2005/09/02

<作家インタビュー>『ぐるんぱのようちえん』が生まれた日  西内ミナミ

 とてつもなくおもしろくて、破格なお話を書きたいな、と思ったら、この象のお話になったんです。
 そのころ、私は8ヵ月になる大きなおなかをかかえながら、ある広告会社でコピーライターをしていました。当時は「女は結婚したら仕事をやめる。子どもができたらなおさらやめる」という時代でした。それでも何とかがんばって仕事を続けたくて業界雑誌を見ていたら、“コピーライター募集”という広告が載っていたんです。それがなんと「家から5分のところに会社があるじゃない!」というので、それまでやってた仕事をスクラップにペタペタ貼って、アド・センターという会社を訪ねたんです。そこでは堀内誠一さんがアートディレクターをなさっていて、だまーって私の作品見て、「明日から来て、コピー書けば」と。採用されたのです。

 次の日からアド・センターの机にむかって、デパートの広告を書いていたんです。そうするとね、原稿用紙が日ごとに遠くなるんです。おなかが出てくるから(笑)。「来週、予定日ですから、誰かかわりの人頼んでください」といって、休みにした翌日にちゃんと産まれたんです。
 その前後ですね、堀内さんが「『こどものとも』からまた絵本描いてって言われてるんだけども、何かお話書いてみたら」と、いきなり言うんですね。そのきっかけが、私が「大学では児童文学をやってました」と言っただけ、なんですよ。私の作品を読んだわけでもなく(笑)。その時堀内さんがつけ加えて言ったのが「このごろは、作だれだれ・絵だれだれっていう絵本が、はやってるみたいだから」と。堀内さんて、こういう言い方なさるのね。
 私は、絵本なんて全く知らなかったんですけど、象の中でもさらに大きい象のお話を書こうと思って、一気に一晩で書いてしまったんです。「ぐるんぱ」という名前も、「どうしてぐるんぱっていう名前にしたんですか?」とよく聞かれるんですが、「ぐるんぱ」と、そのとき出てきた、という以外にないんですね。コピーライターって、いろいろとネーミングする仕事もあるから。

 まだお母さんになりたて、ぐらいのときだったから、子どものためにとか、子どもにわかりやすくとか、そんなこと、いっさいこの本にはないんです。それでずっとあとになってこの本をふりかえると、この象のぐるんぱは転職したばかりの当時の自分なんですね。当時はとくに意識してなかったんですけど、今読み返すと、そのときの26歳の私が、悩んでいたのがわかる。その悩んでいたことが、象が職業を変えていっちゃう、ということになって。でも性格的に未来は明るく考える方ですから、「まあ、一生懸命やれば何とかなるだろう」となってお話はハッピーエンドになってしまった。
 だからたまたま、26歳の私の気持ちと、絵本の読者の3、4歳の子どもの自立したいという気持ちとが合って、そしてそれが絵のよさに支えられて読みつがれる絵本になったのだと思います。一気に絵を描き上げつつ、堀内さんには、「大きい象の中でさらに大きい象ってのは、絵本の画面の中に入らない」とも言われたんですよ。それで主人公は、ふつうの大きさの象になりました。確かに表紙のぐるんぱは画面からはみ出しているんですけど、堀内さんの絵のすごいところって、一部しか出てなくても、象の鼻だってわかるところなんですね。そしてこの表紙のぐるんぱは、とても無垢な目で、じっとこっちを見てるんです。この絵本の中でいろいろなことが起こるにも関わらず、この顔はすごく無垢。じっと、読者をみつめて、生き方を問いかけています。
 私はいまだに何年もかかって、あらためて堀内さんの絵のすごさ、いろいろなことを発見し続けています。

(「こどものとも年中向き」2002年7月号折込み付録掲載「絵本誕生の秘密 作家訪問インタビュー」より一部を抜粋し、作者による若干の改変のうえ再録。なおこのインタビュー記事の全文は、『おじいさんが かぶを うえました−−月刊絵本「こどものとも」50年の歩み』(12月刊行予定)に収録されます)

西内ミナミ(にしうち みなみ)
1938年、京都に生まれた。その後瀬戸内海、東北地方、東京で育つ。東京女子大学卒業。在学中よりサークル活動で児童文学創作を志すが、広告会社にコピーライターとして約10年勤務。堀内誠一氏のすすめにより、はじめての絵本『ぐるんぱのようちえん』を書く。このほかの絵本作品に『おもいついたらそのときに!』(こぐま社)、『しっこっこ』(偕成社)、『ゆうちゃんとめんどくさいサイ』(福音館書店)などがあり、幼年童話も多数発表。東京在住。地域で永年、子どもの読書推進運動にも関わっている。

9月 2, 2005 1965年, エッセイ | | コメント (1) | トラックバック (0)

1965(昭和40)年度にあったこと

「ベトナムに平和を!市民連合(ベ平連)」が「ベトナムでのアメリカの武力行使・北爆の中止、日本政府のアメリカ政策への追随中止」を訴え、初のデモを行う。(4月)
福岡県山野炭鉱でガス爆発事故。237人死亡、279人重軽傷という戦後2番目に大きい炭鉱事故となった。(6月)
教科書検定違憲訴訟(家永訴訟)。東京教育大学の家永三郎教授が、教科書検定は学問・思想の自由の侵害であるとして、国を相手取って損害暗償請求の訴訟を起こした。(6月)
日韓基本条約調印。在日韓国人の法的地位等、日韓関係正常化。しかし、この条約締結に対しては日本・韓国両国で反対運動が起き、北朝鮮は反発。(8月)
スイスのアイガー北壁に高田光政、日本人初登頂。(8月)
インド・パキスタン両軍、カシミールで衝突。(印・パ戦争おこる)(9月)

南海ホークスの野村克也捕手が三冠王を達成。(10月)
東京教育大学教授朝永振一郎、ノーベル物理学賞の受賞が決定。(10月)
巨人が日本一となり、V9が始まる。(11月)
ニューヨークで大停電。アメリカ北東部の9つの州からカナダの一部にまで停電が及び、3000万人もの市民の生活がマヒした。(11月)
早稲田大学で「学費値上げ反対」「第二学生会館管理運営権要求」を掲げて全学部の学生が無期限ストライキを始めた。(2月)
全日空機が羽田空港着陸直前に墜落。133人全員死亡。(2月)
羽田空港でカナダ旅客機墜落炎上。64人、8人負傷。(3月)
富士山麓でBOAC機空中分解墜落。124人全員死亡。1ヵ月のうちに3件の航空機事故が相次いだ。(3月)

主なベストセラー:『日本の歴史』井上光貞・竹内理三・直木孝二郎他(中央公論社)、『なせばなる』大松博文(講談社)、『南ヴェトナム戦争従軍記』岡村昭彦(岩波書店)
テレビ:『ザ・ガードマン』(TBS)、『0011ナポレオン・ソロ』(NTV)、『おばけのQ太郎』(TBS)、『11PM』(NTV)、など放送開始。
新商品:「オロナミンC」(大塚製薬)、「カセットテープレコーダー」(アイワ)、「アイスノン」(鎌田商会(現・白元))、「テフロン加工フライパン」(富士アルミニウム(現フジマル工業))
ヒット曲:美空ひばり『柔』
この年、始まったもの:「電気料金の銀行口座振替制」(東京電力)、「日曜日の夕刊廃止」(朝日・毎日・読売新聞)、「みどりの窓口」(国鉄)

9月 2, 2005 1965年, そのころあったこと | | コメント (0) | トラックバック (0)

しんせつなともだち

1965年4月号
030109

方 軼羣 作 君島久子 訳 村山知義 画

雪の日、食べ物を探しに出かけたウサギは、かぶをふたつ見つけました。ひとつだけ食べて、残ったひとつはロバの家に持っていきましたが、留守だったので置いておきました。さつまいもを見つけて帰ってきたロバは、そのかぶをヤギに……。ヤギはシカに、そしてシカは再びウサギのもとへ……。ひとつのかぶが思いやりの心をのせてめぐってゆく、ぐるぐる話の傑作です。

「こどものとも」109号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

この絵本は1987年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行され、現在も販売されています。

9月 2, 2005 1965年, 「こどものとも」バックナンバー | | コメント (0) | トラックバック (0)

ぐるんぱのようちえん

1965年5月号
030110

西内みなみ さく 堀内誠一 え

大きな象のぐるんぱは、ひとりぼっちでめそめそ泣いてばかりいましたが、みんなに勧められて働きに出ることになりました。川でごしごし洗われて見違えるほど立派になったぐるんぱは、はりきって働きますが、ビスケット屋でもお皿つくりでも、行く先々で大きな物ばかり作ってうまくいきません。ところが、たのまれて子どもたちと遊んでやったら、みんな大喜び……。今も大人気の絵本。

「こどものとも」110号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

この絵本は1966年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行され、現在も販売されています。

9月 2, 2005 1965年, 「こどものとも」バックナンバー | | コメント (2) | トラックバック (7)

ぼくは だれでしょう

1965年6月号
030111

イ・ベルィシェフ さく 内田莉莎子 やく 太田直美 え

女の子に飼われていた子ネコは、いうことをきかずに森へ散歩に出かけ、迷子になってしまいました。ぴょんぴょんはねられるならウサギの子だといわれて、ウサギの家に連れていかれますが、キャベツが食べられません。木登りできるならリスの子だといわれてリスの家に行っても、どんぐりは食べられません。家を転々としますが、ようやくカラスが……。シンプルで力強い版画の絵本。

「こどものとも」111号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

9月 2, 2005 1965年, 「こどものとも」バックナンバー | | コメント (0) | トラックバック (0)

きゅる きゅる

1965年7月号
030112

庄野英二 さく・え

船のマストの滑車はきゅるきゅる音を立てて回ります。海のそばに生まれたぼくは滑車のことを、きゅるきゅると呼んでいました。こいのぼりもきゅるきゅるで上がり、ゆりかごも、とりかごもきゅるきゅるにつり下げられます。荷物を積んだり、大きな帆を揚げたり、魚をつり上げたり、きゅるきゅるは、大きくなって船に乗ったぼくのそばにいつもありました。横長判を縦に開く斬新な絵本。

「こどものとも」112号
26×19cm 28ページ 当時の定価100円

9月 2, 2005 1965年, 「こどものとも」バックナンバー | | コメント (1) | トラックバック (0)

のろまなローラー

1965年8月号
030113

小出正吾 さく 山本忠敬 え

ローラーが重い車をごろごろ転がしながらゆっくり道を進んでいると、大きなトラックや立派な自動車、小型自動車が、怒ったりばかにしたりしながら、次々に追い越していきました。ところがでこぼこ道の坂を登っていくと、道端にさっきの自動車たちがパンクして停まっています。ローラーがしっかりでこぼこ道を直していくと……。54号を横長判の画面を生かして改訂した新版。

「こどものとも」113号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

この絵本は1967年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行されて、現在も販売されています。

9月 2, 2005 1965年, 「こどものとも」バックナンバー | | コメント (0) | トラックバック (0)

ねずみおことわり

1965年9月号
030114

中谷幸子 あん 小野かおる さく・え

どぶにすんでいるネズミが、暑いのでプールにやってきました。切符売り場のお兄さんに、泥んこだからだめと断られたので、夕立で体を洗いました。こんどは仲間といっしょに行きましたが、裸ん坊だからだめといわれてしまいました。そこでネズミたちは洋服屋に住んでいるネズミにたのんで水泳パンツを……。ネズミとそれを取り巻く子どもたちの歓声が聞こえるような愉快な絵本。

「こどものとも」114号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

9月 2, 2005 1965年, 「こどものとも」バックナンバー | | コメント (0) | トラックバック (1)

くちばし

1965年10月号
030115

ビアンキ さく 田中かな子 やく 藪内正幸 え

薄くて小さなくちばしを嘆くヒタキに、厚くて固いくちばしをもつシメが自慢します。するとくいちがったくちばしのイスカが、まっすぐな長いくちばしを持つシギが、そして、カモ、ペリカンなど、変わったくちばしをもつ鳥たちが、次々くちばし自慢を始めます。鳥の生態とくちばしの機能を、鳥のおしゃべりの中でわかりやすく展開したビアンキの物語を、薮内正幸が精確な絵で描きます。

「こどものとも」115号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

9月 2, 2005 1965年, 「こどものとも」バックナンバー | | コメント (1) | トラックバック (1)

ゆかいな さんぽ

1965年11月号
030116

土方久功 さく・え

子ブタが、ぶたぶたと歩いていると、アヒルがやってきて、いっしょに山の方へ行くことになりました。それからトラも、ウサギも、いっしょになって「ぶたぶた がおがお うぉお ぴょんぴょん」と歩いていくと、山の方からは鳥たちも「つぴつぴ ちゅんちゅん じぇえ」と歌いながらやってきて、みんなで歌の競争をはじめたから、もうたいへん! 文字通りの愉快な絵本。

「こどものとも」116号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

9月 2, 2005 1965年, 「こどものとも」バックナンバー | | コメント (1) | トラックバック (0)

わらべうた

1965年12月号
030117

まじませつこ え

「からす かねもん かんざぶろう」「おおさむ こさむ」「ひいらいた ひいらいた」「はないちもんめ」「ずいずい ずっころばし」など、なじみぶかい13篇のわらべうたに、それぞれ1枚ずつ真島節子が美しい絵をつけた、わらべうたの絵本です。

「こどものとも」117号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

9月 2, 2005 1965年, 「こどものとも」バックナンバー | | コメント (0) | トラックバック (0)

くろとゆき

1966年1月号
030118

吉本隆子 さく・え

まっ白な毛並みで目の黄色いネコのゆきと、引っ越してきた真っ黒で目の青いネコのくろは、なかなか仲良くなれません。落ちていた魚の骨を取りあって、勝ったくろがひとりじめ。でも、ゆきが昼寝をしていると、くろはそっと近づいてきてくろのまわりを一回り、静かに近くにすわりました。やがて2匹は……。ネコの姿態を的確にとらえた絵本。

「こどものとも」118号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

9月 2, 2005 1965年, 「こどものとも」バックナンバー | | コメント (0) | トラックバック (0)

ゆきのひ

1966年2月号
030119

加古里子 さく・え

雪が積もりだすと、学校の運動場では雪合戦が始まります。やがてずんずん積もると、車はタイヤにくさりを巻き、線路にはラッセル車が走ります。もっとたくさん雪が積もると、屋根の雪おろしをし、2階のまどから外に出られるようになり、吹雪になれば、鉄道が止まったり、停電になったり……。雪国の生活を様々な面からわかりやすく描いた絵本。

「こどものとも」119号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

この絵本は1966年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行されて、現在も販売されています。

9月 2, 2005 1965年, 「こどものとも」バックナンバー | | コメント (0) | トラックバック (0)

くるまはいくつ

1966年3月号
030120

渡辺茂男 さく 堀内誠一 え

くるまは三角? くるまは四角? いいえ、くるまは丸いからころがります。くるまが1つあるのは? 一輪車。2つは? 自転車。3つは、三輪車、4つは乗用車。では、くるまが6つや7つ……、もっともっとたくさんあるのは? くるまの数に注目しながら、乗り物の種類や形を楽しむ絵本。

「こどものとも」120号
19×26cm 28ページ 当時の定価100円

この絵本は1966年に「こどものとも傑作集」の1冊として刊行されて、現在も販売されています。

9月 2, 2005 1965年, 「こどものとも」バックナンバー | | コメント (0) | トラックバック (0)