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2010年6月 7日 (月)

絵本作家のアトリエ・得田之久さん

Photo_9 7月号の「絵本作家のアトリエ」は、昆虫絵本で知られる得田之久さんです。

長年、昆虫のくらしを生き生きと描いてきた得田さんは、近年物語の創作にも開眼したといいます。

濃厚な少年の日の思い出とともに、これまでのこと、今夢中になっていることなど、幅広くお話をうかがいました。

Photo_7奈川県茅ヶ崎市。地図で確認すると、海岸が近くて、少し驚く。
得田さんといえば、昆虫の絵本、海よりは山の人だと持っていたからだ。
辻堂駅から車で数分、マンションの最上階にアトリエ兼自宅はあった。

広い玄関からリビングに入ると、らせん階段が目に入る。無駄な物がなく、どこもすっきりと片づいている。

「いつかホテルみたいな暮らしがしたいね、と夫婦で言っていたんだよね」。

インタビューは2階で、ということでらせん階段を上り、扉を開けると……そこはアトリエというより、書斎だった。

十畳ほどの部屋の壁一面が、本で埋まっている。
児童文学や絵本論はもちろん、哲学、思想、人類学など美しく分類された書棚に絵本は見あたらない(実は別の棚にずらりとあった)。
驚きを隠せずにいると、得田さんがさらに意外な一言を放った。

「悪いね、ぼくもう絵は描いていないんだ」。

Photo_8 「もともと書くほうが好きだったの」
得田之久さんは1940年、茅ヶ崎生まれ。
海沿いのこの地で過ごしたのは、尋常じゃないほど豊かな少年時代。

「もう本当にすごかったのよ。
ギンヤンマを捕まえようと夢中で畑の横走り回って肥だめに落ちたり、みんなで組んだ筏が沈んだり、お稲荷さんの地下に秘密基地を作ろうと穴掘ってたら、崩れてきたり。
木の上から落っこちて大けがした子もいたし。
そんなことばっかり」。

朝起きるたびに今日は何をしようとわくわくするほど、刺激的な毎日だったという。

その後明治学院大学に入学すると、当時(1960年代初頭)全盛だったヌーヴェルヴァーグにあこがれて、仲間と映画のシナリオ作りに熱中した。

しかし大学生活も終わりに近づき、就職を考えなくてはならなくなって、得田さんは困った。
「子ども時代のわくわく感、喜びを持って大人になりたい」とずっと思っていた。
サラリーマンにだけはなりたくない。

そんなある日、父親を亡くして消沈している高校の同級生を慰める会を開くため、友人らと案内のハガキを作ることになった。
必要な文面を書くと、ハガキに不格好な空きができた。
「得田くん、何か絵を描きなよ」と友人。
しかし、絵描きの兄を避ける気持ちもあって、生まれてこのかた絵など描いたこともない。

*この続きは、本誌でどうぞ!
(写真・山本尚明)

6月 7, 2010 今月の“立ち読み” |

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