2005/06/16

『ビップとちょうちょう』と子どもたち  福知トシ

 保育園に届く本の包みは、子どもたちと一緒に開くのが、いつの間にか“ならわし”となっていました。
 小さな膝をならべて輪をつくり包みを囲みます。新しい本の印刷の匂いがプーンとして、胸をときめかす、子どもも、おとなも共有するたのしみの一瞬です。
 『ビップとちょうちょう』が届いたときも、そうでした。一冊の本を数人で囲み、ページをめくっています。だまってみている静かないっとき、やがて、
「よんで!! よんで!!」
 声が挙ってきます。いつもは“おあとのおたのしみ”ですませてしまいますが、今でなければの気魄がこもっているので読みはじめました。魅力のある美しい絵、リズミカルな文、子どもたちは咳一つしない静かなききかた。終ると、
「もういちど」
と、立て続けに読ませます。声一つ立てない静かな中で終ると、私はだまって本を閉じました。子どもたちは庭に飛び出し遊んでいます。どこからか、
「ビップとちょうちょう」
の声がきこえてきます。

 翌日も、その次の日も読まされました。
「この本のおはなしって、どっさりね」
 こんな呟きにびっくりしました。それほど部厚いものでなく、ドラマチックでもないのに何で「どっさり」なのでしょう。
 野を駈け廻るビップとちょうに、自分を重ねて、たっぷりと浸れる想いからなのでしょうか。
「わたし、ビップとちょうちょうだいすき」
 小絵ちゃんは私の耳許に呟いていきました。
 小学校にあがって担任の先生が話しにきてくださいました。小絵ちゃんは、散歩にいくと、野の花を摘んで先生のテーブルに置いてくれるやさしい心の子ですと。
 小絵ちゃんの一年生の姿が、私にはビップの化身のようにおもえてなりません。
 五十年も前のことですのに、未だ鮮やかに小絵ちゃんの姿を想い浮かべることができます。


福知トシ(ふくち とし)
社会福祉法人井の頭保育園の創始者で、現在理事長。
1920年(大正9年)生まれ。20歳の頃から保育の仕事に携わり、23歳の時、東京都江東区の託児所で本格的に保育者として働きはじめたが、戦時下にあっても子どもたちとともに埼玉県に疎開して保育をつづけた。戦後、保育所作りに取り組み、東京都三鷹市井の頭で青空保育をはじめた。やがて、柱と屋根しかない空き工場を借りて、1951年(昭和26年)井の頭保育園を開園した。近所の人々の協力や募金活動などで、少しずつ発展した井の頭保育園は、現在も地域に根ざした保育を実践している。
*福知トシさんのプロフィールについて、くわしくはこちらのサイトをご覧ください。
 jojitown がんばる人 第三十回 福知トシ

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1956 (昭和31)年度にあったこと

教科書無償給与施行令公布。(4月)
万国著作権条約の効力発生—出版物などに、まるC記号の付記開始。(4月)
水俣病、初めて公式に確認される。(5月)
力道山・遠藤組、シャープ兄弟を破り、世界タッグ王座を獲得。(5月)

日本登山隊が、日本人初の8000m峰、マナスル登頂に成功。(5月)
売春防止法公布。(5月)
メルボルン・オリンピックで、鉄棒の小野喬、平泳ぎの古川勝などが金メダル。(11月)
日本の国連加盟決定。(12月)
第1次南極観測隊オングル島上陸、昭和基地と命名。(57年1月)

主なベストセラー:『太陽の季節』石原慎太郎(新潮社)・芥川賞受賞。(56年1月)
ラジオ・テレビ:『チロリン村とくるみの木』(NHK)、『スーパーマン』(KRT(現TBS))、『赤胴鈴之助』(ラジオ東京(現TBS))など放送開始。

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ビップとちょうちょう

1956年4月号
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与田凖一 作 堀 文子 画

ビップぼうやは蝶々をさがして、水の坊やに教わり、つくしの坊やに教わりながら、うつくしがはらにやってきました。そこには蝶がいっぱい。ビップは蝶を捕まえますが、蝶はぐったり動かなくなりました。ビップの心臓は「どっきん」と鳴り、空も薄暗くなりました……。子どもの感情の経験をリズム感ゆたかなお話で展開する絵本。

「こどものとも」創刊号
26×19cm  16ページ 当時の定価30円

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セロひきのゴーシュ

1956年5月号
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宮沢賢治 原作 佐藤義美 案 茂田井 武 画

ゴーシュはセロ弾きですが、なかなかうまく弾けずに、楽長にしかられてばかりです。そんなゴーシュの家を、毎晩、動物たちがかわるがわる訪れるようになりました。動物たちをじゃまものあつかいしながらも、やがてゴーシュは……。宮沢賢治の名作に、稀代の画家茂田井武が絵をつけました。(茂田井武はこの年の11月に亡くなりました。)

「こどものとも」2号
26×19cm  16ページ 当時の定価30円

この絵本では物語はダイジェストになっていますが、宮沢賢治の原作にこの絵を配した童話の本が1966年にあらためて刊行され、現在も販売されています。

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おうさましかのものがたり

1956年6月号
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シートン 原作 内山賢次 訳 関 英雄 案 松下紀久雄 画

ある日、猟師のヤンは山で立派なシカを見つけます。それがサンド・ヒルの王様シカだと知ってからは、何日も何日もシカをさがして森を歩きまわりました。やっとのことでシカに追いつきましたが、シカの優しい目を見ると、鉄砲を撃てません……。シートン動物記のお話をもとにした絵本です。

「こどものとも」3号
26×19cm  16ページ 当時の定価30円

シートンの原作の完訳は『どこまでもつづく雄ジカの足あと サンドヒル・スタッグ−−シートン動物記4』をご覧ください。こちらにはシートン自身のさし絵がついています。

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ぞうのたまごの たまごやき

1956年7月号
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寺村輝夫 作 山中春雄 画

卵焼きの大好きな王様は、国じゅうの人をよんで卵焼きをごちそうするために、ゾウの卵をさがしにいかせることにしました。大きなフライパンとかまども用意ができて、大臣のわんさんはけらいをつれてゾウの卵をさがしにいきましたが……。寺村輝雄の王様シリーズの最初の作品です。

「こどものとも」4号
26×19cm 16ページ 当時の定価30円

このお話に長新太が絵をつけた大判の絵本が1984年に刊行され、現在も販売されています。

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なんきょくへいった しろ

1956年8月号
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瀬田貞二 作 寺島竜一 画

赤ちゃんアザラシのしろは、南極観測隊につれられて、動物園から南極へ来ました。氷の大地に歩み出したしろは、そこで暮らすアザラシたちの仲間になります。1年がたって、観測隊が日本に帰るとき、しろはきれいな輪のもようのあるりっぱなアザラシになっていました。アザラシの生態や南極の自然の姿もしっかりと描かれた絵本です。

「こどものとも」5号
26×19cm 16ページ 当時の定価30円

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てんぐの かくれみの

1956年9月号
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岡本良雄 案 朝倉 攝 画

ひこいちは天狗の子をだまして、かくれみのを借りると、町にいってお城にしのびこみ、いたずら三昧。でも、うちに帰って物置にかくしておいたみのを、お母さんに燃やされ、天狗の子に返せなくなりました……。おなじみの昔話を大和絵風の絵で描いた絵本。

「こどものとも」6号
26×19cm 16ページ 当時の定価30円

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ちいさな きかんしゃ

1956年10月号
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鈴木晋一 作 竹山 博 画

海辺の町と石炭の採掘場を結ぶ鉄道ができて、小さな機関車は毎日一生懸命働きました。やがて野原に発電所が建てられると、工場や家やお店や学校もできて、季節ごとにたくさんの子どもたちを乗せて走るようになりました。すっかり年をとって働けなくなった後、機関車は博物館に飾られることになりました。ほのぼのとした情感ゆたかな乗物絵本。

「こどものとも」7号
26×19cm 16ページ 当時の定価30円

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がらんぼ‐ごろんぼ‐げろんぼ

1956年11月号
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野上 彰 作 太田大八 画

いたずらが大好きなウサギ“がらんぼ‐ごろんぼ‐げろんぼ”は母親のいいつけを破り、ひとりで外に出かけてしまいました。リスのりっぴのまねをして木登りしようとしたりして遊んでいるうち、オオカミのぎんぎんぎろりに見つかってしまい……。動物の姿をいきいきと描いた絵本です。

「こどものとも」8号
26×19cm 16ページ 当時の定価30円

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マッチうりのしょうじょ

1956年12月号
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アンデルセン 原作 竹崎有斐 案 初山 滋 画

街角で寒さに震える貧しいマッチ売りの少女。寒さのあまりマッチを擦ると、ストーブやご馳走などのまぼろしが浮かび上がりますが……。アンデルセンの名作に、大正期から童画家として活躍してきた初山滋が絵を描きました。このころまでは、このように名作をダイジェストにしたものもありました。

「こどものとも」9号
26×19cm 16ページ 当時の定価30円

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うりひめとあまのじゃく

1957年1月号
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浜田広介 案 秋野不矩 画

おじいさんとおばあさんの畑にできた大きな瓜がぽかっと割れて、かわいい女の子が生まれました。瓜から生まれたうりひめは、ずんずん大きくなり、毎日大好きな機織りをしてくらしていましたが、ある日、おじいさんとおばあさんの留守に、ずるくて乱暴なあまのじゃくがやってきて……。おなじみの昔話の絵本です。

「こどものとも」10号
26×19cm 16ページ 当時の定価30円

この昔話は、別の再話により1991年11月号(428号)で『うりひめとあまんじゃく』(稲田和子再話/小西英子絵)として再び「こどものとも」になっています。

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ねずみのおいしゃさま

1957年2月号
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中川正文 作 永井 保 画

大雪の晩、ねずみのお医者様は、風邪をひいたりすのぼうやの家へ往診にいくことになりました。ところが、乗っていたスクーターに雪がつまって立ち往生、近くにあったかえるの家へ避難しましたが、そこでうっかり寝入ってしまい……。ちょっとそそっかしくてゆかいなお医者様の話です。

「こどものとも」11号
26×19cm 16ページ 当時の定価30円

このお話は、山脇百合子絵によって「普及版こどものとも」1974年12月号として再び絵本になり、こちらは現在も「こどものとも傑作集」で販売されています。

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ひとりでできるよ

1957年3月号
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小林純一 作 岩崎ちひろ 画

ぼくは、ひとりでシャツが着られるよ。歯磨きも、ほうきでお掃除もできるし、ポストに郵便入れたことだってあるんだよ。なんでこんなにできるようになったかっていうとね……。自分でできる喜びを子どもの生活をおって温かく描いた絵本。岩崎ちひろの優しい絵が、当時の日常生活をいきいきと写し出しています。

「こどものとも」12号
26×19cm 16ページ 当時の定価30円

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