2005/09/30

<作家インタビュー>『ぞうくんのさんぽ』が生まれた日  なかのひろたか

 ぼくが今まで作った中で、いちばん簡単に話を考えついた絵本です。ほんとうに簡単だった。松居直さん(当時の「こどものとも」編集長)にいわせると「それがいいんだ」っていうんだけどね。「発想から展開から結末までが、実に単純に流れたときはいい」と。実際にそうだね。この話を作るとき、苦労した記憶がない。
 「親亀の背中に子亀をのせて、子亀の背中に……」って早口言葉がちょうどはやったときで、友だちが口ずさんでるから、「何だそれ?」ってきいたら、「早口言葉で、今、はやってんだ」「へえー」ってんで。それをベースにして作った話なんです。
 登場する動物たちも、のっけて形のつくものがいいな、としか考えなかったんですよ。ぞうよりも小さくて、のっけてすわりのいいものっていったら、かばしかいない。で、かばの上はわにで。最後はちょっとしたものでいいんだ、こけるのは少しの重さでつぶれていいんだから。というので、かめにしたんだけど、後で考えたら、全部水の中に入る動物なんだよね。だから最後に池の中に落ちたってのは、つじつま合うわけです。

 最初の発行から30年以上がたってますが、この絵本が古く見えないってのは、何だろうなって、自分では、実に奇妙に思うんですね。これが新しく描かれた絵本だと思いこんじゃう人もいるっていうんで。
 この場合は、デフォルメがうまくいったんじゃないかな。考えてみたら、これで「かば」はないよね。口半分で胴半分なんてかば、いないもの(笑)。でも、この絵を見たら、他の動物の名前はいわない、やっぱりかばっていうでしょう。
 この絵を描いたとき、他の描き方も試したりして。初めはわにもグリーンで描いたんだけど、そうしたら、なすびの上に大福がのっかって、その上に唐辛子がのってる、そうにしか見えなくて、自分で描いてて笑っちゃった。
 絵を描くときに、イメージ・印象だけで描いちゃう人と、形を上手に描きたい人、というのがいる。ぼくは、形を描かなきゃ気がすまない人間らしいんだね。描いてる絵に対して、やれ「デッサンがくるってる」とか、自分の中でいいだすわけ。「目に見える」ことに絵の技術が追いついていかない。「あ、ここおかしい、ここも……」と直して、自分が納得したときに形になってる。そういう描き方がいやだな、と思っても、いざ描くときには同じことを繰り返しちゃう。本来、絵はイメージで描けばいい。形を描かなくてもいい。ピカソがそれを教えてくれたわけです。
 それが『ぞうくんのさんぽ』に関してだけは、イメージで描いてるんだね。「こうでなきゃ、かばじゃないよ。ぼくのかばって、こういうかばだ」というのを描いてる。この木だって、自分の頭の中にある木だもん。

 子どものころから漫画は好きで、よくまねして描いていたけど、写生をするとだめだった。写生大会が盛んな小学校だったんだけど、ぼくは下描きをして、色を塗りはじめるとすぐあきちゃう。それで木なんか登っているとね、気がついたら先生が下でえらい怒ってる。「おめえ、何やってんだ!」って。最後まで絵を描いたことはなかった。完成させられない子だったんじゃないかな。
 漫画は自分で描いて投稿したこともあったけど。どうもね、ストーリーがうまく作れない。自分が話を考えつくと、こういうこと(『ぞうくんのさんぽ』)になっちゃうんだね。ぼくの考える話ってのは、こういうことなんだ。
 筋道がきちっと通っていく、そういうことで絵本をやりたい。
「1+1=2」が、どうして正しいかといえば、誰にも否定できないから、だそうで。きちんと理屈が通っていれば、否定されない限り正しいんだ、ということ。そういう意味で『おおきなかぶ』は、本当に優れた絵本だと思う。きちんと筋道が通っている。
 そしてひとつだけ嘘をつく。『ぞうくんのさんぽ』でも、ひとつ嘘をついてる。「かばはどうやってぞうの上にのったんだ」って(笑)。
 松居さんもよくいってたけど、「話は幹で書け、枝葉で書くな」と。『ぞうくんのさんぽ』は幹だけだったのかもしれない。「1+1」みたいに否定できない論理は共有財産ですよね。ぼくらは絵本でもそういう共有財産を作ろうとしている。どこの国の子が見たって、「おもしろいな」というものを作ろうと。なかなか作れないけれど(笑)。
(「こどものとも年中向き」2000年9月号折込付録より一部省略して再録)

なかのひろたか
1942年、青森県に生まれる。桑沢デザイン研究所卒業。デザイン会社勤務を経て、絵本の創作に取り組む。絵本に『ぞうくんのさんぽ』、『およぐ』、『カユイカユイ』(毛利子来 文)、『みずたまり』(「かがくのとも」2002年6月号)、『ぞうくんのあめふりさんぽ』(「こどものとも」2004年4月号)、童話に『ぼくのぼうけん』(以上、福音館書店)など多数ある。東京都在住。

9月 30, 2005 エッセイ1968年 | | コメント (1) | トラックバック (3)

1968(昭和43)年度にあったこと

アメリカの黒人公民権運動の指導者キング牧師、暗殺される。(4月)
日大紛争:22億円にのぼる使途不明金が発覚し、学生が大学の不正糾弾、学生自治を求めて闘争を開始。(4月)
日本初の超高層ビル、霞ヶ関ビル(地上36階・高さ147メートル)完成。(4月)
フランス「5月危機」:パリ大学での学生運動に対する弾圧反対に端を発する闘争が、労働者を巻き込み全国に拡大。(5月)
「十勝沖地震」(M 7.9)が北海道・東北を襲い、死者52人、負傷329人などの被害をもたらす。(5月)
大気汚染防止法・騒音規制法が公布される。(6月)
アメリカ大統領候補のロバート・ケネディ上院議員、暗殺される。(6月)
核拡散防止条約に62ヵ国が調印。(7月)
和田寿郎教授心臓移植事件:札幌医大付属病院で日本初の心臓移植手術が行われ、手術後83日目に患者が死亡。「医の倫理」が問われ、和田教授は殺人罪で告訴されたが不起訴処分となった。(8月)
ソ連・東欧5ヵ国軍、チェコ侵入。チェコ国内の民主化運動を抑えるために、ワルシャワ条約機構軍が、首都プラハをはじめ全土を制圧した。(8月)

阪神の江夏豊投手が、奪三振401の日本新記録達成。(10月)
永山則夫連続ピストル射殺魔事件(10月)
第19回オリンピック大会、メキシコシティー(メキシコ)で開催。日本は金11、銀7、銅7個。サッカーでは初の銅メダル。(10月)
カネミ油症事件:米ぬか油(カネミオイル)を使った揚げ物などを食べた人たちが、発疹、かゆみ、腰痛などの症状で苦しみ、その原因は油の製造過程でPCB(ポリ塩化ビフェニール)が混入したためであった。(10月)
新宿駅騒乱事件:国際反戦デーのデモ隊が新宿駅付近に流れ、群衆1万人以上と合流し、線路・ホーム・駅舎に乱入、排除しようとする警官隊と衝突、列車ダイヤをマヒさせた。(10月)
三億円事件:東京、府中刑務所横の道路上で、約3億円の現金が、警官を装った男に輸送車ごと奪われる。(1975年時効成立)(12月)
東大全共闘、警官隊と安田講堂で攻防戦。(東大紛争終息にむかう)(1月)
日大、機動隊を導入して8ヶ月ぶりに全面封鎖解除。(2月)
新宿駅西口でベ平連の反戦フォーク集会が始まる。(2月)


主なベストセラー:『どくとるマンボウ青春記』北杜夫(中央公論社)、『民法入門』佐賀潜(光文社)、『こんな幹部は辞表をかけ』畠山芳雄(日本能率協会)、『竜馬がゆく』司馬遼太郎(文芸春秋)
テレビ:『3時のあなた』(フジテレビ)、『キイハンター』(TBS)、『お昼のワイドショー』(NTV)、『男はつらいよ』(フジテレビ)、『ひみつのアッコちゃん』(NET)など放送開始。
新商品:「少年ジャンプ」(集英社)、「トリニトロン・カラーテレビ」(ソニー)、100円化粧品「ちふれ」(地婦連)、「セブンスター」(日本専売公社)、「夕刊フジ」(サンケイ新聞社)
ヒット曲:『星影のワルツ』千昌夫、『帰って来たヨッパライ』ザ・フォーク・クルセダーズ、『恋の季節』ピンキーとキラーズ
この年に登場したもの:ディスコ「MUGEN」(東京赤坂)、「ポケットベル・サービス」(電電公社)、「郵便番号制」(郵政省)


福音館書店では:「年少版こどものとも」刊行開始(4月)。(後に「普及版こどものとも」<73〜85年度>、「こどものとも年中向き」<86年度以降>と改名。現在の「年少版こどものとも」はこれとは別に1977年創刊)

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たいへん たいへん

1968年4月号
030145

イギリス昔話 渡辺茂男 やく 長 新太 え

ある日、メンドリが畑でとうもろこしを食べていると、ぽとんと何かが頭の上に落ちてきました。空が落ちてきたと思ったメンドリは、王様に知らせようと、走りだしました。途中で出会ったオンドリ、ガチョウ、シチメンチョウも一緒になって走っていくと、キツネが現れて、近道を教えてあげるといいますが……。長新太が描くイギリスの昔話の絵本です。

「こどものとも」145号
26×19cm 28ページ 当時の定価100円

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こちどりのおやこ

1968年5月号
030146

岩崎京子 さく 竹山 博 え

5月になって南の国から帰ってきたコチドリは、川の中洲に巣を作り、卵を産んでひなをかえしました。ある日、巣の近くのアシの茂みにイタチが姿を見せました。おかあさん鳥は、ひなたちを石の間にかくすと、茂みの前にかけだしていきました。片方の翼と足を引きずりながら転げまわって、イタチをおびきだし巣から遠ざけて、ひなたちを守るのでした。コチドリの生態を精確にふまえながら、自然のドラマを描きます。

「こどものとも」146号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

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ぞうくんのさんぽ

1968年6月号
030147

なかのひろたか さく・え なかのまさたか レタリング

今日はいい天気。ぞうくんは、散歩に出かけました。途中で出会ったかばくんを背中にのせて、わにくんもその上にのせて歩いていきましたが、次にかめくんを上にのせたら、池にどっぼーんと……。シンプルなお話が明快な色彩・デザインとあいまって、幼い子どもたちに圧倒的な人気を得た絵本です。

「こどものとも」147号
26×19cm 28ページ 当時の定価100円

この絵本は1977年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行されて、現在も販売されています。
作者なかのひろたかさんのインタビューはこちらからご覧いただけます。

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ゆうちゃんの みきさーしゃ

1968年7月号
030148

村上祐子 さく 片山 健 え

ゆうちゃんは、お菓子の缶とコップでつくったミキサー車に乗って出かけました。ふしぎな森を抜けると、行く先々で、ミツバチから蜂蜜を、ニワトリとウシから卵と牛乳を、サルから果物、クマからは雪をいっぱい、ミキサー車のおなかの中に入れてもらいました。ごろごろまわしながら、友だちのいる公園に帰ってきて、ミキサー車のボタンをおすと、中からはアイスクリームが……! 片山健の最初の絵本です。

「こどものとも」148号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

この絵本は1999年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行されて、現在も販売されています。

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だるまちゃんとかみなりちゃん

1968年8月号
030149

加古里子 さく・え

雨の日、だるまちゃんが外に遊びにいくと、空から浮き輪とかみなりちゃんが落ちてきました。だるまちゃんは、木に引っかかった浮き輪を取ってあげようと、傘を投げますが、傘もいっしょに引っかかり、二人で困ってしまいました。そこに雲に乗った大きなかみなりどんが迎えにきて、お礼にだるまちゃんをかみなりの国に招待してくれました。未来都市のようなかみなりの国の楽しさも抜群の「だるまちゃん」シリーズ第2作。

「こどものとも」149号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

この絵本は1968年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行されて、現在も販売されています。

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りょうちゃんのあさ

1968年9月号
030150

松野正子 さく 荻 太郎 え

おねしょして6時半に目が覚めたりょうちゃんは、おじいちゃんといっしょに朝の散歩に出かけました。街では、店を開けた人たちが床をはいたり、道に水をまいたり、バスの車庫ではエンジンを調べたり、そうじしたりして、みんないそがしそう。でも、りょうちゃんとおじいちゃんはゆっくり朝の空気をすいこみます。人々の生活のざわめきと、それをつつむ朝のさわやかな空気の中で、おじいさんと孫のゆったりした心の通い合いを描きます。

「こどものとも」150号
26×19cm 28ページ 当時の定価100円

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いねになったてんにょ

1968年10月号
030151

インドネシア民話 君島久子 再話 水四澄子 画

天の神様のひとり娘チスノワティは、天の暮らしに退屈し、畑や田んぼで楽しそうに働いている人間の世界にあこがれていました。ある日、美しい笛の音に惹かれて雲の下を見下ろすと、山のふもとに一人の若者が見えました。娘は若者を好きになってしまいます。これを知った父神は娘をきびしくしかりつけますが、娘は風に乗って若者のもとに舞い下りてしまいました。娘の固い決心を知った神は……。稲に宿る魂の起源を語る、インドネシアの民話です。

「こどものとも」151号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

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二ほんのかきのき

1968年11月号
030152

熊谷元一 さく・え

けんちゃんの家の庭には、渋柿の木と甘柿の木が1本ずつ、それに桃の木が1本あります。よい実がたくさんなるように、1月15日には「なりきぜめ」の行事をします。4月には桃の花の下でままごと遊び。6月になると柿の白い小さな花を拾って、首飾りや帽子飾りを作ります。やがて秋になって柿の実が熟すと、甘柿を出荷し、渋柿は皮をむいて干し柿に……。2本の柿の木をめぐる四季の子どもたちの遊びや人々の暮らしを描いています。

「こどものとも」152号
26×19cm 28ページ 当時の定価100円

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とんがとぴんがのぷれぜんと

1968年12月号
030153

西内みなみ さく 司 修 え

サンタおじいさんの家に住んでいるハリネズミのとんがとぴんがは、おじいさんに靴下をプレゼントするために旅に出かけました。春のあいだは牧場で羊を追う仕事をして、羊の毛を一山もらい、夏には紡ぎ屋さんのところで、秋には染物屋さんのところで働いて、毛糸を紡ぎ、赤く染めてもらいました。この毛糸を編んでもらおうと編み物屋さんに働きに行きますが、断られてしょんぼりしていると……。1年かけてプレゼントをつくりあげるハリネズミの旅を描きます。

「こどものとも」153号
26×19cm 28ページ 当時の定価100円

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ごろはちだいみょうじん

1969年1月号
030154

中川正文 さく 梶山俊夫 え

べんてはんの森の、ごろはちといういたずらタヌキは人をだますのが得意でしたが、ごちそうを盗んでも、後で山の木の実を返しておくようなきちょうめんなタヌキでした。あるとき村はずれで鉄道を敷く工事が始まりました。やがて工事が終わり、初めて汽車がやってくるのを見た村人たちは、ごろはちが化けたものと勘違いし、線路に飛びだしてしまいます。それを見たごろはちは、汽車の前に立ちはだかり……。大和地方の言葉で語られる心にしみる物語です。

「こどものとも」154号
26×19cm 28ページ 当時の定価100円

この絵本は1969年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行されて、現在も販売されています。

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うさぎのいえ

1969年2月号
030155

ロシア民話 内田莉莎子 再話 丸木 俊 画

森の小屋に住んでいたウサギのところに、ある日キツネがちょっと休ませてほしいとやってきました。ウサギがこころよく部屋に入れてやると、キツネは翌朝になっても出ていかず、反対にウサギを追いだしてしまいました。ウサギが泣いていると、最初は犬が、次には羊が現れてキツネを追いはらってやろうといいますが、みんなキツネに脅かされ追いかえされてしまいます。最後にやってきたオンドリは……。丸木俊が描くロシアの昔話。

「こどものとも」155号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

この昔話の類話に、ロシアのヤールブソワが絵を描いた絵本が、「世界傑作絵本シリーズ」から『きつねとうさぎ』というタイトルで刊行されています。

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はるかぜ とぷう

1969年3月号
030156

小野かおる さく・え

春風の子ども、とぷうが仲間の春風の子どもたちと町に出かけると、人々は「やあ、春風だ。あたたかくなるぞ」とにこにこしてくれます。とぷうたちは幼稚園の子どもたちについて動物園にやってきました。動物たちはみんな気持ちよさそうに居眠りを始めます。ところが、先にきてライオンのまわりで遊んでいた風の子たちとの間で、けんかが始まり大騒ぎ。穏やかな春の日よりは、つむじ風舞う荒天に一変です。そのときライオンが……。春の息吹が気持ちよい絵本です。

「こどものとも」156号
26×19cm 28ページ 当時の定価100円

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