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2009年9月 5日 (土)

どうして写真を撮るのだろう

夏の終わりを感じる9月を迎えました。

この夏、どんな写真を撮りましたか? 

子どもや家族、料理、日常のささいな出来事……デジタルカメラの普及とともに、だれもが気軽に写真を撮るようになりました。でも、そもそも人はどうして写真を撮るのでしょう? 

芸術の秋を目前にした10月号では、私たちの奥深くに眠る欲求を解きあかしながら、もっと楽しく撮るための「ハハトモ流」写真ガイドを特集します。

残したい、持ちたい、伝えたい、
人は写真になにを求めてきたか。

小林美香

芸術家でもジャーナリストでもない私たち、一般市民はなぜ写真を撮ったり見たりすることに夢中になってきたのか。
小林美香さんは、写真の歴史を「芸術以外の側面」からも研究しています。
その流れをうかがう中で、今、とても大きな変化を迎えていることがわかりました。

時の流れにあらがって
19世紀に写真が誕生し、普及する中で、一般の人々がまず抱いた欲望は「自分や家族のポートレート」を撮ってもらいたい、「残したい」ということでした。

かつて自分の肖像画を残せるのは王侯貴族や富裕層だけでしたし、写真が誕生する直前の時期には「ミニアチュール(細密画)」という肖像画がヨーロッパで流行していたのですが、そえrを画家に依頼することができるのも富裕層に限定されていました。

ということは、「自分の姿を残したい」という欲望自体は、カメラが発明される随分前からあったわけですね。西洋社会では、支配階級が邸宅を持ち、壁を絵で飾ることで、「自分こそがこの家の持ち主なのだ」ということを示してきました。肖像画は自分の存在や財産、功績を誇示する手だてだったわけです。

また、人間は変わりゆく、そしていずれは消えゆく存在ですから、それをなんとかとどめたい、という気持ちもあったのだと思います。例えば、若く美しい自分の姿を残したい、あるいは、家族の幸せな時期の姿を残しておきたい。そうした「時間を止めたい」という、人間ならではの欲求も背景にあるように思います。

見せたい、持ちたい、つながりたい
そういう強い気持ちから手に入れた自分や家族の写真を、人に「見せたい」と思うのは自然な流れですね。家族のアルバムを木製の立派な箱にいれて、装飾品のようにしつらえ、訪ねて来た人たちに見せることもあったようです。

19世紀半ばに流行した「カルト・ド・ヴィジット」という安価な肖像写真は、知り合った相手に名刺のように配るものでした。ひょっとしたら、現在の若者たちにおける「プリクラ」のようなもの、と言えるかもしれませんね。そこには写真をだれかに見せることで「人とつながりたい」という気持ちがあるように思います。

*この続きは、本誌をご覧下さい!

9月 5, 2009 今月の“立ち読み” |

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