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2010年2月15日 (月)

絵本作家のアトリエ・はたこうしろうさん

Photo_2 3月号の「絵本作家のアトリエ」には、『ゆらゆらばしのうえで』や『あかちゃんがやってきた』などの絵本や、「母の友」2002~03年の表紙でもおなじみの、はたこうしろうさんが登場です。

あざやかであたたかな色彩の絵本を生み出すはたさんですが、その美しい色の背後には、知られざるドラマがあったのです。

「は たくん! ちょっと来て!」。

Photo_3 1987年の春。あたたかな陽が射し込む文房具メーカーのデザイン室に、怒気をはらんだ声が響いた。
社会人になったばかりのはたこうしろうさんは恐縮しながら、先輩のもとへと向かう。
目の前にさしだされたのは、先ほどその先輩から頼まれて作成したレイアウト用紙だ。
「君さ、ぼくが灰色に指定した部分を、なんで勝手に緑色に変えたの?」。
はたさんの額から汗が吹き出した。
ああ、やっちまった……。

「アホでした」
東京、新宿から電車で西へ30分、大きな大学のキャンパスがある落ち着いた町に、はたさんのアトリエはある。
すぐそばには鉄道の研究施設があり、試作車がゆっくり静かに走っていた。

仕事場は一軒家だった。一階が打ち合わせスペースになっていて、過去の著作や、資料となる本が並んでいる。
絵は二階で描く。

インタビューが始まると、はたさんは、あっはっはっと笑いながらこう言った。
「しかし、ぼくの若いころの話なんかしても意味あるのかなあ。
アホでしたからねえ」。

はたさんは1963年、兵庫県の西宮市生まれ。
小学校三年生まで、テストのたびに0点を取っていたそうだ。
比喩ではなく、『ドラえもん』ののび太がとるような、本物の0点である。
「ぼくね、三年生まで、学校が勉強する場所だと気づいてなかったんです。友だちと遊ぶ場所だと本気で思ってた」。
両親は”勉強は子どもまかせ”がモットーで、特に4人きょうだいの末っ子だったはたさんは何も注意されずに育った。

Photo_4 子どものころは7歳上の兄に圧倒的な影響を受けていた。
兄は絵が上手で手先も器用、はたさんのためにボール紙を使って、手製の車や電車を作ってくれた。
「ぼくの趣味、昆虫採集も兄の影響なんです。
小学校にあがる前から、夏になると、お弁当を持って1日がかりで兄と虫採りに行っていました。
だいたい帰り道で、ぼくが疲れて泣くんですが、兄はおんぶをして家まで運んでくれた。やさしかったなあ……」。

*この続きは、本誌でお読み下さい。

写真・山本尚明

2月 15, 2010 今月の“立ち読み” |

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