこの国でもないというか、僕が目をつぶると、確かにある世界。そういうことになると思う。
 「エンソくん」というのは、スイソくん・サンソくん・チッソくん……と化学記号をいろいろ考えたんですけどね。やっぱりエンソくんだと、ちょうど「遠足」になるしね。
 高校の頃、住宅難で、押し入れを改造して暮らしてたんです。鉛筆や消しゴムもひもでぶら下げて、何でも手が届く、人工衛星のようにしてました。そこにポータブル電蓄を持ち込んでビートルズを聞いていたんですが、なぜか1枚だけ、広沢虎造の浪曲のレコードがあったんですね。「清水次郎長伝」というそのレコードを聞くと、「ホゲタの久六が〜」なんてくだりがあるんですよ。そのホゲタという言葉の響きがとても印象的で。それを聞いたのが高校2年の時ですから、ずっと心の中に残ってたんですね。それで「エンソくん……」の駅の名前をつける時に「ホゲタ」としました。
 絵本て、僕の場合ですけど、自分の中で溜まってるいろいろバカバカしい体験とかが、ワインが醸造されるようにしてできる。だからエンソくんも、悩むことなく、あっという間にできちゃった。

 子どもの頃、僕の村はアスファルトの道路が全然なかったから、道に釘とかで絵を描いてました。じゃり道で、1日に車が2、3台通るだけ。「エンソくんのような絵が、どうして描けたのか?」とも、人からよく聞かれるんですが、僕も「さあ」って首ひねるしかないんです。ただ、絵は道路の落描きから始まって、絵ばっかり描いてる子どもだった。
 子どもが、買ってもらった物がうれしくて抱いて寝るっていうこと、ありますよね。昔、王様クレパスってあったんですけど、僕はそれを買ってもらった時が、もう、うれしくてね。1本ずつ、鼻の穴にですね、甘い匂いをかぎながら、つっこんでいく(笑)。それを布団の中でやるわけですよ。うれしくてしょうがないから。
 小学校に上がると、夏休みとか、絵日記ってあるじゃないですか。あれが、もう、おもしろくてね。ところがなぜか、学校では絵日記は2年生ぐらいでやめるんですよ。「絵は幼稚なもの」という考えがあったんじゃないかと思うけど、3年生になると、日記は文章だけになったんです。それが、僕はすごく疑問だったんです。絵があった方がおもしろいじゃないですか。こんな楽しいことを何でやめなきゃならないのか? だから僕は自己流で、絵は全然やめなかった。
 高校に行ってさらに、爆発したというか、噴出したわけです。17、8歳というのは、どなたもそうだと思うんですけど、感覚が一番冴えわたる時期だと思うんですよ。新しいアイデアというのが湧いてくる年代だと思う。一番とんがって、ピリピリしてる時代でもある。僕の場合、幸せだったのは、家は貧乏だったけど、絵を描くことに関しては、親たちも何もいわなかった。本当に好きにさせてもらったんです。
 今、その頃の感覚を取り戻そうと思ってもできないけど、自分でもすごかったなって、思うんですね。今描いてるような絵が、最初に芽吹いたのもその頃。いまだに18歳くらいの時の感覚を、実現しようとしてる、肉付けしてるというか、そういうことを感じますね。

 絵ばっか描いてたから、高校を赤点だらけで卒業して、東京に出て赤坂の天ぷら屋さんに住み込みで働いたんです。それからも絵は描き続けていました。その天ぷら屋さんに、僕のおじが、堀内誠一さんを連れてきてくれました。「変わった絵を描く甥がいるから、見てくれないか」って。僕が描きためていた絵を天ぷら屋のカウンターで見てくれて、堀内さん、絵をかついで帰っちゃったんです。それから電話がかかってきて、その頃、堀内さんは、「アンアン」の創刊号を作ってたんですが、そこに僕の絵をのせてくれるっていうんですよ。天にも昇るような気持ち、大感激でした。
 堀内さんは、「こいつはひょっとして、絵本に質があうんじゃないか」と、思ったんじゃないですかね。それから、僕を福音館書店に連れていってくれたんです。
 堀内さんが、僕を発見してくれたんですね。出会いって、ふしぎでしょうがない。堀内さんに会わなかったら、今何してるかわからない。きっと、絵は描き続けていると思うけど。僕にとって、必要不可欠なものだから。
 (「こどものとも年中向き」2001年6月号折込付録より一部省略して再録)

スズキ コージ
1948年静岡県に生まれる。画集に『Witchen』『ゼレファンタンケルダンス』(以上、架空社)、絵本に『やまのディスコ』『大千世界の生き物たち』『サルビルサ』(以上、架空社)、『エノカッパくん』(教育画劇)、『つえつきばあさん』『おばけドライブ』(以上、ビリケン出版)、『エンソくんきしゃにのる』『ガラスめだまときんのつののヤギ』『きゅうりさんあぶないよ』『かぞえうたのほん』(以上、福音館書店)などがある。その他ライブペインティング、壁画制作、CDジャケット、舞台美術、装丁なども手がけ、幅広い活動をしている。最近は、子どもたちと一緒にTシャツやバス、お面、旗を作ったり、カヌーなどにペインティングするワークショップなどを精力的に行っている。東京在住。

2月 10, 2006 1986年, エッセイ | | コメント (2) | トラックバック (1)

1986(昭和61)年度にあったこと

ハレー彗星、76年ぶりに地球に大接近。(4月)
チェルノブイリ原発爆発事故:ソ連のウクライナ共和国首都キエフ近郊のチェルノブイリ原子力発電所で核燃料が爆発して周囲の冷却水が水蒸気爆発を起こし、史上最悪の原発事故となった。多数の死者と、周辺各地に蓄積された放射能による被害をもたらした。(4月)
英国チャールズ皇太子・ダイアナ妃夫妻来日。(5月)
東京六本木の再開発ビル群「アークヒルズ」開業。(5月)
CDの売上金額(1〜6月合計)がLPレコードを初めて上まわった。(6月)
衆参同日選挙で自民党が大勝し、第3次中曽根内閣成立。(7月)
世界自転車競技選手権プロ・スプリントで中野浩一が10連覇。(9月)
社会党委員長選挙で土井たか子が圧勝。日本初の女性党首誕生。(9月)
第10回アジア競技大会がソウルで開催され、ハンマー投げで室伏重信が初の大会5連覇。(9月)

伊豆大島三原山が噴火。溶岩流が中心地区に迫り、全島民13000人が約1ヵ月間、東京都内などに避難した。(11月)
三菱銀行現金輸送車襲撃事件:三菱銀行有楽町支店前で現金輸送車がモデルガンを持った3人組に襲撃され3億3000万円と有価証券の入ったトランクなどを奪われた。犯人グループはフランス人5人組と判明、主犯者は1988年メキシコで逮捕された。(11月)
国鉄の分割・民営化など国鉄改革法案が参議院で可決され、成立した。国鉄は115年に及ぶ歴史にピリオドを打ち、1987年4月1日から6つの民営会社に変わることが決定した。(11月)
兵庫県の国鉄山陰本線余部鉄橋で回送中の列車が突風にあおられ転落。橋下の工場を直撃、列車の車掌1人と工場従業員5人の計6人が死亡、6人が重軽傷を負った。(12月)
安田火災海上保険、ロンドンの競売でゴッホの『ひまわり』を約58億2000万円で落札。当時の絵画取引史上最高額だった。(3月)

主なベストセラー:『スーパーマリオブラザーズ完全攻略本』ファミリーコンピュータマガジン編集部(徳間書店)、『自分を生かす相性殺す相性』細木数子(祥伝社)、『化身』渡辺淳一(集英社)
テレビ:『男女7人夏物語』(TBS)、『あぶない刑事』(NTV)など放送開始。
新商品:「ミニ四駆」(田宮模型)、髪の洗える洗面台「シャンプー・ドレッサー」(東陶機器)、「ドラゴンクエスト」(エニックス)、「はちみつレモン」(サントリー)、「スーパードライ」(アサヒビール)
ヒット曲:『CHA-CHA-CHA』石井明美、『DESIRE』中森明菜、『仮面舞踏会』少年隊
この年に登場したもの:「スギ花粉情報」(日本気象協会)

2月 10, 2006 1986年, そのころあったこと | | コメント (0) | トラックバック (0)

とん ことり

1986年4月号
030361

筒井頼子 さく 林 明子 え

新しい家に引越してきたかなえが荷物の整理をしていると、“とん ことり”と音がして、郵便受けにスミレの花束が届いていました。ドアをあけても、だれもいません。次の日も同じようにタンポポの花束が、その次の日は手紙が入っていました。次に“とん ことり”と音がしたとき、かなえは玄関のドアを大急ぎであけました……。知らない町で友だちをつくるまでの、子どもの心が描かれます。

こどものとも361号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

この絵本は1989年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行され、現在も販売されています。

2月 10, 2006 1986年, 「こどものとも」バックナンバー | | コメント (1) | トラックバック (0)

どろんこ おそうじ

1986年5月号
030362

さとうわきこ さく・え

ちらかしやの子イヌと子ネコは、ばばばあちゃんに掃除をするようにいわれましたが、ほうきとぞうきんで野球を始めてしまいます。すると、ぞうきんの球が森にとんでいって、ウサギやキツネにあたり、森の動物たちと泥だらけのケンカになってしまいます。それを見たばばばあちゃん、怒るどころか、いっしょに泥んこ遊びをしようとはりきって……。ばばばあちゃんのおはなし第4弾。

こどものとも362号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

この絵本は1990年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行され、現在も販売されています。

2月 10, 2006 1986年, 「こどものとも」バックナンバー | | コメント (0) | トラックバック (0)

ビスケットのかけらがひとつ

1986年6月号
030363

こだまともこ さく 織茂恭子 え

赤い屋根の家の庭の赤アリと青い屋根の家の庭の黒アリが、二つの家の間にある切り株の上に落ちていたビスケットのかけらを取りあって、喧嘩を始めました。そこへそれぞれの家のカエルやオンドリやイヌが次々やってきて、交替して喧嘩を続けます。しまいに沈みかけていた太陽と昇りはじめた月の争いにまで発展します。喧嘩がエスカレートし奇想天外な事態になりますが、最後には……。

こどものとも363号
26×19cm 32ページ 当時の定価250円

2月 10, 2006 1986年, 「こどものとも」バックナンバー | | コメント (0) | トラックバック (0)

エンソくん きしゃにのる

1986年7月号
030364

スズキコージ さく・え

エンソくんは田舎のおじいさんの所へ遊びにいこうと、初めてひとりで汽車に乗りました。町をぬけ、いくつもの駅に停まり、いくつもの橋を渡り、トンネルをぬけると、汽車は高原の駅に着きました。するとヒツジ飼いとヒツジの群れが乗りこんできて、車内は大にぎわい。やがて汽車が終点に着くと、おじいさんは馬に乗ってむかえにきていました。驚きと楽しさいっぱいの汽車の旅。

こどものとも364号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

この絵本は1990年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行され、現在も販売されています。

2月 10, 2006 1986年, 「こどものとも」バックナンバー | | コメント (1) | トラックバック (2)

虫のわらべうた

1986年8月号
030365

斎藤たま 採録 瀬川康男 画

「れんげばーなの さくときは おーちょうばんばの よーめいり」(チョウ)、「つんなめじょ つんなめじょ やっさいもっさい どけ おじゃりもうす つんなめじょ」(カタツムリ)、ホタル、ミズスマシ、ハチ、トンボ……。日本各地で直接採集した地域色豊かなわらべ唄の中から、虫が登場するものを14種類選んで紹介しています。

こどものとも365号
26×19cm 32ページ 当時の定価250円

2月 10, 2006 1986年, 「こどものとも」バックナンバー | | コメント (0) | トラックバック (0)

ドアをあけて

1986年9月号
030366

もりちかこ さく・え

家に帰る途中、見たことのない高い塀があったので、ぼくがドアの絵を描くと、そこからピンク色の不思議な動物が飛びだしてきました。怪物ドアドアンに追いかけられていたというのです。とまっていたトラックにも、公園の道にも、ドアを描くと、黄色やブルーや、もこもこ毛の生えた動物やらが現れ、最後には大きな体のドアドアンが出てきました。みんな必死に逃げますが……。

こどものとも366号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

2月 10, 2006 1986年, 「こどものとも」バックナンバー | | コメント (0) | トラックバック (0)

ムッシュ・ムニエルとおつきさま

1986年10月号
030367

ささきまき さく・え

ムニエルはふと魔法が使いたくなって、街角で歌っていた女の人の歌声を瓶に入れて火を付けました。すると花火があがって、夜空の月が落ちてきました。ムニエルが月を鞄に入れて歩き出すと、白髪の紳士に鞄を盗られてしまいました。追いかけていくと犯人は月を研究中の双子の博士。研究するといってなかなか返してくれません。ちょっとずれてる魔術師、ムッシュ・ムニエルの絵本第3弾。

こどものとも367号
26×19cm 32ページ 当時の定価250円

2月 10, 2006 1986年, 「こどものとも」バックナンバー | | コメント (0) | トラックバック (0)

チャマコとみつあみのうま

1986年11月号
030368

メキシコ・ミステカ族のお話 竹田鎮三郎 さく・え

6歳の男の子チャマコは、おじいさんといっしょに牧場にいき、馬や牛に水を飲ませたり見張ったりするのが仕事です。牧場から帰ってくると、だれかれかまわず近くにいる動物を馬にして遊ぼうとします。ある日、みんな遊んでくれないので、山の中を歩いていくと、不思議なおじいさんに出会って、人間は好きな動物と兄弟にならなければならないと教えられます。チャマコは牧場にいって……。

こどものとも368号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

この絵本は、こどものとも創刊50周年記念企画「こどものとも世界昔ばなしの旅」の1冊としてハードカバーで刊行されています。

2月 10, 2006 1986年, 「こどものとも」バックナンバー | | コメント (0) | トラックバック (0)

ちょろりんの すてきなセーター

1986年12月号
030369

降矢なな さく・え

とかげのちょろりんは町の洋品店で、暖かそうなセーターをみつけました。でもお母さんもお父さんも「セーターなんかいりません」というばかり。おこづかいの貯金もたりないので、ちょろりんはランプづくりをしているおじいさんのところで、ランプのガラス磨きの仕事をすることにしました。夜通し働いてもらったお金をもって、セーターを買いにいくと、それはヘビ用でした……。 

こどものとも369号
26×19cm 32ページ 当時の定価250円

この絵本は1993年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行され、現在も販売されています。

2月 10, 2006 1986年, 「こどものとも」バックナンバー | | コメント (0) | トラックバック (0)

おどりトラ

1987年1月号
030370

韓国・朝鮮の昔話 金森襄作 再話 鄭淑香 画
<著者名の「鄭淑香」の文字は正しくは「鄭」は旧字、「淑」はさんずいではなく王偏です>

山奥に住んでいるたくさんのトラの中に、踊りの大好きなトラがいて、おどりトラと呼ばれていました。ところがみんなで獲物を追っている最中に踊り出して、獲物を取り逃がしてしまうことがあったため、おどりトラは群れから追い出されてしまいました。それでも踊りの腕を磨いたおどりトラは、村里で魚や米がとれないときに踊ると、たくさんとれるようになる不思議な力をもちましたが……。

こどものとも370号
26×19cm 32ページ 当時の定価250円

この絵本は、こどものとも創刊50周年記念企画「こどものとも世界昔ばなしの旅」の1冊としてハードカバーで刊行されています。

2月 10, 2006 1986年, 「こどものとも」バックナンバー | | コメント (0) | トラックバック (0)

ぼく しごとに いくんだ

1987年2月号
030371

角野栄子 さく 垂石眞子 え

ユウタくんはつなぎのズボンをはいて自動車整備工場にいきました。工場のおにいさんが高いところに上がっている車の下をハンマーでたたいています。ユウタがその音を車が泣いてるみたいだというと、おにいさんもいいました。「そんなんだよ。足の付け根が病気ですっていってるんだよ」ユウタはおにいさんを手伝って壊れた車をりっぱに直しました。

こどものとも371号
19×26cm 32ページ 当時の定価250円

2月 10, 2006 1986年, 「こどものとも」バックナンバー | | コメント (0) | トラックバック (0)

はるよ こい

1987年3月号
030372

わたりむつこ さく ましませつこ え

ももこはおばあちゃんの家に遊びにきて、庭の隅にある蔵の中を見せてもらいました。火鉢や臼や杵など今は使われなくなったものの中に、古い雛飾りを見つけました。その夜、ももこが不思議な音に目を覚まし裏庭に出てみると、お雛さまたちが、「つぼみふくらめ はなよさけ」と歌ったり踊ったりして、春の宴を開いています。翌朝、おばあさんに呼ばれて庭に出てみると梅の花が開いていました。

こどものとも372号
26×19cm 32ページ 当時の定価250円

2月 10, 2006 1986年, 「こどものとも」バックナンバー | | コメント (0) | トラックバック (0)

こぐまとシーソー

1986年4月号
040001

ヘレナ・ベフレロヴァ さく 内田莉莎子 やく なかのひろたか え

子グマのころは、一人遊びにあきて友だちをさがしに公園にいきました。シーソーがあったので、どっこいしょと腰をおろして誰かくるのを待っていると、チョウがやってきて向こう側ににとまりましたが、シーソーは動きません。次にネズミが、それからカササギ、ハリネズミ、リスも一緒に乗りましたが、それでもシーソーは動きません。そこへ子ブタがやってきてシーソーに乗ると……。

こどものとも年中向き1号
19×26cm 28ページ 当時の定価230円

2月 10, 2006 1986年, 「こどものとも年中向き」バックナンバー | | コメント (0) | トラックバック (0)

たつくんの たんじょうび

1986年7月号
040004

松野正子 さく 西巻茅子 え

今日はたつくんの誕生日、たつくんはおばあちゃんの家へ出かけました。おばあちゃんがお祝いにケーキを焼いてくれるのです。途中で、ネコのシロや子イヌのムク、アヒルのガアコをさそいましたが、みんないそがしくていっしょにきてくれません。でも、おばあちゃんの家に着いて、ケーキの用意を待っている間に、シロもムクもやってきました。そしてガアコは生まれたばかりのヒヨコを連れて……。

こどものとも年中向き4号
19×26cm 28ページ 当時の定価230円

2月 10, 2006 1986年, 「こどものとも年中向き」バックナンバー | | コメント (0) | トラックバック (0)

コッコさん おはよう

1986年8月号
040005

かたやまけん さく・え

コッコさんがぐっすり眠っているときに、朝はそおっとやってきて、ニワトリを起こし、森や林の鳥たちを起こし、大空や池の水を目覚めさせ……、そしてカーテンのすきまから入ってきて、おにいちゃんを起こし、それから、コッコさんを起こします。「こどものとも年少版」で登場しておなじみとなったコッコさんの絵本です。夜が明けていく微妙な色合いを水彩で美しく描いています。

こどものとも年中向き5号
26×19cm 28ページ 当時の定価230円

2月 10, 2006 1986年, 「こどものとも年中向き」バックナンバー | | コメント (0) | トラックバック (0)

ぼくの いもうと

1986年11月号
040008

浜田桂子 さく・え

ぼくの妹あやちゃんは、人形は散らかす、ピアノは「ネコふんじゃった」ばかり、食べるのは遅くて、あやとりもシャボン玉も下手、すぐ泣いてママにいいつる。やることなすことうんざりだけど、ある日静かだと思ったら、熱が出て寝ていた。病気になると、ちょっと寂しかったけれど、1週間たったら、また……。お兄さんの妹への感情を柔らかい色調の中に描きます。

こどものとも年中向き8号
26×19cm 28ページ 当時の定価230円

2月 10, 2006 1986年, 「こどものとも年中向き」バックナンバー | | コメント (0) | トラックバック (0)

いいことが いっぱい

1987年1月号
040010

大友康夫 さく 藤枝つう え

今日は保育園のお楽しみ会で、先生たちが踊るお獅子に、さぶろうも頭をかんでもらいました。昼ご飯は大好きなスパゲッティー。雪合戦をしていると、ウサギのミミが逃げてきたので、さぶろうはそっと抱いてつかまえました。その後、これまで跳べなかった跳び箱3段が、ミミみたいにジャンプして跳べました。お父さんが車で迎えにきて、家に帰ると……。いいことがいっぱいの一日のお話。

こどものとも年中向き10号
19×26cm 28ページ 当時の定価230円

2月 10, 2006 1986年, 「こどものとも年中向き」バックナンバー | | コメント (0) | トラックバック (0)

アルチコとおおおとこ

1987年2月号
040011

佐々木利明 作 浅野輝雄 画

犬のペタロンと一緒に旅していた少年アルチコが、スペインのある町にやってくると、おばあさんと孫娘が泣いていました。毎年女の子を一人さらっていく大男が、もうすぐその娘をさらいにやってくるというのです。アルチコは、あるだけの女の子の帽子とワインを一樽貸してくれたら、かわりにいってあげるといって、大男のやってくる町はずれのオリーブの木の下にむかいます……。

こどものとも年中向き11号
19×26cm 28ページ 当時の定価230円

2月 10, 2006 1986年, 「こどものとも年中向き」バックナンバー | | コメント (0) | トラックバック (0)